第11話.お腹がブルニョン


「ようこそおいでくださいました! 私がこの館の主であるブリアン・ル・ブルニョンでございます」


 そう言って私達を出迎えるのは見事にカールさせた口髭と緩くウェーブの掛かった長い金髪が特徴的な、よく日に焼けた肌の巨漢だった。

 ……いや、本当に凄い巨体だ……彼が何か身動ぎする度にお腹がブルニョンって動く感じ。

 顎や首回りにも贅肉が付きすぎて何処に首があるのか分からないし、なんなら自分の脂肪だけで窒息死しそうな勢い。


 なるほど、これがブルニョン伯爵っ!!

 私を見るいやらしい目付きと詰まった様なゲス笑いからして、見た目での好印象は皆無に等しい……逆にすげぇや!


「私はユーゴ・ドゥ・ヴァンサン一等護衛官であります。この隊の護衛を任されております」


 ユーゴ様はブルニョン伯爵とは対照的に筋骨隆々で大柄な男性だから並ぶと凄い。

 縦にデカいのと横にデカいのとで……いや、ユーゴ様は横にもちゃんとデカいんだけど、ブルニョン伯爵が太っ、デブっ……ふくよか過ぎるから相対的に細く見えてしまう。


「私はユベール・デル・フレー一等事務官、この視察団の取り纏めをしております」


 初老の中肉中背のこの男性はベルナール様の部下の一人で、私の正体を知る数少ない信頼できる仲間である。

 今回の視察団に随行してきた文官達を取り纏めながら、私のサポートをしてくれる手筈になっている。

 ベルナール様が信頼して寄越すくらいだからその優秀さは推して知るべし。


「私はアレン・ロードル二等補佐官でございます。爵位も持たぬ身ではありますが、この度は見聞を広める為に同行しました」


 この中で唯一爵位を表すミドルネームを持たない若者であるにも関わらず、その優秀さから宮中での位を持つアレン様が最後に挨拶をする。

 ……けど、アレン様の鋭い目付きと不穏なオーラを見てブルニョン伯爵の事が大嫌いなのだと直感する。

 最近分かって来た事だけど、アレン様は私が嫌いなんじゃなくて他人の足を引っ張る無能、働かない怠惰な奴、不正や悪事に手を染める輩が心底大嫌いらしい。

 自分よりも目上であれば表面上は敬う態度は見せるけれど、それだけだ……そして逆にどれだけ自分よりも身分や立場が低くとも優秀であれば過剰なまでの敬意を表し、その者から何かを学び取ろうとする。


 ……つまり働かない癖に陛下の仕事の邪魔をする妃は大嫌いだけど、目に見える実績もあって優秀だと陛下自身が信頼を寄せる黒猫は尊敬していると。

 うん、とっても分かりやすいね。


「出迎えご苦労。早速だが部屋に案内して貰おうか」


「……視察はどうなされますか?」


「明日からだ」


「それはそれは……了解致しました」


 そして挨拶もせずに「言われなくても分かるだろう?」という声が聞こえてきそうな程に不遜な態度を取るのはこの国の皇帝陛下その人である。

 そしてそんな陛下の態度に見た目通りプライドが高そうなブルニョン伯爵が一瞬だけ反応したのを見逃さない。

 自らの主君に対して内心では敬意を抱いていないのは丸わかりである。


「……そちらの女性は?」


「お前が気にする事ではない」


「……承知致しました」


 そして私はここでも「妃っぽい人」として立っている。

 理由は単純で黒猫から目を逸らさせる為だ。

 道中の襲撃は黒猫――ひいては他にも居るであろう暗部の者達――の存在を誇示する事で牽制としたけど、ブルニョン伯爵邸に着いてしまえば話は別だ。

 ブルニョン伯爵も自分が居る時に自分の家で陛下が害されるという事の危険性は分かってるだろうし、自分が犯人だとバレなくても責任追及される立場にあるなら直接的な手には出ないはず。

 なので今度は妃っぽい人に目を向けさせ、その正体を暴いたり弱みを握ろうとしている間に黒猫としての私が動き回るという事だ。

 ……何故か陛下は最初渋ったけど、今こうしてわざわざ「探られたくない腹です」といった態度を見せて注目させてくれたから問題なし。


「それでは案内させて頂きます」


 さてさて、早速今夜からお仕事しましょうかね。


「……詮索はせんが、十分に気を付ける事だな」


「……」


 意気込んでたらアレン様に小声で注意されてしまった……本当に君は真面目だね。

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