第16話 ※望美視点 吸い込んだ息
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朝、午前5時半。これがいつも通りの時間。
アラーム一回で起きるわたしの寝起きはとても良く、家族で一番早く目覚める。
「颯人、おはよう」
入学式の、ツーショット。
机の上に置いてある写真の彼に挨拶すると、わたしの冷たい頬が少しだけ熱っぽくなる気がした。
彼の名前を呟くだけで、この調子なのだ。自分でも笑っちゃうくらい、おかしいと思ってる。
桜が咲いた後だというのに、朝晩はまだ寒い。亜香里が自発的に起きて来るのは、もう少し先だろうか。ストーブをつけようとパジャマの上にちゃんちゃんこを着て、階段を降りる。
両親はどちらも仕事が遅番なので、わたしたち姉妹のリズムとはちょっと違う。微かに残ったストーブの熱を感じながら、またスイッチを押す。
今日のお弁当は何にしようか、と冷蔵庫を開ける。
昨日のじゅんこさんのご飯はおいしかった。
例えるなら、帰り道、夕食のおいしそうな匂いが各家から風で運ばれてきたとする。その中で一番美味しそうな匂いがするのがじゅんこさんのご飯なのだ。
食べる前から胃袋を掴まれるとは。わたしなど相手にもならないじゃないか。
だから、わたしはまず、毎日食べても飽きないご飯を作らなければならない。
颯人には一応、好物を多めに入れてはいる。肉とか、肉とか。
どんなお弁当でも、最悪おにぎりでも喜んで食べてくれるので、作りがいはある。
わたしは家族4人のお弁当を作るのが日課なので、颯人の分が増えようが手間にはならない。
むしろ、颯人用の弁当が無い日のクオリティーはめちゃくちゃ下がっているらしく、そんな日の亜香里は文句こそ言わないが、感謝もしてくれない。モチベーションはやっぱり大切だと思う。
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弁当やら、朝食を作り終えたら制服に着替える。
亜香里を起こす前に、鏡の前で、髪を整える。
昨日、沙耶香っちから坊主にすると言われた時は、ほんとは死ぬほど嫌だった。
上手く染まってる栗色の髪も、颯人が好きだというポニーテールも、どちらもわたしのアイデンティティだ。
颯人は例えわたしが坊主にしたって一緒にいてくれるだろうけど、わたしが嫌なのだ。ここまで可愛いをひとつひとつ地道に積み上げてきた、わたしの苦労を誰かわかって欲しい。
「うん。今日も可愛いよ!」
鏡の中のわたしにそう言ってやる。自然と口角が上がってわざとらしくない笑顔になるから不思議だ。
そして、この可愛い姿を、今日一番にあいつに見せたくなる。
ふと、亜香里を起こさずに、颯人と二人きりでゆっくり登校デートする悪い考えが思い浮かぶ。
「ダメだよね。亜香里が起きないもん」
姉の恋路をいつも応援してくれている妹。そんな亜香里に意地悪をするほどわたしは天邪鬼では無かった。
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