第9話.飼い猫デビュー?


「――陛下、この度はご同行をお許し下さり誠にありがとう存じます。誠心誠意お仕えさせて頂きます」


 なぜだ、なぜ奴がここに……目の前で陛下に対して完璧に過ぎる臣下の礼を取ってみせるその男。

 髪は綺麗に後ろに撫で付けられ、真面目で几帳面な性格が表に出て来たかの様な鋭い目付きの整った顔がよく見える。

 文官としての位を示す徽章を胸に付けておきながら、一目見て業物と分かる剣を腰に吊るすのは自身の腕が生兵法ではないという自信の表れだろうか。


「お前には期待しているぞ――アレン・ロードル」


「はっ! 勿体なきお言葉にございます!」


 この男まで今回の視察に同行するなんて聞いてないよ!

 ベルナール様め、私とコイツの仲が最悪だってどうせ把握している癖にこういう事をシレっとするんだから!

 つい先日だってアレン様と毒舌の応酬を交わした仲だというのに!


「……」


「コイツが気になるか?」


「あ、いえっ……」


 内心でふてくされているとアレン様の視線が陛下の一歩後ろに佇む私へと向けられる。

 今の私は全身黒一色に染め上げられた動き易い服装に加えて、首から顔の下半分を隠すピッタリとした薄い生地のマスクに、フードを被るとその上から顔全体を覆う黒い布によって身バレは防止されてるから大丈夫なはず。

 偽妃を演じてる時と違い、淑女の姿勢から隙の無い姿勢に変えてるから印象も違って見えると思う。


 だから問題はないとは思うけど、一応は警戒をしておくか……妃としての私をよく知ってる人物ではあるしね。


「こやつは最近になって宮中を騒がせている『黒猫』だ。今回は私の護衛として同行する事になった」


「っ! この方があの……」


 お? なんだ? やるか?

 この姿なら負ける気がしねぇ……偽妃を演じてる時は身バレ防止の意味で派手な事は出来なかったけど、今なら貴様をボコして簀巻きにするくらい訳ないんだぜ?


「お噂はよく聞き及んでおります! その優秀な働きでもって陛下の治世を支えているとか!」


「――?!」


 私の手を取りながら急に跪かれ、キラキラとした目を向けてくるアレン様に言葉に出来ない衝撃を受ける。

 なんだ、この『有名人に出会えた少年』の様な表情を浮かべる男は……私の知ってるアレン様がするものではないぞ!


「陛下からの信頼も篤い黒猫殿には一度お会いしたいと思っておりました!」


「……っ」


「数々の不正の証拠を暴き、さらには陛下や妃殿下の護衛もこなす凄腕の暗部の者だと!」


 だ、誰やコイツ〜?!

 お、おまっ……お前はもっとこう、人を見下す奴だろぉ?!

 なんだその尊敬の眼差しは?! お前が私に向けるのは忌々しいダメな子を見る目だろうが!


「今度是非ともお話する機会を――」


「――ダメだ」


 自分の中のアレン様のイメージと食い違う現実に内心であたふたしていると、急に底冷えする様な声が上から降ってくる。

 いつの間に背後に移動したのかは分からないけれど、振り向かずともその声の主が陛下だというのは分かる……分かるけど、何故そんなに不機嫌な声を出しているのだろう。


「これは私の飼い猫なんだ、すまんな」


 そう言って後ろから私の首へと腕を回し、抱き締める陛下にまた内心で慌てふためく。

 ちょっと陛下? 今は演技しなくても良いっていうか、しちゃダメな時では?


「は、はっ! 失礼致しました!」


「いやよい、今回の視察では頼りにしているぞ」


「必ずやご期待に応えてみせます!」


「では私達もさっさと馬車に乗ろう」


 まだ同行者全員との挨拶が終わっていないというのに、陛下はそのまま私の手を引いて馬車の中へと乗り込んでいく。

 いや、挨拶が必須な爵位や位を持つ者達はアレン様の前に済ましていたから問題はないんだろうけど……常らしからぬ陛下の様子に目を白黒させていた者達も横目で多数確認できた。

 本当にどうしたと言うのだろうか? まだ付き合いが深いとは言えない私では、陛下が何に機嫌を損ねたのかが分からない。


「お前は常に傍に置いておかねば安心できんな」


「? いや、今は演技しちゃダメな時ですし、今回私は陛下の傍を離れる時間が多くなりますよ?」


 そもそも陛下の護衛というのは表向きの理由で、本来の目的はブルニョン伯爵領で自由に動き回って悪事の証拠を手に入れる事ですし。

 こうして黒猫としての姿を表に見せたのだって、私が証拠集めの為に陛下の傍を離れる際も「護衛が着いてるぞ」と相手に認識させて牽制する目的でしかない。


「まぁそれは置いておいて、少し近くに寄れ」


「はぁ……?」


 結局よく分からないままに、言われた通りに陛下の側へと近寄っていく。

 皇族用の馬車とはいえ、対面の席に近付くだけなら直ぐに終わる。


「視察中はこれを着けていろ」


「……あの、これは?」


「首輪だが?」


「えぇ……」


 馬車の中で屈む様にして近付いた私の首に、陛下が真っ赤な首輪を着ける。

 黒い衣服の上に鎮座するそれはよく目立ち、私の首が何処にあるのか直ぐに分かる。

 しかも鈴まで付いてるという徹底ぶりである……流石に音は鳴らないけど。


「お前は私の飼い猫だからな」


「冗談じゃなかったんですか」


「本当に飼ってやっても良いのだぞ?」


「いや、もう私は国に飼われてる様なものなので……」


「そうかそうか、ククク」


 何が可笑しいのか、というか急に上機嫌になった陛下に困惑しながら対面に座り直そう――として陛下に腕を引っ張られ、クルリと回されてから膝の上に座らされる。

 昨日と違って不意打ちではなかったけれど、馬車の中で変に抵抗するのもあれだと思ってなすがままにされるけど、頭の上には疑問符がいっぱいだ。

 顔を隠していてもそんな私の雰囲気を感じ取ったのか、陛下は安心させる様にフード越しに私の頭を撫でる。


 ……扱いが完全に飼い猫のそれである。


 これはもう仕方がないと、私は諦めて布越しに感じる陛下の暖かい手をひらを感じながら音の鳴らない鈴を弄ぶ。

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