第14話 信用と予定調和

「あっ、帰ってきた。おーい」


上田との話を切り上げ、体育館に戻った。


望美がこっちに手を振ってる。


「早く付き合えばいいのに」


「なんか言ったか?」


上田にボソッと嫌味を言われ、答えを持ち合わせていない俺はとぼけることしかできなかった。


「上田くん、颯人タイム終わりねー!」


「すみません、結構話聞いてもらっちゃいました」


「良いってことよ。どう?颯人。上田くん、真面目でしょ?」


「望美はこいつのこと知ってたんだな」


「あ、うん。バスケ上手い人はやっぱりチェックするよね。他の人みたいに、上田くんはわたしのことジロジロ見ないっていうのもあるかな」


「水谷先輩が怒るので、もう自分、行っていいですか?」


「あ、そっか。嫉妬しちゃうもんね?」


望美が俺を見てイタズラっぽく笑う。


「水谷先輩。俺は金曜日、竜ヶ崎先輩じゃなくて、水谷先輩側につきます。話聞いてもらってスッキリしました。ありがとうございました」


「マジか。こっちこそありがとう。部活頑張れよ」


「はい。ではまた」


そう言って上田はシュート練習に溶け込んでしまった。


「それで、亜香里と月城は?」


「え?一人ずつ話が聞きたいって言われたから、まだ職員室にいると思うよ?わたしは一番最初に終わったの」


「なんか言われたのか?」


「うーん。とりあえず沙耶香っちに何かされたのかと聞かれたから、何もされてないって伝えて・・・沙耶香っちは、学業、部活、好きなタイプの男性まで、全部似てる仲良い友達だって先生に言ったよ?」


「好きなタイプの男性?」


何それ気になる。


「うん。あれは略奪が好きなタイプと見た。絶対負けないけどね」


勝手に気合いが入った様子の望美。


「お兄、お姉、帰った」


「おかえりー」


「おかえり。亜香里は何話してきたんだ?」


「先生とわたしがズッ友になるための話」


「成功したのか?」


「三年間マネージャー頑張ったら、先生と駅前の巨大パフェ食べに行く約束をした」


亜香里は誰とでも仲良くなるなぁ。口下手で引っ込み思案でも、関係ないんだろうな。


「おまえらと話してた先生って誰のことだ?」


「バスケ部顧問の相澤先生」


「女の人。お兄、知らない?」


「まだ会ったことないな。ん?もしかして相澤先生って男女両方の顧問?」


「そうみたいだよ。それで、一応金曜日の勝負の件、相澤先生に伝えておいたからね。先生、審判やってくれるって」


「え?もしかして先生怒ってた?」


「ううん、むしろ楽しみにしてるって」


良かった。ってじゃねぇよ!全部竜ヶ崎先輩のせいだよな?


