第8話.イケ好かねぇあん畜生と追加のお仕事


 ――私は今、とても手強い相手と対峙している。


「――くっ!」


 それはとても目付きが悪く、切れたナイフの様な刺々しいオーラを周囲に放って憚らない。

 自ら他人を拒絶する、というよりは敵意や相手を見下している事を隠さないある意味で裏表のないその態度。


「――キッ!」


 それはとても口が達者で、何か一言でも彼に投げれば十や二十になって返って来る。

 何か皮肉でも言おうものなら即座にコチラを馬鹿にする様な態度と一緒に倍返しされ、時折「なぜ私が馬鹿なのか」という論理的な考察というオマケまで付いてくる。

 そんな考察は要らんし、もっと別の事に頭を使えよ……とは思うがそれだけ無駄遣いできる頭の良さがあるのだ。


「――ふん!」


 それはとても優秀で、この国の貴族が通うと言われる学府を卒業したばかりの十九歳であるにも関わらず、異例の速さで階級を二つも上げた傑物だ。

 政務ではベルナール様や他の大臣達の補佐をそつなくこなし、たまに陛下が自らの考えを聞いた際にも焦らず澱みなく、まるで最初から質問される事が分かっていて回答を用意していたのだと言わんばかりの満点回答を即答する。

 事務能力だけじゃない……その剣の腕前も一流で、極稀に陛下に模擬戦へと誘われる程だという。


 そんな自身の優秀さをこれでもかと見せ付けた上で彼は鼻で笑うのだ――陛下の仕事場でニコニコしている事しか出来ない私を。


 そう、私は今とても手強い相手と対峙している――アレン・ロードル二等補佐官という生意気な奴と!


「また性懲りも無く邪魔しに来たか」


「陛下のお顔が見たくて……」


「またそれか。少しは語彙や会話の種類を増やしたらどうだ」


 こ、コイツ……ッ!!


「うふふ、アレン様もこんな私に構うくらいお暇なのでは?」


「またそれか。私は暇ではない……暇ではないが、貴様を排除した方が仕事の能率が上がるのでわざわざ忠告しに来ているのだ。私を暇にする為にも早く部屋に帰れ」


 これだよ! これ!

 コイツ最初の時は予想とは違う私の反応で面食らってたけど、そういうものだと分かった途端にガンガン言い返して来やがる!

 しかもこっちは一言や二言くらいしか言ってないのに、向こうは律儀に全て倍返しで返して来るの!


「仕事の邪魔だというのもあるが、大臣達が貴様に苛立っているのが分からんのか? 貴様が居ては陛下に出来ない話というものも時によってはあるのだ」


 あー、あれでしょ? 二人目の妃を、ひいては正妃を迎えてはどうかっていう提案でしょ?

 私を溺愛している演技が上手い陛下にそれをするのだけでも難易度が高いっていうのに、そもそも私という陛下の寵愛を受けている(という設定の)妃が居たんじゃ、陛下も私の目を気にして断る算段が高いと。

 でもね、これって仕事なのよね……そういう縁談避けの為に私が居る訳だから、それじゃあ尚更お邪魔しに行かなきゃいけないのよね。


「あらあら、私に隠れて陛下にどんな提案をするというのでしょう」


「……貴様、本当は分かっているのだろう? 分かっていて何故その様な危ない橋を渡る?」


 と、言われましてもね……そういった危ない橋を疾走していくのが私の仕事なもので。


「……それが、私が陛下の為にできるお勤めにございますれば」


 とか何とかそれっぽい殊勝な態度で言ってるけど、ただ単に職務放棄してベルナール様に怒られるのが嫌なだけなんですけどね。

 あの人が怒ると本当に怖いし、何よりも十日間は甘味を禁止されるのが辛い。

 給料を減らされるだけでも私の夢のマイホームから遠ざかるし。


 とかそんな事を考えていたら何やらアレン様がビックリした顔をしてらっしゃる。


「お前……」


 お前って……素が出ていますよ、アレン様?

 最初の時と同じ様に、こういう返しは予想外でして?


