最後の準備


ーーーーーーほんの少し前なら、見ることの無い景色だと思っていた。


県予選。インターハイ。会場は朝8時なのに、既に熱気が立ち込めている。


俺らが女子の試合を見ることはできない。女子の後にすぐ俺たちの試合が始まるからだ。


それでも、なぜか望美がアップをせずに、俺のそばにいた。


「えーっと、望美さん?何でまだいるんだ。試合すぐ始まるんだろ?」


「ゼリーはここ、蜂蜜レモンはこっち。おにぎりはこれ。パンが良ければ具材はこのタッパに入ってるからみんなで分けてね?」


他の学校は部活の保護者会みたいなものがあるから、差し入れだのなんだのってかなり助けてくれるんだけどな。


うちの高校は弱小だったからそんなものは無く、その分、どこでカバーするのかと思いきや、当然の如く望美さんのフルパワーが発揮されているのだ。


「流石五橋だね。ありがとう、助かるよ」


「颯人、飲み物は三種類あってね、お茶とスポーツドリンクなんだけど・・・」


「無視かい?」


「竜ヶ崎先輩?五橋姉妹とは関わらない約束ですよね?どさくさに紛れて、何してんだか・・・」


「お礼ぐらい、いいだろう?」


「あっ、おにぎりもらいます。具とかありますか?」


「いいよー、持って行ってね。半分颯人のために梅にしたけど、こっちが高菜だよ」


「梅がうめーって駄洒落ですか?」


「いいか、上田。梅の花言葉は忍耐らしい。これ食って、今日の試合厳しいだろうが、耐えて、耐えて、耐え抜いてやろうぜ」


「いや、うちが守り勝つイメージって無いので高菜もらいます」


「あっ、てめぇ!梅を食え梅をー!」


上田に高菜おにぎりを取られて逃げられてしまった。竜ヶ崎に、俺はパンを渡す。


「めっちゃわさび入れといたけど、全部食えよ?」


「君は真面目に僕と試合する気があるのかい?」


「冗談通じないなー。今日の調子はどうよ?」


「ふっ、僕にそれを聞くのか。絶好調さ。君こそ、足を引っ張るなよ?」


「そこは信じるしかねーか。あのさ、相手の情報、上田から聞いてるけど、おまえの意見も聞きたい。なんか、あるか?」


「点を取ったら取り返してくるチームさ。帝光北は攻撃力に定評がある。殴り合えなきゃ、負けるよ」


「そう、か・・・」


「なんだい?戦う前から負けたような顔をしてるじゃないか。君のチームだろ?もっと自信を持ちなよ」


「俺のチームじゃねぇだろ」


「かと言って、僕のチームでも無いね。あーあ、君がそんな調子なら、サンドバッグにされることも覚悟しないとね」


「なぁ、なんで、俺をそんなに持ち上げようとしてくるんだ?」


「・・・君自身に期待はしていない。だが、君はあの姉妹が見込んだ男なんだ。簡単に諦めてもらっちゃ困るよ」


竜ヶ崎はそう言って、俺から離れて行った。代わりに来たのは、部長代理の菊池先輩だった。


「水谷、思いっきりやれ」


「菊池先輩、すみません。試合前なのに・・・」


「水谷が楽しんでやってくれれば俺は嬉しい。ゴール下は任せてくれ」


そうだよな。何事も楽しくやらなきゃ頭が働かない。


緊張も、不安も、全部込みでぶつかっていこう。





ーーーーーーー


結果を言えば、女子の初戦は楽勝だった。


ダブルスコアでボロ勝ちだった女子に安堵しつつ、試合前にコートでシュート練習をしていた。


第3クォーターから休んでいた亜香里が、ベンチでピョンピョン跳ねている。


「お、に、い!お、に、い!ファイトー!」


いや、こっちに来てボール拾いとかしてくれない?ま、いっか。楽しそうだし。


「なんだぁー?このチビ助は?女子の試合は終わったんだからよー。とっとと退けよ」


反対側で練習をしていた帝京北のやつが亜香里に突っかかって来ている。


なんだ?あの金髪坊主。


「亜香里はマネージャーだからここにいてもいい」


「マネージャー?ひやっひゃっひゃっ!弱小の癖にマネージャーなんか必要ないだろ?俺んとこ来いよぉ!!踊りたいなら、ベッドの上で踊らせてやるぜ?」




「は?」



―――ピリッ!


「おい、おまえ。俺の亜香里を、何だって?」


俺は我慢するつもりも無く、金髪坊主を威圧した。


「ああん?なんか、ー?」


視界の隅にいたやつらが次々と尻もちをついていく。


だが、目の前の金髪坊主には効いてない・・・だと?


「なんだよー。今口説いてたんだから、邪魔すんなよー」


「こいつは俺の彼女だ。離れろよ」


「おーこわ。でもさァ、その能力、反則じゃね?」


「だったらナンパはよせよ。加減できないんだ。頼む」


「へえ、その段階かあー。ちなみにそれさー、




――――――俺にも使えるから」


バツン!!とブレーカーが落ちたような音が響く。


それは、火花のような、小さな爆発が起こったかのように、こいつの周りを波打って一瞬で満たした。


俺の嫉妬は相手に尻もちをつかせるだけだ。だが、こいつの眼は違う。


―――周囲のやつらが、金縛りに遭ったかのように動けなくなってしまったのだ。


慌てて周りを見る。へたりこんだコート上のやつらが、動けないでいた。


「いいよーいいよー!俺の圧に当てられて動けるやつは珍しいんだ!」


後ろを振り返ると、亜香里は無事、ベンチの端っこにいた望美はダウン。うずくまってしまっている。

対戦相手の連中ですら、時を止められたように動けないでいる。


そして上田が、俺の肩につかまって立ち上がろうとしていた。


「須藤、やめろよ。こんなのフェアじゃない」


「誰かと思えば上田じゃねーか。俺から逃げた屑が」


どうやら上田と知り合いだったらしい。


「おまえと一緒にいたら、おまえを倒せない。だから、違う道を選んだんだ」


フッと場を満たしていた圧が消える。


「へえー。いいじゃん、やってみよーぜ?」


楽しそうにベンチに帰っていく金髪坊主の眼には、青い稲妻が渦巻いていた。

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