「竜ヶ崎先輩、帰って来ないな」


「学年主任に怒られてるらしいよ?」


「え?金森先輩と?」


「金森先輩は、さっき職員室で会った。わたしへのお詫びに、アイスを買いに行ってる。・・・あ、忘れてた」


亜香里は急にビシッと背筋を伸ばして、右手を高くあげた。


「ちゅうもく!」


意外にも亜香里の声は響き、みんなが彼女に視線を集める。


「金森主将から伝言、です!今日は、終日、自主練!!」


「「「はーい!」」」


みんな元気良く返事をしている。


うん、ちゃんとマネージャーっぽくて良いな。


「お兄、疲れたね。帰ろう?」


「今の声出しだけで?嘘だろ?」


「月城先輩と金森先輩はどうでもいいや。帰ろう?」


「あかり〜。自分の仕事が無くなったからって、やる気スイッチ切っちゃダメでしょう?」


「お姉、わたし、マネージャーじゃなくて、プレーヤーが良かったかな?」


亜香里は元々、中学までバスケをしていたので、マネージャーをやりたいと言った時は驚いた。


「もうちょっと、頼りにされたり、忙しかったりするのを想像してた。でも、全然暇そう」


「これから仕事を見つければいいんじゃない?まだ暇だと決めつけるのは早すぎるよ」


望美の言う通りである。


だが、唯一の誤算はこの高校のバスケ部にマネージャーが存在していなかったことだ。


みんな、自分で飲み物を持ってきてるし、テーピングは各自でやるし、スコアボード、モップがけ、ミニゲームの審判、ボール回収は全部一年生の仕事らしい。


「つまらないし、周りから優しくされることに飽きちゃった」


ついに完全に取り繕うこともしなくなった亜香里。


亜香里を知らない人が聞いたらびっくりするセリフだろう。


亜香里はずっと周りからチヤホヤされてきたのだ。あなたはそういう星の元に生まれてきたんだよ?と言えば、誰でもそれを幸せなことだと甘受するだろう。


だが、本人はそれを望んでいないようだ。


先程、月城という、自分と真逆の境遇の人間を見たはずなのだが、あんなに自分の不幸を嘆いていた月城を見ても、亜香里の考えは変わっていない。


でもまぁ、そこまで俺と望美に迷惑をかけているわけでもなく、こちらの許容範囲をわかった上で探しているのだ。亜香里自身をチヤホヤしない人間を。


だから、話を戻すが、相澤先生と仲良くなったのは亜香里にとっては失敗以外の何者でもない。


もちろん、金森先輩も然り。


仲良くなったと自慢しても、満足そうにしてても、対象に興味を無くしたように置き換えられる様を間近で見て、俺は震え上がった。


もしかしたら、俺も例外なくそれに含まれてるかもしれないと悩んでしまったことがあった。その悩みを亜香里に打ち明けたら、亜香里から俺は家族同然だから安心してね、とエピソードを交えて話してくれたので、それを信じている。


「怒られたいならガンガン怒鳴っちゃうけど?」


「お兄、全然説得力ない」


まぁ、何も悪いことしてないやつに怒鳴れないよなぁ。


望美も亜香里のこの特性は知っているのだが、表立って話したことはない。どんな形であれ、亜香里を裏切りたく無いのだ。ちょっと俺が慎重になりすぎてる感はあるけどな。


と、そこに月城がひょっこりと、申し訳無さそうに戻ってきた。


「ノゾミン、どんな魔法使ったのぉ?わたし、全然怒られなかったよぉ?」


いつの間にか名前呼びになってる。ついさっきの学年一位呼びを思い出してちょっと笑いそうになった。


「ふふーん。これで借りひとつね。早速だけど、沙耶香っちは学年3位以下の人たちを頑張って調べてきてね。ダーリンに学年一位をあげるために」


「誰がダーリンだ、誰が」


「は、や、と?浮気は許さないわよ?」


こんな三流芝居でよく月城を騙せているとは思う。というか、フリを始めるなら言ってくれ。役に入りきれない。


「うーん。興味がない人を調べるのはつまらないわぁ」


「月城先輩に同意する」


「あら、亜香里ちゃんも一緒に調べる?」


「わたしをどうする気?」


「そうねぇ。わたしたちって、ある意味水と油だから、混ぜてもおいしくなれないわよねぇ?」


「そう。混ぜるな危険。困った」


チラッ、チラッと俺を見る亜香里と月城。


うん、何の話をしているかさっぱりわからん。でも、なんか展開は読める。


「そこで水谷くんの出番です」


「お兄がわたしたちの仲介をすることによって、とてつもないパワーをお約束します」


「今なら水谷くんをイチキュッパでご提供」


「お兄が198円!?これは安い!」


おい、俺を売るな。そしてまさかの200円以下かよ!せめて1000円代だろ!


「そこのあなた!悔しくないんですか?」


「お兄の値段はもっと高いはず、そう思いますよね?」


そりゃそうだろ。これから学年一位になる予定なんだ。もっと上げてくれよ。


「じゃーん!なんとここから、半額になります!」


「99円!?まさか税込でこの価格!?」


ん・・・?なんか隣から寒気が・・・









「あんたら、わたしの彼氏をなんだと思ってんの?」


「お姉!ごめんなさい!」


「ノゾミン、ごめぇん。ちょっと遊んだだけじゃあん」


いや、望美。だからフリする時は言えって。

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