第33話 読まない。
「はやと、そんな顔しないで?」
亜香里がベッドの上からおいで、と手招きする。
「ちょっと、俺着替えたいんだけど」
「いいから、来て」
なんだろう、昨日から頭が働かないことが多い。絶対こいつらのせいなのだが、もう望美の悪戯は俺が想像する範疇に無い。
対して、亜香里はどうだろうか。
こいつは俺が嫌がることはしてこない。試したりしない。そう思っていたはずなのに、
なぜ、こんなにも心乱れるのか。
「別に、はやとが困って欲しくて、やってるんじゃない」
「はぁ、朝からなんなんだよ」
「ごめん。わたし、暴走中?」
疑問系かよ。
「とりあえず、もっと構ってほしいのはわかった」
俺は意を決して亜香里のとなりに座る。
亜香里が俺の左手を取る。
そしてその手が、亜香里の頭に持っていかれる。
「撫でて?」
「撫でるだけでいいのか?」
「大胆。もっとしたいなら、やっぱりわたしは脱がなきゃいけない」
「それはダメだろ」
「颯人がダメなら脱がない。言いつけは守る」
犬かよ。
俺は亜香里の栗色の髪を撫でた。天使の輪っかに照らされた髪は一本一本がきめ細やかで、さらさらだ。触り心地がいい。
「撫でるの、下手」
「じゃあ、やめるか?」
「やめないで。安心する」
「お、おう」
「はやとは、今日、行きたい場所ある?」
「んー、特に無いかな。亜香里は?」
「水族館に行きたい」
まじかよ。
近場のとこは入場料一人二千円するぞ。亜香里の分を奢ったらかなりキツキツだ。
「わたしも払うから、心配しないで?」
撫でる手が止まっていたらしく、俺の考えてることがバレた。
母親から、一昨日諭吉一人もらっておいてほんと良かった。
「で、いつまで撫でればいいんだ?」
「ん、もうちょっと」
ーーーーーーー
日曜日の水族館はこれでもかってくらいに家族連れでごった返している。あとはカップルが多い。
「はやと、わたしはイルカショーが観たい」
「じゃあ、その前に色々見て回るか」
「うん、あっ!かわいい!チンアナゴ!」
あからさまにテンションが上がってる亜香里。
すげー人混みなのに、こいつは俺を引っ張ってどんどんと人混みを掻き分ける。
「ナメダンゴ、かわいい!」
「小さい生き物、ほんと好きだな」
「手のひらサイズが正義」
いや、さっきのチンアナゴとか隠れてるだけで、体長はなかなか長いからな?
「マンボウ、こっち見てる。わたしはあなたの彼女じゃ無いよ?」
亜香里は水槽に向かって何を話してるんだろうか。マンボウみたいな彼氏って何だよ。
「まだまだだね。うちの彼氏は視線で人を気絶させる」
おい、勝手に盛るな。そんな特殊能力、俺には無い。
ーーーーーー
イルカショーの会場に着いた。
ショーの開演時間には客が満員になるから、空いてるうちに好きな席に座りたい。亜香里はどこがいいんだろう。
「はやと、最前列」
「マジ?びしょ濡れになるけど」
「わたしが、びしょ濡れの、濡れ透けになれば、はやとが嫉妬してくれる」
それが狙いかよ!正直だな!
「いや、ほら、風邪ひいたら大変じゃん」
「そしたら、はやとのせいにして、はやとに看病してもらうつもり」
いやマジで正直なのはいいけど、その計画に乗るわけにはいかない。
「また、ダメっていうの?」
「ぐっ!!」
こら、あかりさん?目をうるうるさせるのはやめなさい。
「じゃあ、カッパ着るから、いいでしょ?」
「まぁ、それなら・・・」
「二人で一枚だけ着ようね」
それ二人ともずぶ濡れになるやつじゃねーか。
俺は普通に二枚カッパを買った。
ーーーーーー
バッシャーン!!
「きゃあああ!!!」
亜香里が悲鳴をあげている。だが、楽しそうだ。
ショーが始まると、イルカの大ジャンプで水が飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ!
やっべぇ全身ずぶ濡れじゃん。やっぱカッパ買って良かったわ。
「はー、楽しかった。イルカさんにぐしょぐしょにされた」
そう言ってフードを取りながら、亜香里が笑う。
何か卑猥に聞こえるからやめなさい。
満足そうにカッパを脱いだ亜香里は、カッパを俺に預けて、一人でイルカのいる水槽のところに行こうとする。
あ、床滑るからやばいって・・・
つるっ、パシャン。
「ふええ、お兄、濡れちゃったぁぁ」
危うく転ぶのは免れたが、亜香里は水溜りができている座席に、腰掛けるような体制になってしまい、スカートがびしょびしょになってしまった。
「亜香里、大丈夫か?」
「パンツが、濡れちゃった。どーしよ」
ああっ、もう。確かここ売店に水着あったよな?
「亜香里、ちょっとだけ我慢してついてきて」
「お兄?」
俺は亜香里の手を引いて、イルカショー会場となりの売店に向かった。
えーと、水着、水着・・・あった!
ドルフィン水着セット、上下パレオ付、
うおっ!4980円!
やっぱり水族館だから値段が高いなー。
「お兄、高いからいいよ。我慢できるよ?」
目に涙を浮かべて俺の腕にしがみつく亜香里。
今の亜香里には余裕が無いんだろう。いつもの調子なら、お兄のためにノーパンになるよ?とか冗談を言うやつだ。
あー、もう!
「いいよ、買うから」
「なんで?お金無くなっちゃうよ?」
「おまえが泣いてるのに、買わない選択肢なんかねーよ!」
「ーーーーー!!」
俺は水着を買って、亜香里にトイレで着替えてくるように渡した。
数分後、着替えてきた亜香里が出てくる。
スカートは相変わらず濡れているが、中に水着を着てるから冷たくは無いだろう。
「これで大丈夫そうか?」
「・・・大丈夫だけど、大丈夫じゃ無い」
意味わからん。大丈夫じゃ無いのは俺の財布だが。
「ごめん、水着買ったらお金無くなっちゃってさ。昼は家でご飯食べよう?」
「・・・うん。ありがと、はやと」
いやー、こいつがドジだったことを忘れてたわー。
また転ぶと警戒してるのだろうか。帰り道、なぜか俺の手をずっと離さない亜香里さんだった。
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