第13話.尾行
「うわぁ、埃しか出ないじゃん」
あの後チラっと陛下の部屋を覗き見てみたら、割と部下達と一緒に上手くやっている様だった……なんかモヤッとするけど、それ自体は別に良い。良いったらいい。
ただそれを見届けてからブルニョン伯爵の執務室に忍び込んで色々と探ってたら出てきた書類や帳簿の数々がもう凄い。
人身売買による収益、違法薬物の収穫高、税の過少申告も併せたそれらの裏帳簿……叩かなくても勝手に舞う埃ってなにさ。
「これを執務室に置いておく勇気よ……」
いや、ちゃんと床下に隠した金庫に入れてはいたんだけどね?
でもちょっと不用心じゃないかなぁ……私レベルになると簡単に開けられるし。
これは本当にここの諜報関連の人達は苦労してそうだな。
多分ブルニョン伯爵は部下もあんまり信用できなくて、普段から自分が多くの時間を滞在するであろう執務室に置いたんだろうけど。
どれだけ腕が優秀でも雇い主がどうしようもないとその腕も活かせない、か……ちょっと可哀想。
私の上司がベルナール様で本当に良かったよ。
「――って、攫われた人達の一部が拠点に移されるの今夜じゃん」
どうやら怪しまれない様に何回かに分けて拠点に移して、そこからまた出荷されていくらしい。
その内の一つが今夜に予定されている。
陛下がこの視察を決めたのは急だったし、直前になって取り止めになった可能性もあるけど……もしも予定通り敢行されていたのなら、文字通り動かぬ証拠となる。
バレない様に拠点の場所さえ掴めれば、後は陛下が視察のついでと寄り道して偶然発見してくれるだろう。
「……グッドタイミングでいくつかの気配が屋敷から遠ざかったな」
これはもう、居るかも分からない神様が探れって言っている様なものでは?
どうする? このまま尾行してみる? 長距離を移動する準備はしていないけど、途中までなら出来るかも知れない。
あわよくば随行員の会話から様々なヒントが得られるかも知れない。
……でも、無駄働きになるかも知れない。
「はぁ……計画性のない行き当たりばったりは素人の仕事よね」
人攫いは許せない……けど、だからって予定にない行動をしても成果は得られない。
臨機応変と場当たり的なアドリブは似ている様で全く違うのだ。
今の装備や所持している道具では大規模な仕掛けや施錠を解除できない。
他にも移動させる日はあるし、その日付けも覚えた……後は準備をして機会を待てば万全の状態で尾行出来る。
……だから、今する必要はない。
「……尾けるのなら、この家の家令だよね」
書類一式を元の場所へと戻し、執務室の前を通った気配の後を追うべくするりと部屋を出る。
振り向かれても良い様に、人間の死角である頭上に潜む為に柱を経由して廊下の天井に通された木製の補強材へと登り、猫の様に四つ足で進む。
ブルニョン伯爵家の家令はまだ若い人ではあったけど、それだけ優秀なのか、それともイエスマンだから任命された小判鮫なのか。
後者だった場合は一緒になって甘い汁は吸ってそうだ。
「……」
ロウソク一本だけの頼りない明かりのみでドンドン屋敷の奥へと進んで行く家令を気配と息を殺しながら尾けていく。
領主一族の私的なエリアへと入った後もその足は止まらず、いったい何処を目指しているのかと訝しんでいると一室の前でやっとその足を止める。
「……お嬢様、水をお持ちしました」
左右を確認しながら小声でそんな事を言いながらも、ノックもせずにそのまま入っていく。
あれか? もしも近くに誰かが居た時の為の保険か?
