第12話.盗み聞き


「――よっ」


 宛てがわれた部屋の窓から身を乗り出し、そのまま懸垂の要領で外縁に手を掛けて身体を持ち上げる。

 自身のつま先分しかない足場を頼りに、壁に張り付く様にして横に数歩分進み、縦にせり出した柱部分を両手で掴んでスルスルと登っていく。

 ある程度まで登ったところで両足をバネの様に一纏めに畳んで壁を蹴る事で身を乗り出し、頭上にあったバルコニーの外縁を掴んでぶら下がる。

 右手を支点として、振り子の様に勢いをつけながら左手を先に外す事で少しだけ空中へ飛び上がり、外側を向いていた身体を内側――領主館の方――へと向け、左手が縁を掴むと同時に時間差で離していた右手も縁へと手を掛け直す。

 後はそのまま指先のみで身体を支えながら、手を掛け直していく事で横へと移動していく。

 端まで来たところで一気に身体を持ち上げ、そのままバルコニーの隅っこに潜伏する。


『――が、――で』


「……お?」


 どうやらお目当ての相手はろくな警戒もせずに大声で話しているらしい……ここに来るまでに張り巡らされた警戒網を用意した部下達の苦労が偲ばれるね。

 私が相手じゃなかったら大概の相手は引っ掛かってたであろう巧妙でいて嫌らしいトラップや警報の数々を設置したというのに、当の本人がそんなの関係ねぇとばかりに声を大きくしてたらあんまり意味ないじゃんね。

 まぁこっちとしては仕事がやり易くて助かるけども。


『話が違うではありませんか! あの魔王が滞在しているなど聞いておりませんよ!』


『ワシだって急だったのだ! あの小僧め……最近優秀な暗部の者を雇ったからと強気に出よって!』


 ……ブルニョン伯爵と話してる相手は誰だ?

 もうちょっと、こう……気を利かせて相手の名前を呼んでくれれば良いのに。


『黒猫、でしたか? 何者なんです?』


『分からんが、とにかくそいつのせいでワシらの仲間が数人失脚しておる』


 お? なになに? 私の話?

 本人の居ないところで男子達(推定年齢三十代後半から四十代前半のおじ様)の話題に上がるなんて、もしかして私ってばモテ期?


『忌々しい……何が黒猫だ、薄汚い野良め』


 違った、ただの陰口だった。

 てか私野良じゃないもーん! ちゃんと飼い猫だもーん! 首輪だって着けてるもーん!


『とにかくこの館にお主が居ることがバレたら不味い』


『しかしこの館から出ようとすると、どうしてもある程度は目立ってしまいますぞ』


 音の鳴らない鈴を弄びながら盗み聞きを続けていると、何やら興味深い情報が飛び出てきた。


「……へぇ、居ちゃ不味い人なんだぁ」


 それは俄然どんな人物なのか気になるところだな。

 陛下やベルナール様に報告すれば良いように調理してくれるだろうし。


『どうにかして小僧共の目を逸らさねばなるまい』


 てかコイツ陛下の事をナチュラルに小僧呼ばわりしてて笑うに笑えない。

 この会話を一言一句違わずに書類にして提出する私の身にもなれよ……自分が怒られているんじゃないと分かっててもベルナール様の本気の怒りは怖いんだよ。

 なんなら陛下もこれをダシにして私を揶揄うかも知れぬ。


『それでしたら良いのが居るではありませんか?』


『ぬ? ……なるほどな』


 お? また何か新しい悪巧みかえ?

 ちょっと男子〜! 私も混ぜてよ〜!


『ではその様に手配をするとしよう。……ささっ、それよりも今宵は上玉を揃えておるのでな』


『いいのですかな? 魔王も滞在しているのでしょう?』


 嘘やん、コイツらホンマに肝心な事は何も口に出さずに次の話題にいったぞ。

 こんな密談を防音処理も施されていない部屋で大声を出しながらするくらいの馬鹿だから偶然だろうけど、なんか釈然としない。

 なんでだろう、なんか負けた気がする。


『あの小僧の部屋にも今頃は別の者が歓待に向かっておる』


『上手く骨抜きに出来れば……という事ですな?』


『そういう事よ……ククク』


 あ、やべっ、コイツらここでおっぱじめる気だ。

 部屋に複数の気配が入り込むと同時に奴らのゲス笑いと女性達の媚びた声が聞こえてくる。

 ……ここに居てもこれ以上の情報は得られないかな。

 出来ればブルニョン伯爵と話してた奴の顔が見たかったけど、それは流石に優秀な者たちが対策してるのか遮光カーテンが引かれてて見えない。


「……仕方ないか」


 ここは諦めて別の場所を調べよう。

 これ以上粘っても聞こえてくるのは汚い唸り声と媚びた喘ぎ声だけだ。

 ていうか、陛下の所にも女性が差し向けられたんだっけ……一回様子を見てから次の場所へと行こうか。

 もしも何かあってからだったら遅いし、私がベルナール様に怒られてしまう。


「けっ! 良い身分だこと! ……あ、良い身分か」


 そうだよ、陛下もブルニョン伯爵も立派な身分だったわ。

 くぅ、良い身分になると左右に女を侍らせても誰も文句を言わないとか羨まし過ぎる。

 私だっていつかお金を貯めて、夢のマイホームを建てた後は左右に猫ちゃんを侍らせて甘い物を口いっぱいに頬張ってやるもんね!


「その為にもお勤め頑張らなきゃね」


 バルコニーから飛び降り、そのまま音もなく着地しながら次の場所へと向かって行く。

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