第52話 確保


バレー部の先輩と別れた俺は、倉庫のボール籠の近くに陣取って、普通に空気入れを開始する。

他のバレー部の人たちが目の前を通り過ぎる。うん、怪しくは無いはずだ。


問題なのは、ここからじゃ逆の方は見れても、校門から来た生徒が体育館に入ってくるまでは見えないことだ。


バレー部がネットを張ってスパイク練習を始めた頃、俺は仮にバスケ部の人が来ても会わないようにギャラリーに上がった。二階から窓の外を見て、体育館から校舎に入る通路を監視することにした。


すると、見知った顔が体育館に近づいてくる。


竜ヶ崎先輩だ。


足首を捻挫していたと聞いていたのだが、歩き方に問題はない。これは、練習復帰も近いと見える。


あたりをキョロキョロと見回す竜ヶ崎先輩は、そのまま靴を脱いで、校舎の中に入って行こうとする。


まさかな、とは思った。


確証はない。でも、行ってみるか。



ーーーーーー


ヒタヒタと音を立てずに廊下を歩く俺。前方には竜ヶ崎先輩。


更衣室に入るかどうかを確認したかった俺は、そんなに近づいていない。


廊下の直線は、意外と隠れるスペースが無く、見つかりやすいから危険だ。階段の近くを離れないでキープ。


そして、更衣室の前を竜ヶ崎先輩が通り過ぎた。


ん?おかしい。これはもしかするともしかするかもしれない。


そのまま突き当たれば、昇降口だからだ。


ここで初めて、俺は今まで感じたことの無い憎悪を自分の中に宿していることに気づいた。あいつか?あいつがやったのか?


自作自演で?


今から追うのは危険すぎる。横山ちゃんがいてくれるから、別に追わなくてもいい。いいのだが、ここで望美の仇を取りたいという欲が出てきた。


走れば、気付かれるだろう。だから、平然を装うことが大事だ。そうだ。バッシュを下駄箱に置いたことにしよう。


ーーーいや、待て。落ち着け俺。これはラストチャンスなんだ。犯行を敢えて実行させるべきだ。先生の言葉を思い出せ。忍耐だ。


ここで台無しにするわけにはいかない。俺もやつの犯行を見れた。それでいいじゃないか。


竜ヶ崎先輩の姿が見えなくなった。


横山ちゃん!昇降口に、いる?
















「そこで何をしていた!!!」


廊下に響き渡る、横山ちゃんのとてつもない、大きな声。


竜ヶ崎が逃げてくる。だが、まだ足が治ってないんだろう、走り方がぎこちない。足を引きずってるみたいな感じだ。逃げる方向はこっちしかない。なぜなら、竜ヶ崎がこっち側に靴を置いてあるから。


後ろから先生が追いかけている様子はない。


じゃあ、俺が捕まえてやる!このクソ野郎!


俺は、意を決して、竜ヶ崎の前に出た。


予想外だったんだろう。俺を見た竜ヶ崎の顔が驚きとともに引き攣る。


俺は亜香里直伝のレスリング、胴タックルをお見舞いした。


そのまま竜ヶ崎が背中から床に落ち、竜ヶ崎の上になった俺はそのまま竜ヶ崎を離さない。


「なんで、君がっ!?」


「逃げるなよ!?俺はおまえが昇降口に行ったのを見てる」


「まだ、三日目だろう!?どうして、こんなに、早くっ!」


俺はこのまま拳を上から顔に打ち下ろしたい衝動に駆られた。


だが、走ってくる足音のおかげで、なんとか思いとどまった。


「三年バスケ部主将の竜ヶ崎、か?うちのクラスの教え子によくもやってくれたな」


先生の右手には、証拠のルーズリーフが握られていた。


「くっそ!嵌めやがったな!?」


「黙れよ!!」


おまえが言えることなんて何ひとつ、無い!よくも望美を泣かせたな!!ふざけんな!よくも、よくもっ!!


「水谷、竜ヶ崎に一発だけ、殴ることを許してやる」


「は?」


「見なかったことにしてやる。やれよ。おまえ、ひどい顔してるぞ?」


俺、そんなひどい顔してんの?


竜ヶ崎が、俺から殴られると思ったんだろう、眉を顰めて苦悶の表情を浮かべている。


あー、なんか、冷めたな。


俺が殴ったって、俺の自己満でしかないし、


望美が決めることだ。


それに俺、必死になると、嫉妬すると怖いやつになるし、そこ、直さないとダメじゃん。


先生、忍耐と暴力は真逆ですよ?


横山ちゃんまで俺を試すのかー。でも、簡単な答えでとりあえず良かったわ。


「先生、俺は殴りませんよ?」


「いいのか?」


「忍耐、でしょ?」


「ふっ」


そこはグフゥって言って欲しかったなぁ。よし、後で望美と一緒に、食事中の横山ちゃんのとこに行こう。


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