第7話.安眠
「終わったか?」
「終わりましたけど、寝ないんですか?」
諸々の処理を終わらせ、寝ていたベルナール様の耳元でデタラメにリコーダーを吹いて起こし、報告を済ませて部屋に戻ると陛下がまだ起きていた。
一応寝ていたとしても起こさない様に配慮して部屋を出てったと思うんだけど、どうやらあれから全然寝ていないらしい。
目が覚めた時に「あ、陛下寝てないな」って気付いたけど、やっぱり気になったのかな?
あと『力が抜ける様なその音色は辞めなさい!』って寝起きで怒るベルナール様は面白かった。
私は心にクソガキを飼っているので機会があればまたやろうと思う。
「近くに他人が居ると深く眠れんのだ」
「へぇ、難儀ですね……あ、これベルナール様から預かったメモです」
「それで済ますお前もどうかと思うが」
つまり陛下は私が同じ部屋に居るから熟睡出来なかったのかぁ……可哀想なお人ですなぁ。
私くらい訓練されてると、どんなに熟睡してても一定の距離まで刺客が近付いて来たら分かる様になるから楽なのに。
「陛下もベルナール様に訓練を付けて貰ったらどうですか?」
「いきなり話が飛躍したが、言わんとしている事は分かる」
おっと、陛下にまでベルナール様と同じ様な少し呆れられた目を向けられてしまった。
でもなぁ、本当に良いと思うんだけどなぁ……何処でも熟睡しながら警戒する術って覚えると便利なんだけどなぁ。
まぁいいや、陛下が寝不足なのは私のせいじゃねぇ! って事でまた寝よう。
「まぁいいです。私はもう寝ますね――お?」
侵入者達を処理してベルナール様からのお使いも終わったからまた寝ようと、ソファの方へと身体を向けると同時に後ろから手を引かれてしまう。
そんな事をした犯人の正体が護衛対象であった為に、警戒するなんて事はしていなかったせいで不覚を取ってしまった。
そのまま同じベッドの中へ連れ込まれ、陛下の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
「……あの、陛下?」
「安心しろ。手は出さん」
「いや、そこは心配してないんですけど」
「……少しは不安がれば良いものを」
えぇ、どっちなのよ……あ、年頃の娘としては形だけでも嫌がっておけって事かな?
……分からん、全然分からん……ベルナール様が匙を投げるくらいだし、私にそういう男女の機微を求められても困るというものですよ。
ただまぁ、普通に今の状況は私がベルナール様に怒られかねないって意味では不味いとは思う。
「あの〜、陛下? 今は侍女達も寝静まってますし、私今ちょっと汗と血で臭うと思うんですよ」
それなりに動いたし、簡単に拭ったとはいえ多少なりとも返り血を浴びたり遺体の処理をした訳だし。
だからちょっとあまり良い匂いとは言えないんじゃないかなって思うんだけど。
「気にするな」
「? 私は慣れてるので大丈夫ですが?」
「私が即位してから最初に始めた事業を知らんのか?」
「……あ、そっか、陛下も嗅ぎ慣れてますよね」
陛下が即位して最初に始めた事業と言えば国内の反乱を鎮圧する為の再征服事業だ。
自ら軍を指揮し、時には兵を率いて陛下自ら前線や敵軍の陣に突撃したって聞く位だから汗や血の匂いくらい慣れてるよね。
「って、そうじゃなくて私がベルナール様に怒られるので……あれ、抜け出せない」
こんなところベルナール様に見られてしまったら確実に怒られてしまう。
それも飛びっきり酷いのを貰うに決まってるんだ。
本気で怒ったベルナール様はそれはもう恐ろしいのである。
と、そんな恐怖心に駆られて陛下の腕から抜け出そうとするもビクともしない。
「くくっ、お前の夫は強かろう?」
「ぐぬぬ、腕力では敵わないみたいですね……」
自ら敵軍に突撃しちゃう様なお人が弱い訳もなく……少なくとも正規兵と同程度の訓練はして来ているんだろうから、この結果は変でもないか。
どう足掻いても私が非力な事は変わらないんだから、捕まってしまった時点で死んだと思いなさいってベルナール様も言ってたもんな。
だから捕まらない為の立ち回りを覚えて来たのであって……この状況になった時点で私の負けなのだ。
「正面から戦っても負けんさ」
「……ほう?」
「槍の腕には自信があるのでな」
「それは是非とも見せて貰いたいものですね」
「機会があれば魅せてやろう」
何が可笑しいのか、陛下は上機嫌に喉を鳴らして笑いながら私の頭を撫でる……あ、これちょっと気持ち良いかも。
なんだろう、凄く安心する……本当に冷酷無慈悲の魔王という前評判なんて忘れてしまうくらいに暖かい手のひらだ。
本来ならもう既に寝ている時間である事も相まって、直ぐに眠気が襲ってくる。
「眠いのだろう? そのまま寝てしまえ……どうせ二人で寝ても場所は余るのだ」
あー、うん……確かに私一人で使うには広すぎるベッドだったけど。
ていうか真面目に眠気がヤバい……今はもう刺客は排除したし、また来ても直ぐに起きれるから良いかな、もう。
ベルナール様に怒られてしまうとか、そんな事も考えられないくらいに眠い。
「へい、か……ちゃんと、寝てくだ……さいね……」
あぁ、誰かに頭を撫でられながら寝るのなんて何年ぶりだろう――
「――おやすみ、レイシー」
脳を溶かす様な、そんな甘ったるい声が聞こえた気がした。
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