テーピングマスター望美さんの監視につき
うちのベンチのやつらが、ぞろぞろと席を離れていく。
「え?どうした!?」
「俺らはこんな緊迫した試合に出場するのは無理です!上で応援します!」
「えー・・・」
声を出した一年生くんがそう言って逃げるようにダッシュして行ってしまった。
ベンチには、相澤先生と俺と竜ヶ崎、あとは望美と亜香里以外、誰もいなくなった。
竜ヶ崎はといえば、亜香里のテーピング実験体みたいな感じになって、亜香里に遊ばれていてそれどころじゃない。
「なぜ膝に貼るんだい?いい加減、遊ぶのはやめて真面目に・・・」
「ニヤリ」
亜香里が不敵な笑みを浮かべてピッと高速で膝のテープを剥がす。
「いたぁあっ!!」
剥がしたテープには大量の毛がついている。
痛そう・・・可哀想・・・。
「やめないかっ!!今君は状況がわかってるのか?」
「怪我明けで調子悪いのはわかる。暫く休んで」
「水谷。何とか言ってくれよ・・・」
「おとなしく従っとけ」
「止めるんだ。これ以上ふざけていたら、あいつは絶対やってくる!絶対に!」
「呼びましたぁ?」
「ひぃぃぃ!!」
竜ヶ崎の背後から、月城が現れた。いつの間に来たんだろう。全く気が付かなかった。
「あかりちゃん?うちのダーリンで遊ぶのはやめてねぇ?」
「お姉にストーカーした報いを今ここで」
「別に今やることじゃないでしぉ?時間がかかれば、チームにとってマイナスよぉ?・・・巻く力が足りなかったのかしらぁ?」
「さ、沙耶香。大丈夫だっ!巻けるからいいっ!」
「負けるですって?聞き捨てならないわね。わたしはどん底に落ちたあなたを1番にするのが夢なの。例え骨折しようが、今ここで最後まで輝いてもらうわぁ」
「いいんだっ!君のやり方だと血が止まる。巻き方がキツすぎるんだ!だから・・・」
「ダメよぉ?一試合通して動けるようなテーピングをしないと・・・あなたも本気を出せないじゃない」
「頼むっ!これ以上は無理だ。やっと血流が良くなったのに・・・」
「甘いわね。血の流れを止めて、痛みを忘れて棒切れになるまで走りなさい?水谷くんに負けたらタダじゃおかないわよぉ?」
「ひ、ひいぃぃぃ!!」
「ほらね、亜香里の方がまだ優しいでしょ?」
「君が僕に構うから沙耶香が嫉妬して来たんじゃないかぁっ!」
「あらぁ。嫉妬なんて、ふふっ。わたしには似合わないわよねぇ?ちゃんと1番になってくれるのよねぇ?」
ガクガクと竜ヶ崎の肩を揺らす月城。怖すぎて竜ヶ崎が白目を剥いて気絶しちゃったじゃん。
「お兄の嫉妬のほうが、まだ優しい」
「女の嫉妬って怖いよなぁ」
「よし!できたっ!行って、こーいっ!!」
パチンと巻いた膝あたりを望美に叩かれた。
およ?全然痛くないぞ?
立ち上がって屈伸、伸脚。
ふむふむ。膝になんか乗ってるような違和感はあるが、それは仕方ないんだろう。
試しにジャンプしてみた。痛くない。膝を曲げてギリギリのところでテープが反発して、痛みが出るラインまで行かない感じだ。
「すげえ、な。望美、ありがとう」
「お願いだから無理しないで」
「さて、第二クォーターは残り2分、どうしようか」
大槻先輩マジックは最初だけで、大槻先輩の予測不能なパスに慣れて須藤が反応できるようになると、攻撃は一気に機能しなくなっていた。
ただ今34対33。かろうじて勝っていて大健闘していると言っていいのだが、逆転されるのは時間の問題だろう。
コート内に目をやると、明らかにバテてるやつが1人。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
「今度は神崎がやべえか」
うちのセンター陣2人は十分頑張ってる。リバウンドなんてもう10回以上取ってるし、一方的な展開にならないのは神崎が空中戦で勝ってるのが大きい。
だけど、神崎にそこまで頼っていちゃ、ダメだ。助っ人で練習不足だから、1試合続ける体力があいつにあるわけがない。
「お兄、試合を落ち着かせて」
「神崎、チェンジだ!」
「水谷・・・」
へとへとになって歩いてくる神崎は、俺に頭を下げてくる。
「ごめんね。体力温存しとけって言われてたのに、熱くなってこのザマさ」
「助かったぜ。少し休んでいてくれ」
「足は大丈夫かい?」
「もう誰の肩も借りねーよ!」
ベンチを振り返って望美を見る。
月城の鬼の形相に負けず劣らずの、恐怖の化身がそこにいた。
「わかってる。ゆるーく、軽くアップしてくるから」
「怪我増やして帰ってきたら許さないからっ!」
はいはい、わかってるよ。
俺は手をひらひらさせながら、コートの中に足を踏み入れた。
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