第16話.ジョンではない


「で、その時に私はこう言ってやったんだ――おいおいジョン、それはお前の騎乗が下手なんだって、な! HAHAHA!」


「……」


 え? 私が今なにをしているのかって?

 そんなの見れば分かるでしょ……私を攫ったおじさんに向けてハートフルな創作話を聞かせてやってんのさ!

 私を奴隷集積所の様な施設の一室……広場かな? に連れ込み、そのまま柱に縛り付けた後は見張りに徹するおじさんが暇そうで可哀想だったからね。

 あぁ、私はなんて罪深い女なのだろう……親子ほども歳の離れたおじさんに対して、この若く美しい少女が話し相手になってあげるという贅沢を体感させてあげるだなんて。


「で、その時に私はこう言ってやったんだ――おいおいジョン、そのジャムはベリー違いだって、な! HAHAHA!」


「……誰か助けてくれ」


「おいおいどうしたジョン」


「俺はジョンじゃない」


 どうしたんだろう……せっかく話相手になってあげてるのにジョン――おじさんの目が死んでらぁ。


「コイツ絶対に妃じゃねぇだろ……」


「ところがどっこい、これが妃なんだよなぁ……」


「これが……」


 私の口調を指差して呆れた様に指摘するおじさんが面白い……てか気付いてるのかな? 先ほどから私が使用しているのは帝国の公用語であるロムルス言語じゃなくて、シバ将国で主に使われるイヴァン言語だって事に。

 間抜けだなぁ……これじゃあ、おじさんの身元や出身地がシバ将国関係って事がバレバレじゃないか。

 それとも本格的に隠す気がないのかなぁ……これって私の方が試されてる?


「――妃はここか!」


「違います! 隣の部屋です!」


「そうかぁ! それは邪魔したなぁ!」


 何やら偉そうな豪華な服を着たおじ様がノックも無しに部屋に突撃して来たので適当な返事をしておく。

 隣でおじさんで唖然とした顔で私を見てくるけど知らない……知らないったら知らないのだ。


「――隣の部屋には居なかったぞぉ!」


「逆隣の部屋ですよ!」


「そうかぁ! それは邪魔したなぁ!」


 先ほどと同じ偉そうな、豪華な服を来たおじ様がまたもやノックも無しに部屋に突撃して来たので適当な返事をしておく。

 隣でおじさんで焦ったような顔で私を見てくるけど知らない……知らないったら知らないのだ。


「――貴様ァ! 二度もワシを騙したなぁ!」


「私は最初からこの部屋だって言ってましたよ!」


「そうかぁ! それはすまなかったなぁ!」


 許された。


「また騙されておりますよ!」


「しまったぁ! 孫の世代に甘い悪癖が出てしまったぁ!」


 許されなかった。


「お前も早く訂正しないか!」


「は、はっ! 申し訳ございません!」


 おやおや、おじ様の副官っぽい男性にジョン――じゃなくて、おじさん……もうジョンでいいか。ジョンが怒られてる。可哀想に。


「ガッハッハッ! 全くあのクソガキの妃というからどんな女傑かと思えば変わっとるのう!」


「おじ様の髭も変わってますよ」


「そ、そうか? 自慢の髭なのじゃが……」


「マトモに相手にしないで下さい」


 なんだこのおじ様……副官の人も大変そうだね。

 まるでいつも膝の上に乗せられて、陛下に弄ばれて苦労する私――は、少し違うか。

 何にせよいつもこの調子なのだったらとても苦労してそうなのには変わりはないかな。


「んんっ! ……さて、そろそろ真面目な話といこうか」


「川魚」


 そういえば今は偉大なるセレーヌ川に脂の乗った魚達がよく採れる季節だったなぁ……下流にある帝都に流れる支流は生活排水で汚かったから、スラム時代は食べられなかったけど。


