第34話 幼馴染の母親の俺に対する期待値


「えっ?もしかして、もう帰ってきたの?」


水族館デートを経て昼過ぎに俺と亜香里が五橋家を訪れた時、五橋姉妹の母親、紗希さんの第一声がこれだった。


「お母さん、わたし、またドジっちゃったの・・・」


俺は事情を言うべきかどうか迷っていた。別に水着の件は話したっていいが、俺は今になって高校生に似合わぬ高い買い物したな、と後悔していたのだ。


バイトしてるなら話は別だが、お小遣いをもらってる分際で衝動買いして良かったのか、あの時の俺はどうかしてたんじゃないのか?


ちょっと最近の姉妹の俺への影響力がとんでもないことを加味しても、結局大体俺自身のせいなのである。


でもまぁ、あの時は泣いてる亜香里をどうにかしたかったからな。


ここは黙ってーーー


「お母さん。イルカショー観てたら、その後わたし、滑って転んでパンツまで濡れちゃったの。そしたら、お兄がね?」


申し訳なさそうに言う亜香里。そんな顔をして欲しくなかったから、言いたくなかったんだけどな。


「なるほどねー。颯人くん、いくらかかったの?」


紗希さんが眉を上げて納得した顔をしている。


「え?今の説明でわかったんですか?」


「前みたいに、服、買ってあげたんでしょ?昔亜香里が雨の日に転んで泥だらけになった時もあなたはそうしたじゃない。もー、颯人くんは亜香里に甘すぎるんだから」


え?俺そんなことしたっけ?


亜香里が転ぶなんてしょっちゅうだったから覚えてないな。


「お母さん、お腹すいた」


「そして、服を買ったらお金が無くなって仕方なく帰ってきた、っていうオチでしょう?」


「・・・当たりです」


すげーな。服じゃなくて水着ってこと以外は全部当たってる。


「これでも15年、亜香里の母親やってるからね。さあ、上がって?今から作るから、簡単なものでいいかしら?」






ーーーーーー



転んで濡れたところが磯臭い、ということで、亜香里はシャワーを浴びている。


俺は、五橋家のリビングのソファーに座って出されたクッキーを食べていた。


「はい、これ、水着のお金ね」


諭吉様?いや、水着はそんなかかってないし。


「こんなに受け取れません。半分しかかかってないですよ?」


「昨日、今日とうちの姉妹と遊んでくれたお礼よ。平日の夕食はいつも颯人くんちに二人がお邪魔してるし、これじゃあ足りないくらいなのよ?」


いや、そうかもしれないが、俺は物をもらえばその価値に合った物で返せと、現金など受け取ってはならないと親に教えられている。


だから、もらうのは樋口さん一人でいいのだ。諭吉様の出番では無い。


俺が受け取らないでいると、紗希さんが溜息をつく。


「はぁ。じゃあこうしましょう?もうすぐ望美も帰ってくるから、3人でまたデートしてくればいいわ。亜香里が買ってもらったんだもの。絶対望美も水着が欲しいって言うから」


え?マジすか。望美さんの機嫌を損なわせるわけにはいかないな。


「そういうことなら、ありがたくいただきます」


お帰り諭吉。昨日ぶりだね。寂しかったぞ。


「颯人くんと会うのは春休みぶりかしら?それで?あなたは今、望美と亜香里、どっちを狙ってるの?」


いきなり地雷ぶっこんできたー!


いや、紗希さん今までこんなこと聞いてきたことなかったじゃん!


まぁ、紗希さんと一対一で話す時なんて滅多に無かったけどさ。


あー、ちくせう。思考が麻痺しそう。


「正直、どっちも魅力的ですよ」


無難な答えを言ったと思ったのだが、紗希さんが口を開けて固まっている。


「びっくりしたぁ。望美って言うのかと思った。そっかぁ、亜香里はんだね?」


しまったぁぁぁあ!!何?俺は望美好きなことで五橋家では有名なの!?


まさか本人に知られてないよね!?


俺がびくびくしてると、紗希さんが笑い出す。


「あははは。大丈夫、望美本人は全然知らないから。それよりも、あなたにとっては妹くらいにしか見えなかった亜香里が魅力的かぁ。これは面白くなってきたわね」


あのー、紗希さん?あなたの娘たちの話ですよね?面白がってどうするんですか。俺、反応しづらいんですけど。

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