「……」
内側から鍵を掛ける様な音に紛れる様に床に降り立ち、扉へと耳を当てる。
お嬢様とか言いながらも誰かと会話する様な声は聞こえず、代わりに何かを引きずる様な音が小さく聞こえてくる。
それが聞こえなくなってからたっぷり五分ほど待ってからピッキングで鍵を開け、警戒しながら部屋の中へと入る。
「……やっぱり居ない」
注意深く部屋の中を観察してみればベッドの足の下のカーペットに引き摺った様な跡が見える。
そこら辺を重点的にまさぐってみれば、不自然な凹凸が感じられ、ここに地下への通路があるんだろうと予測できる。
「……ふむ、どのくらいで帰って来るかな?」
この先が一方通行の可能性もある……途中で鉢合わせない様に念の為、尾行していた家令が中から戻って来てから潜入するのが良いだろう。
「今夜はここを調べたら引き上げよう」
引き上げたら一旦陛下とユベール様に報告して、それから寝ようかな。
「陛下ただいま戻りました――わっと?!」
諸々の調査を終え、報告しに陛下の部屋を尋ねた途端に思いっ切り腕を引っ張られてそのまま膝の上に乗せられる。
……おかしい、ここ最近こういうのばっかりだ。
陛下は不意打ちが狙えたり、私が避けられない状況だと分かったら必ずこういう事をしたがる。
「我が妃は今まで何処に行っていた?」
「え、いや……仕事ですけど?」
あれ? なんでちょっと怒ってるの?
もしかして陛下ってば今ちょっと不機嫌?
「こちらの様子を見に来た時になぜ戻って来なかった?」
「……気付いてたんですか?」
盗み聞きが終わった後に陛下の様子を見に来た時の事を言っているのだろう……けれど、その時は部下の人達と一緒に上手くやっている様だったから大丈夫かなと思ってたんだけど。
というか、一応気配は殺してた筈なのに私が様子を窺ってた事に普通に気付いてるのはなんでなんですかね。
「私が他の女と酒を飲んでても何とも思わなかったか?」
「え? いや、ユーゴ様達と上手くやってるのかなって……」
「ほう……偽妃としてあの場から私を救い出すのも其方の務めではないと?」
「――っ?!」
あっ?! えっ?! いや、えぇっ?!
もしかして、私……やらかした?!
「……おーまいごっと」
そうだよ! あからさまなハニートラップじゃんあれ!
ブルニョン伯爵の差し金なのは盗み聞きしてた事からも確実で、あわよくば既成事実とかも作ろうとする団体じゃん!
何が『陛下も上手くやってるじゃん……ふーん?』だよ私のバカっ!!
私がするべきは調査を続行する事じゃなくて、あの場に「妃っぽい人」として登場する事で陛下が席を外す口実を作る事じゃんか!
「や、やべぇ……ベルナール様に怒られる……」
こ、この事がバレたらベルナール様にめっちゃ怒られる……少し前の自分をぶん殴ってやりてぇ。
ていうか、もう怒られるのは確実だ……だったら今すべき事は失態を挽回し、失敗以上の働きでもって咎を小さくする事だ。
まだだ、まだ間に合う! 頑張れ私!
「……それだけか?」
「えっ?」
「……そうか、嫉妬はしてくれんのか」
「……あの? ――ぷぎゅっ!」
布に隠れた私の頬を的確に指先で突きながら自分で私に着けた首輪を弄る陛下に困惑しかない。
いや、失敗したのは私だし罰がこのくらいで済むなら甘んじて受けるけども。
「おっほん! ……仲が良いのは何よりですがな、それよりも報告を先に済ませた方がよろしいのでは?」
「……そうだな、報告を聞こうか」
「はっ! 報告します!」
そうだ、先ずは報告しなきゃ……困った様に流れを変えてくれたユベール様には感謝だ。
そのまま陛下の膝の上からするりと抜け出して跪く。
「陛下、あんまりあの様な子を困らせるものではないですぞ」
「……老人の説教は聞きたくないな」
「やれやれ、困った陛下ですな」
叱られている陛下は珍しいな、等と思いながらも職務を全うすべく報告を開始する。
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