第44話 休み時間に休めない俺


次の日。朝、学校に行って席に着くと、薫が話しかけてきた。


「神崎が、来たな」


そう言われたが、あえて神崎のほうには目を向けなかった。こういう時は朝からいつも通りにしていればいいんだよ。


「昨日、来るって言ってくれたからな」


「なぁ、なんか事情があったんだろう?」


別に、俺から話すようなことではない。


「知りたいなら本人に聞けよ」


「それもそうだな。今日は一発目から体育だ。ブラジャー科目だ」


ブラジャー科目ってなんだよ。それ履修して将来何になれるんだ?


その後、HRで横山ちゃんは神崎の顔をチラッと確認しただけで、特別なことは何もなく、いつも通りの時間が流れた。




ーーーーーー



体育終了後、離れの教官室に俺は訪れた。


バスケ部顧問の相澤先生に、入部届を出すためだ。


俺が入ることを誰かから聞いたのだろうか。相澤先生はすんなり受け取ってくれた。


「それで、水谷くんはいつ部活に来るのかな?」


「平日の火曜と木曜です」


「五橋姉妹も同じ曜日だよ?」


まぁ、そうだろうな。


「合わせたんですよ。すみません。そんなに本気でやるつもりはないです」


「そっか。うちの女子主将の金森が、五橋姉をバスケ部に残すために、どうしても水谷くんが必要っていうからねー。そんなこちら側の事情もあって、わたしからは君に何も言わないさ」


「助かります」


「この間の試合、見てたよ?体力さえ戻ればレギュラーで活躍できる感じだったね。土日に練習試合とか組んだら、出てくれる?」


「そこは応相談でお願いします」


「期待してるよ?うちみたいな、あんまり強くないとこと練習試合を組んでくれるとこ、そんなに無いんだ」


「いや、俺、勉強第一に考えているので」


「嘘おっしゃい。まぁ、これ以上詮索すると五橋姉に怒られそうだ。とりあえず、今日から宜しくね」


全然信用されていないみたいだ。おかしいな。俺は勉強第一・・・ではないな。うん。


「はい、宜しくお願いします」


望美に怒られるって何だよ。あいつ、相澤先生とどんな交渉してんだ?


ーーーーーー


二限の古文の授業の後、俺は階段を登っていた。上田にバスパンを返すためだ。


今日部活で渡しても良かったが、ま、ちょっとした気まぐれだ。


一年の教室は中々に入りづらい。去年までこの階にいたはずなのに。やっぱり、学年違うとめっちゃ部外者感があるな。亜香里はよく一人でうちのクラスに来れたもんだ、と感心してしまう。


俺は廊下から教室の中を覗き込む。


おっ、いたいた。坊主上田。亜香里と話してるみたいだ。


亜香里が廊下にいる俺を見て、ピコーン!と顔があからさまに明るくなる。そして、凄い勢いで俺のところに来た。


「お兄!寂しくなったの?亜香里はここだよ」


「よう、亜香里。上田にバスパン返しに来たんだ」


「え?お昼に会うから、その時で良かったと思うよ?」


「荷物になるだろ?借りたものを返すんだから、出向くのが普通だ」


「ふーん。細田、お兄が来てる」


細田って誰だよ。次は太田とかか?


「ちっす、先輩。あー、バスパン返しに来てくれたんですね。もしかして今日部活来ないんですか?」


「よう、上田。いや、入部届は出したし、今日は行くけど、おまえと更衣室で会えるかわからんからな。今渡しに来た」


「わざわざありがとうございます。五橋が、先輩とアパート借りて同棲するとか言ってるんですけどマジですか?」


「こらこら、嘘を言うな」


「お兄、わたしは本気」


「まぁ、最近はシェアハウス、ルームシェアとか、色々形がありますよね。一緒に住むのはお互いが合意してればアリだと思いますけど。俺は寮に住んでるので、普通に誰かと暮らすのは抵抗ないっす」


「真に受けるなよ。そっか。女子寮もあるのか?」


「お兄、女子寮で何する気?変態さん?」


亜香里、おまえなぁ、昨日の話知ってるくせに、わざと知らないふりしてんじゃねーよ。


「え?先輩、もしかして家が無い女の子拾ったんですか?」


「おまえは何を言ってるんだ?」


「冗談です。今日もお昼にそっちにお邪魔します。宜しくお願いします」


俺に了解を得ても、たいした意味は無いんだけどな。また大人数で食べて、俺のクラスのやつらが困惑するのは変わりないだろうに。


「お兄、かわいそうな女の子拾ったら、一緒に住む?」


わざと悲しそうな顔をする亜香里。そんな捨てられた犬みたいな表情をしても、一緒に住まないからな?

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