「……妃よ、貴様はどこから来た?」


「鮎」


 中でも鮎がとても美味しいのだとか……暗部の訓練中も適当な食事で済ませる事が多かったから、今度食べてみたいなぁ。


「貴様が現れたお陰で、我が国から妃を送るという計画が一時凍結となった」


「――塩焼き!」


 やはり食べるとしたらここはシンプルに塩焼きだろうか……うんうん、それが良い気がしてきた。


「貴様! 話を聞く気がないのか!」


 おっと、副官の人に怒られてしまった。


「だってヨシフ中将の話が詰まらないのですもの」


「むっ! それはすまなかった――」


 何かに気づいたのか、謝罪の言葉を途中で取り止めたおじ様改めヨシフ中将がコチラを鷹の様な眼光で睨み付けてくる。


「……油断させておいて、これか」


 まんまと身元をバラされた形になったヨシフ中将に向けてべっと舌を出す事で返事とする。


「ふむ、やはりこの妃は影武者か……王宮に忍ばせた密偵からの報告と齟齬がある」


 あー、やっぱりまだ城の中に他国の密偵が居るんだね……私が着任してから結構な数を排除したと思うけど、さすがに全部は無理か。

 それに物理的に排除できない、帝国貴族がそのまま裏切ってスパイと成っている場合もあるから、排除するのに回りくどい手順が必要な場合もあるしね。


「本物の妃は夫の仕事場にも顔を出すが、大した執務はせず、あまり優秀そうには見えないとの話……」


 優秀そうに見えなくて悪かったなこの野郎。

 でもいずれ居なくなる予定の妃が執務を出来たらそれはそれで問題だから仕方ないのさ。

 最初から居ない者、執務を回せると思われない方が突然居なくなった時も混乱が少ない……らしい。


「ハッハッハ! ブルニョンの奴め、調子に乗って派手に動くから破滅するのだ!」


「中将! 笑い事ではありません!」


「笑うしかあるまいて! あのクソガキは最早ブルニョン伯爵――いや、元ブルニョン伯爵など眼中に無く、既にその背後に誰が居るのかの方に意識が向いておる! 見よ! ここに妃の影武者が居るのがその証拠よ!」


 よく笑うし、本当に元気なおじ様だなぁ……とりあえず何やら機嫌が良さそうっていうのは伝わってきた。


「うむうむ、これはもう損切りするしかあるまい! この場より撤収するぞ! あぁ、証拠は残しておけよ? 下手にブルニョンの奴に生き残られて逆恨みされても詰まらん」


「了解です。我らが関わった証拠だけ廃棄します」


 わお、判断が早い。


「しかしながら損失は少しでも補填したいな……どうだ、影武者よ、ワシらの国に来んか?」


「上司が怖いので遠慮します」


「ハッハッハ! そうかそうか!」


 いやそんな、わざわざ帝国を裏切る様な真似をしたらベルナール様が許す訳がないじゃないか……自分が育てた私が裏切ったとあったら、自分の手で始末をつけようと地の果てまで追い掛けてくるよ。

 本当に冗談でもなんでもなく、自分が使えるあらゆる力を使って私を追い詰めてくると確信が出来るね。

 しかも育ての親だから私の弱点や殺し方もよく知っているだろうし、そんな危ない橋は渡りませんよ。


「ならばこの場を生き残ったらその上司に伝えるがいい――我らは魔隷の子孫を認めない、いずれその神器も奪い返す、とな」


「……」


「行くぞ!」


「はっ!」


 ヨシフ中将と入れ替わる様に広場へと入ってくる黒ずくめの兵士達に――シバ将国の騎士が三人……いや、四人か。


「……悪いが、そういう事だから死んで貰う」


「ジョン、君は騎士だったんだね」


「……ジョンではない」


 なるほど、専門業者じゃなくて騎士だったなら少し拘束とかが甘くても仕方ないのかな……私の事を本物の妃だと信じてたみたいだし。

 どうせ私を偽妃の可能性があると分かって攫った時点でブルニョン伯爵は損切りするつもりだったんだろうし、この配役はわざとなんだろうな。

 いやね、ブルニョン伯爵には予定変更を伝えておきながらここを利用して騒ぎを起こすって、明確な裏切り行為だよ。協力関係だか密約だかに対する背信行為。


「可哀想なブルニョン伯爵……利用されるだけされて、損切りするとなったら徹底的に潰されるとは」


「無能だったのだから仕方ない」


「ジョンもなかなか言う」


「ジョンではない」


 哀れ何も知らされていない伯爵は妃誘拐の罪、もしくは責任を追及され、さらには妃の死体が発見された場所から人身売買などの物的証拠が発見されたのだった……こうなってしまったら死刑は確実で、半端に生き残って自分を裏切ったシバ将国を逆恨みする余裕すらないだろうね。

 こんな大罪を犯した人間が『他国が悪いんです!』とか言っても完全に言い逃れにしか聞こえないし。


「ま、ブルニョンの事はどうでもいいか……」

 

 どうせ潰す予定だった貴族だし……私には関係ない。

 とりあえず背後に居る勢力が何処なのか分かれば良いだけだし、今回の私の任務はこれでほぼ終了って事で良いかな?


「ジョン、知ってるかい? お家に帰るまでが遠足なのさ」


「だからジョンではない」


 さてさて、別に殺されてしまう気はさらさらないし、さっさと縄を解いて脱出しますか――

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