「……ふんっ! 最近噂の『黒猫』殿を筆頭に優秀な護衛が付いてる様だがな、あまり過信はしない事だ!」


「ふふ、ご忠告痛み入りますわ」


 どうやら今日はこれで終わりらしく、アレン様はそのまま踵を返して政務へと戻っていく。

 さてさて、私もお仕事に戻りますかね……今日はいったいどんな目を向けられるやら。






「――レイシー・キャンベル、貴女に追加の任務を与えます」


 大陸最大の版図を誇る『アデライド帝国』……その王宮の奥まった薄暗い一室にて私は自身の雇い主であり、この帝国の暗部の一切を取り仕切る裏のトップとも言うべきアデライド帝国筆頭事務官――ベルナール・モフス様の前に跪いている。

 今日のノルマも終わり、さぁお菓子を頬張りながら部屋でゴロゴロするぞー! と意気込んでいた矢先に呼び出されるものだから何かやらかしたかと戦々恐々としていたけれど、なんの事はない……ただの指令だった。

 その事に安堵しつつも、今回はどんな無理難題を吹っ掛けられるのか……今から落ち着かない。


「簡単な事です。数日後に予定されている陛下の視察に貴女もついて行きなさい」


「……偽妃の方はどうなさいますか?」


 数日後に予定されている陛下の視察と言えば、黒い噂の絶えない『ブルニョン伯爵領』への訪問だろう。

 表向きは視察だと銘打ってはいるけれど、未だに陛下に反発的な伯爵に対する牽制と嫌がらせも兼ねたそれに同行して悪事の証拠でも取ってこいって事だろうか。


 でもそれだと偽妃の方が怪しくなる……なんてたって偽妃は素性不明の謎妃だ。


 その為妃は妃でも妾でないだけマシな側室レベルの位しか持たない。

 この国では夫の実務を支えたり口を出せる様になるのは正室に限られる為、陛下の横で政務をニコニコと眺めているのとは違って視察に同行するという事は、側室が陛下の実務に参加しているという事になり、これは明確な越権行為となる。

 だからこの場合は偽妃である私は王宮に滞在していないと不自然なんだけど――


「問題ありません。偽妃は視察には同行しませんが、たまたまブルニョン伯爵領に用があって個人的に赴くという噂が流れるだけです」


「……つまり意図的にそういう噂を流す事で偽妃は王宮にいる事になっている、けれども実際には陛下について行ったのだろうと思わせる事が目的ですか?」


「その通りです。視察の期間中は偽妃が体調を崩した事にすれば噂の信ぴょう性は高まるでしょう」


 つまり私は大手を振ってブルニョン伯爵領へと赴き、フリーに活動できるって事ですか。


「今回は貴女に自由に動いて貰うために暗部が用意した護衛として陛下について行って貰います」


「偽妃が同行していなくて大丈夫ですか?」


「表向きは同行していない事になっていますから姿を見せなくて大丈夫です。それに一人分余計に荷物を発注してありますので抜かりありません」


「さすが」


「私を誰だと思ってるんです? それにどうしても必要な場合は貴女が着替えて対応すれば良いだけです」


 なるほど、不自然に一人分荷物が多いのにその人物は他の人の前には姿を現さないとなると……周囲が勝手に噂は真実で、本当に妃が同行しているんだと勘違いしてくれるのか。

 そして視察に同行している部下達はそれを許しているのであろう陛下に遠慮して追求する事も出来ないし、建前上は居ない事になっている妃の行方を聞くのも不自然だ。


 これで晴れて私が自由に動き回れる準備が整ったと言えるのか……根回しをするベルナール様も大変だなぁ。


「ブルニョン伯爵には人身売買、違法薬物の製造、税の過少申告、隣国との裏取引など……様々な疑惑が上がっています」


「それもう真っ黒じゃね?」


「真っ黒を漆黒にする為に貴女には働いて貰います……いいですね?」


「はっ!」


 あーあ、陛下が視察している間は完全にフリーで自由時間だー! とか思ってたけど世の中そんなに甘くないか。

 ベルナール様が私を遊ばせておく訳がなかったよ。


 ここに来て追加のお仕事……私の職場も中々に真っ黒です。

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