第14話.妖怪豆食い布女
「ご機嫌麗しゅう陛下。私は夜の胡蝶という所で働いております――」
「いらん、下がれ。見て分からんか?」
「……承知致しました」
お酒は飲めないのでポリポリとナッツばかり食べてる私の目の前で本日五人目の女性があえなく撃沈された。
自分に自信を持っていたんだろう、陛下にも気に入られたいんだろう、雇い主の思惑もあるんだろう……でも陛下は全身を包み隠した正体不明の女――私である――だけを侍らせて後は近付けもしない。
そして断る度に私の肩を抱き寄せるものだからもう目立つ目立つ。
「……くくっ」
「……チッ」
護衛隊長のユーゴ様はそんな私と陛下を何だかニヤニヤした表情で眺めているし、アレン様はアレン様で文句を言いたいが言えない、みたいな不機嫌な顔して女性を遠ざけている。
……いや、ていうか私みたいなのが居ないのに独力で女性を絶対に近寄らせないアレン様も凄いな。
ユーゴ様なんて堂々と両側に侍らせてるのに。
「……陛下は女性の好みにうるさい様ですな」
「ブルニョンか、私にこういった歓待は不要だと言ったはずだが?」
ひょえ〜、ここに来て親玉が登場した。
流石に自分が用意した女性を連続で五人も断られれば言及しない方が不自然か。
そして何故だか突き刺さる女性達からのキツい視線が痛い。
いや、理由は分かってるんだけどね。
綺麗に着飾って、男性を気持ち良くさせる為に訓練も頑張って来たであろう自分達がここまで相手にもされないっていうのは中々ない経験だろうし。
しかも自分達が負けている相手が正体不明の布女っていうね……これがせめて自分達と同じくらいの器量良しならまだ飲み込めたかも知れない。
けれども実態は全身を布で包んでただひたすらにナッツを貪る妖怪だ。
そう、ここに妖怪豆食い布女としての伝承の幕開けが――
「――私が傍に置く女は一人と決まっている」
「――ほわっ」
やる事が無さすぎてアホな事ばかり考えてたらどうやら話が進んでいた様で、急に陛下に横抱きになる様に膝の上に乗せられてしまった。
アナタ本当に私を膝の上に乗せるのが大好きですね?
今回も急だったから思わず変な声が出ちゃったじゃないか……慌てて口元を手で抑えても後の祭りってやつですぜ。
「くくっ、愛らしいだろう?」
「……っ」
愛らしいだろう? じゃないですよ!
私が声を出せなくて言い返せないのを良い事に遊んでますよね?!
そんで頭を撫でないで下さいよ! ……なんで勝手に辞めるんですか?!
撫でるならもっと撫でて下さいよ! 短いじゃないですか!
「ほう、一度そのご尊顔を見てみたいものですな」
「ならん。何人も触れるな」
いや、庇ってくれるのは良いんですけどね……そう言いながらグッと胸に抱き寄せるものだからナッツに手が届かないんですけど。
肩をガッチリ掴まれて抱き寄せられてるから、陛下の胸板しか見えないし手を伸ばせないんですけど。
……傍から見たら完全に陛下に枝垂れかかる女性だな。
私そんなに背が高くないから大人の女性って感じはしないけど。
「……お熱い様ですな」
いやぁ、しかし本当によく目立ちますね。
私的には都合が良いし、こういうハニートラップから陛下を守る為に必要な事ではあるんだけど。
なんていうか、周囲の視線が本当によく突き刺さって痛い。
何度も思うけど、私ってここまで人間の注目を浴びる事って本当に慣れないから苦手なんだよね。
それで何かパフォーマンスが落ちるとかそういう事はないけど、とても落ち着かない。
てかもう、表向きは居ない事になってるのに隠す気ないなって。
せめてもうちょっと誤魔化すフリくらいはした方が良いんじゃないかと思わないでもない。
いやもう、本当に今さらだしバレバレだったんだけど。
それにしてもブルニョン伯爵は連日の様にこんなお金の掛かった歓待をして、余程見られたくないモノがあるんだろうなぁ?
高級娼婦を数人とか、この領地は税収があまり無かった気がするけどなぁ?
どこからお金が出ているのか本当に不思議だなぁ?
まぁ、見られたくないモノも全てこのレイシーちゃんが暴いてるんですけどね!
なんせ私は優秀な暗部ですからね! ね!
「……」
「む? ……あぁ、ほれ」
という事で陛下の服の袖を引っ張って「そろそろまたお仕事に戻りたい」という合図を出せば、ちゃんと察してくれた陛下がナッツを私の口に運んでくれる。
そうそう、この香ばしくローストされたナッツが甘じょっぱくてとても美味しいのだ。
お酒は飲めないけどこれだけは幾らでもポリポリ出来る。
――って違うわい!
「……っ!」
「む? ……ほれ」
違う、そうじゃないともう一度服をグイグイ引っ張れば今度こそ察してくれたのか、陛下は次は塩ゆでされた枝豆を私の口に運んでくれる。
塩だけという単純な味付けながら飽きないこの味は素直に凄いと思う。
お酒のお供にするのが普通らしいけど、私はこれ単体でも全然イける。
――って違うわい!
「……っ! ……っ!」
「くくっ、分かった分かった」
少しムキになって強めに服を引っ張ればとても愉快そうに陛下は笑って私を窘める。
そのとても楽しそうな様子に歯噛みしながら陛下に揶揄われていた事を悟って顔が熱くなってしまう。
「私達は先に席を外すが、遠慮せず楽しんでくれ」
「了解です」
「御意」
ユーゴ様とアレン様の返事を背に受けながら陛下に抱きかかえられたままに退室する……あ、降ろして貰えない感じっすか。
「陛下、もう降ろして貰っても大丈夫ですよ。後はユベール様と相談なされて下さい」
「一人で大丈夫か?」
「? 私はいつも一人ですよ?」
廊下の真ん中辺りで陛下に降ろして貰い、そのまま部屋に戻ろうとすると心配される。
この人は本当になんで「冷酷無慈悲の魔王」と呼ばれているのか分からないくらいに私に優しい気がする。
いや、陛下が粛清によって血の雨を降らせたらしい事は知ってるけど、それが結び付かない。
「もしもの時は全員殺してでも帰って来ますよ」
「そうか、我が妃は勇猛だな」
そう言って困った様に笑う陛下を見ながらも、本当にこの人の何処が冷酷無慈悲の魔王なのかと内心で首を傾げる。
まぁ、何にせよ私のやる事に変わりはない……いつもの様に身体を張って任務をこなすだけだ。
むしろ偽妃業務の方がずっと難しいまである。
「もしもの時は必ずお前を助けに行くと誓おう」
「離れた私の場所が分かるとでも?」
「分かるとも。その首輪を着けてる限りな」
「えっ、これなんか仕込まれてます?」
私が調べた限りではそんな機能は全く無かったと思うのだけど。
「……さぁ、どうかな?」
「……いじわる」
なぁんでこの人はそんなに楽しそうのなんですかね〜?
「夫はそれだけ妻のお前が大事なのさ」
「……そうですか」
……別に、良いけどさ。
「じゃあもう行きますね」
「あぁ」
そのまま別れ、本当におかしな陛下だなぁとか考えながら自室として宛てがわれた部屋に戻る――
「――お前が妃だな? 悪いが着いて来て貰う」
――鴨が葱しょって来た。
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