第2話 五橋望美

その名前の人物は俺の幼馴染、というだけでなく、この教室にいる、という事実が俺の心を荒立てていた。


俺と薫よりも2つ前方の席に座る栗色ポニーテール、成績優秀、容姿端麗、一年の時から男子に告白されまくっている美少女。それこそが五橋望美なのだ。


薫にとってもそれは共通認識である。なぜ知ってるかって?俺はこいつが望美を狙おうとしてたのを止めたからだ。


「颯人、一応聞くけど、自分で書いたわけじゃないよな?」


俺は自分の名前の欄を指差す。


「あほか。俺の字と比べてみろよ。逆立ちしてもこんな綺麗な字は書けんわ」


枠ギリギリに自己主張する字なんて書けん。


しかも第二志望、第三志望の欄が空欄だから幼馴染の名前しか書いてない。目立つ。


「女の字だな。おまえの母ちゃんの願望っていう線は?」


「どこの親が進路希望票に息子の幼馴染の名前を書くっていうんだ?」


「だよな。ちなみに颯人がこれ書いたのはいつよ?」


「昨日の夕方だな。その後望美が家に来て・・・た。」


「ほう」


「もしかして」


望美が書いたっていうのか?自分の名前を?何のために?


「今本人に聞いてみようぜ」


「お、おう」


「おー、おはよう。じゃあHR始めるぞー」


俺は意を決して立ち上がった。だが、タイミング悪く担任の横山先生が長い髪を靡かせながら教室に入ってくる。


「まず最初に今日までの期限だった進路希望票集めるぞ。廊下側の人から順番に置きに来てくれ」


え、待て待て待て!!置きに行けるわけ無いだろ。絶対横山ちゃんに怒られる。


修正テープは、持ってない。


二重線で消すか?いやいやいや、横山ちゃんに読まれないように消さなきゃならない。


かと言って塗りつぶすのもなぁ・・・。


「おい、薫。修正テープか液持ってないか?」


「おもしろそうだからそのまま出してみ?」


マジで焦ってるのにこいつはこういうやつだった。大学落ちればいいのに。


ふと、後ろを振り返っている望美と目が合った。


俺は望美を見ながら進路希望調査票を指差して抗議する。


おまえがやったんだろ?どういうつもりだ?


対して望美は手で上品に口元を隠し、わざとらしくクスクスと笑うような素振りを見せて前を向いてしまった。


いや、いつからおまえはお嬢様になったんじゃい。


これは望美の仕業で確定だ。間違いない。


一連の流れを見ていた薫が肩を震わせて笑っている。


「くっくっくっ。進路希望票がおまえのだけ彼女希望票になってるっ。腹痛いぃ」


腹痛く無いけど保健室に俺は逃げたい。いや、今すぐ帰りたい。


なんてことを考えても、時間は待ってはくれなかった。


結局あたふたしてる間に順番が来て、俺は教卓に裏面にして進路希望票を出してしまった。


帰り際に望美を精一杯睨みつけてやったのたが、側を通っていたら望美に腕を引っ張られた。


「颯人って大胆だったんだね」


「おまえが言うな」


耳元で囁かれて、自分の顔が熱くなるのを感じた。


何事も無かったのように装って望美から離れ、ニヤニヤしてる薫を無視して席につく。


当然、薫は追い討ちをかけてくる。


「颯人、分かり易いな」


「何がだ。どうせあいつのイタズラだろ?」


「五橋ってイタズラするんだな。てっきり真面目ちゃんだと思ってた」


「真面目なのは確かだが、そのストレス解消の相手をしてるのは俺だ」


「ふーん。愛されてんなぁ」


「そう思うか?」


「玉砕してる野郎共と比較してみ?」


望美に告白してくる奴は一目惚れがほとんどで、会話もろくにしたことが無いのに特攻してくるからな。もっと慎重になればいいのに。



「友達になってくださいならイケるのに、なぜわざわざ死を選ぶのか俺にはわからん」


「おっ、確かに。俺も五橋と友達になれたしな。下の名前を呼べるのはいつかな?」


「呼んでみたら?薫が無害認定されていればいいな」


「おい!悲しいこと言うな!」


さて、いつ横山先生に弁解しに行こうか。


望美と一緒に行ければ楽だが、あいつは来ないだろうなぁ。

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