第4話.この反応は予想外じゃないですか?
「ふぅ……」
後宮から移動し、侍女を伴って政務棟の廊下を歩きながら思わず溜め息が漏れてしまう。
訓練過程を修了すると同時にベルナール様に理解不能な初任務を言い渡されてから早一ヶ月ほど……あれから私はほぼ毎日陛下の仕事場へと通っている。
連日何を考えているのか分からない古狸や能面官僚達の目の前で魔王と恐れられる陛下とのイチャイチャ演技は色んな意味で辛いものがある。
こんなの陛下から度々渡される様になった飴玉という甘味が無いとやってられない。
「……お疲れですか?」
「あ、いえ、大丈夫です! 私はこの通り元気ですから!」
っと、いけない……お付きの侍女や女官達に心配されてしまった。
彼女達は私が偽妃だっていう事情は何も知らないんだから、怪しまれない様にしないと。
「朝一番に陛下のお顔を見れないのが辛くて……それだけですから」
「まぁ……!」
よし完璧! これなら誤魔化しもバッチリじゃない?
私と陛下の私室が別々なのは事実だし、朝一番に顔を合わせられなくて寂しいっていうのは中々に良い言い訳じゃなかろうか?
陛下とも仲睦まじいんですよっていう演技としてもバッチリだと思う。
「未だに一緒の夜を過ごされていないのですか?」
「え"っ?!」
何を言ってるの?! 思わず変な声が出ちゃったじゃん!
陛下と同衾するとか恐ろし過ぎて無理だし、何よりもそんな事をベルナール様が許す筈がないじゃないか!
そんな、そんな……本物の妃になろうとする様な、少しでも不穏な動きを見せたら私が排除されちゃう!
いや、でもここで強く否定してもそれはそれで彼女達に怪しまれる……か?
「あ、いや、それは……えっと、ベルナール様が許されなくて……」
「まぁ!」
よし、全部あの人に丸投げしちゃえー!
ベルナール様が許さないのは本当だし? 何なら命じられれば一緒に寝るくらいなら我慢できるし? そもそも私みたいな小娘にお手付きするほど陛下も馬鹿じゃないだろうし? ……私は悪くねぇ!
そもそもこんな「まだヤってないのか」みたいな事を遠回しに聞かれた時の対処法なんて知らねぇ! 教えて貰ってねぇ!
そう、これは『……貴女に誘惑や男女間の駆け引きは無理でしょう』とか言って房中術などの教育を放棄したベルナール様が悪い!
だから私は悪くない! 習ってない事は出来ないんだもの!
「――廊下が騒がしいかと思えば、自らの領分を弁えぬ妃殿ではないですか」
後日必ずベルナール様からどやされるという現実から逃避していると、曲がり角から現れた人物からそんな言葉を投げ掛けられる。
いきなり話し掛けて来たこの人は確か……そう、若手有望株のアレン・ロードル二等補佐官だ。
ロードル伯爵家の次男、文武両道で優秀な部下だとこの前ベルナール様が陛下に紹介していた中の一人だったはず。確か資料にも載ってた。
「これはアレン様、お噂はかねがね」
あのベルナール様が優秀だと言うくらいだ……もしかしたら将来的に私を使う側の人間になるかも知れない。
ここは人当たりの良い人物を演じて印象を良くしておこう。
「ふん、用も能力もなく陛下の仕事場に邪魔をする事といい、こんな場所で油を売っている事といい……妃殿下は余程暇を持て余しているのだな」
……おや? 気の所為だろうか。
「……嫌ですわ、彼女達は私の体調を心配してくれていただけなのです」
「体調だと? ……はっ! 自らの管理すら出来ない者がよくもヌケヌケと陛下の仕事の邪魔をしに来れるものだ。己の領分を弁え、大人しく部屋に引っ込んでいてはどうか」
喧嘩っすか?
喧嘩っすね!
「今は陛下にとっても国にとっても大事な時期なのだ……それを寂しいからという私的な感情を陛下に処理させて恥ずかしくないのか!」
受けて立とうじゃないかこの野郎ッ!!
「うふふ、そんな暇な私の為にわざわざご忠告をして下さるなんて……優秀なアレン様はもう仕事終わりなのですね」
意訳! お前も暇なんじゃねぇのぉ?! (クソガキ並感)
「――」
私が反撃して来るとは思わなかったのか、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をするアレンを見て内心ほくそ笑む。
陛下と居る時はいつもニコニコしてるもんね、ただ空気の読めない大人しい妃だとでも思ってたんだろうね。
馬鹿野郎! 私は売られた喧嘩は買うぞ! 任務に関係ないところなら自分の快・不快を優先するのがこの私だ!
「貴様……言外を含んだやり取りが出来るという事は、態と空気を読んでいないだけだな?」
「空気を読んだ対応ではないでしょうか?」
「口の減らん女だ」
ガハハ! 馬鹿め! 予想外の対応を連続でされて狼狽えておるわ!
「まぁいい、それだけ空気が読めるのならもう陛下の仕事場には来ない事だ。……命が惜しいのならな」
「……」
ふむ、警告されてしまったな……ベルナール様の言う通り本当に真面目くんなんだなぁ。
「お妃様に対して何ですかあの態度は!」
「不敬行為として報告しなければ!」
あ、黙って成り行きを見守っていた侍女達が憤慨してる。
「いいのです。元より私が陛下恋しさのあまり皆様のお邪魔をしてしまったのが悪いのですから」
「お妃様……」
「なんとお労しい……」
どうよ、この殊勝な態度は?
このままいけば部屋に引き篭って過ごす事も出来るのでは?!
「そういう事なら私共めにお任せ下さいませ!」
「え?」
「私達の方から女官長へ、そしてベルナール様へと直訴致します」
「え?」
「一刻も早く陛下と寝所を共にし、一緒の時間を増やせる様にしてみせます!」
「え?」
あれ? なんか侍女達が凄い張り切ってる……なんで?
「あ、あの……皆さん、そんなに無理なさらなくてもいいんですよ……?」
「無理なんてそんな! あの陛下にやっと訪れた春ですもの、私達も臣下としてお手伝い致しますわ!」
「相思相愛な陛下と妃様が引き裂かれるなんてそんな……あってはなりません!」
「そうですそうです!」
な、なんでこんな事に……これ私がベルナール様に怒られるやつでは?!
慌ててどうにか軌道修正しようにも侍女達は「分かってます分かってます」と言わんばかりで、むしろ私が言い募れば言い募る程に逆効果になっていく。
何故だか理由は不明だけど、彼女達は「私達がしなければ誰がする!」という勢いである。
……この反応は予想外じゃないですか?
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