第13話 勉強・勉強

 晴天の日差しが差し込むヴェヌス・セキュリティのリフター格納庫で、乗降姿勢を取ったロードリフターの中から音と声が響いている。


 ナージャがリフター操縦免許を取得する為の、ジョージ・バードのリフター「ホットスパー」のコクピットを使用しての操縦訓練、シュミレーション教習だ。


 横付けしたタラップの上からジョージが指示を出す。

『よし、次は状況シーン6、逮捕制圧だ。しっかりやれよ』

「はい!」

 幾分緊張した声で操縦桿を握るナージャ。



 ヴェヌスは機械化警備会社だから、ロードリフターでの警備業務がメインだ。リフターに乗らずには済まされない(もちろん、生身での警備活動だってある)。

 ナージャの当面の仕事は、リフター操縦の教習と学科試験に向けての勉強だった。


 ロードリフターの操縦は傍から見るより簡単だ。

 二足歩行やセンサーに捉えた物を拾う、掴むといった作業は予めプログラムされたオート動作になっていて、モードを指定しておけばリフターは自分でバランスを取って歩いてくれるし、モニターに映った物体をタッチして指示すれば壊さないように力加減をして拾い上げるといった芸当も可能だ。

 それこそ、産まれたての仔猫を抱き上げることだってできる。


「動かす」だけなら簡単だ。「動かす」だけなら。


 だが敵対する不審リフターを制圧する為の逮捕術をリフター操縦で行う場合は、操縦桿とフットペダル、その他各所の圧力スイッチをフル活用したマニュアル操縦となる。


 もちろん、一対の操縦桿とフットペダルだけで人体の動きを完全に再現などできないから、コンピュータのアシストは入る。リフター体幹のバランスはオートバランスに任せながら、手足の動作……突き、蹴り、掴み、道具の使用、一連の闘う動きを自身の身体と同じように操るのは慣れないと相当難しい。



 タラップ上のジョージはホットスパーのコクピットに外部機器を繋ぎ、操縦シュミレーションを走らせてナージャに実技講習を行っていた。

 ナージャの操作はすべてジョージが被ったヘルメットのディスプレイでモニターされている。


 コクピット内のモニターには現在、外部の光景ではなくシュミレーターが創り出した仮想の光景が映し出され、その中でナージャは敵対する不審リフターと対峙している。

 まるで格闘ゲームのようだが、ジョイスティックの簡単な操作だけで自機が自由に動くコンシューマゲームとは訳が違う。

 操縦系統は実際の操縦時と全く同じ、操縦桿とフットペダルで機体の細かい動きをちゃんと制御せねばならない。


 画面上で対峙するリフターは鉄骨のような「武器」を持ち、力任せに殴りかかってくる。

 自機も右腕にホットグレイブ、左腕にシールドを装備した警備フル装備の仕様だ。いかに相手にも、もちろん自機にも損傷を与えずに取り押さえられるか、が制圧の肝となる。


 ナージャにはまだ相手の攻撃を避けきるほどの技量がない。必然的にグレイブで打撃を受け止め、打ち合って対抗することになる。


 ただ、打ち負けないことにばかり拘っていると足元が疎かになってしまう。


「もっと踏み込め!足がついて行ってないぞ!」

「わあ!!」

 ジョージの叱責とバランスを崩したナージャの悲鳴が同時に響いた。

 モニターの中でリフターは見事に転倒してしまっていた。グレイブの操作に気を取られて上半身を振り回しすぎ、オートバランスの限界を超えてしまったのだ。

「……よし、一度止めるぞ」


 モニター画面にポーズマークが出て、シュミレーションが一時停止する。

 リフターは転んだままで。

 仮想空間の出来事なのでナージャには何も怪我はなく、ホットスパーも損傷していない。何度でもやり直しは効く。

 これが仮のものではなく実機を使用した訓練なら大変だ。


『さっきも言ったぞ!ちゃんと全身の動きを意識しろ!肩の力を抜け!』

「すみません!」

『自分の身体を動かすように気持ちを集中させるんだ。お前さんならできるはずだ』


 さあ立て、オートじゃなく操縦で。

 画面から敵対リフターとポーズマークが消えた。ナージャは懸命にペダルを踏み、機体を起き上がらせる。

『周囲の安全確認を忘れるな!』

「あっ……はい!」

 モビリティ操縦全ての基本である安全確認は、片時も忘れてはならない。

 ジョージの声も厳しくなる。

『周りに人が居ない保証など何もないんだぞ!……よし、もう一度制圧シーンだ』


 キツい指導をしているジョージだったが、ナージャの素質は十分認めている。

 彼女の運動神経は一級品だ。ちゃんとリフターの操縦訓練を受けるようになってまだ10日余りだが、吞み込みは早く、アルテラ内でのリフターの通常運行の技能はもう十分ある。

 課題は警備に必要な逮捕制圧機動と、0G下での操縦技能。

 こればかりはより多くの操縦経験を積んで、感覚で覚えるしかない。


「もう一度シーン6、最初からいくぞ」

 再び不審リフターがモニター画面に現れる。機種は少し違う。

『周囲の安全確認、バランサー正常。スロットル問題なし。いきます!』




 操縦訓練のあと、着替えて遅い昼食を済ませたナージャは、小走りで会議室に向かう。

 午後からはクルトの元で学科試験対策の講習。


 クルトは元警察官僚で、リフター法規にも明るく教官としては最適任だった。

 ただ、非常に厳しい。

 そうでなくとも多忙な彼は時間にも厳格で、容赦がない。この前1分遅れて教室に駆け込んだナージャはこっぴどく叱責され、以来時間厳守を心に誓っている。


 講習の内容も専門用語が多く、必死にノートを取るナージャ。理解できない単語は一回だけ質問することを許されている。クルトは同じ質問に二度は答えてくれない。

 予習復習が欠かせず、学生時代より過酷だとナージャは悲鳴を上げた。



 どうしても詰め込み教育になってしまうことは避け難かった。

 というのも、ナージャに必要なのはリフターライセンスだけではない。

 仕事として行う警備活動には1種から3種までの種別があるので、それぞれの警備に対する資格が必要だ。


 1種とは施設の警備。

 2種とは輸送機関の警備。

 そして3種が、要人警護だ。


 会社からの勧めもあり、ナージャは最初から一足跳びに第2種警備ライセンスを取得することにした。第2種警備には第1種警備の内容がそっくり含まれており、第2種ライセンスを取ることによって第1種警備にも従事することが可能だからだ。研修機関の短縮を狙ったスケジュールである。もちろん、その分試験に出題される範囲も広い。


 結果、彼女は入社半年の間にリフターライセンスと警備資格ライセンスの2つを同時進行で取得を目指すことになってしまった。




「……どーしたらいいの」

 ガーゴとアレーセ街のバルで待ち合わせたナージャは暗い顔をしていた。

 自信がないのだ。

 学力テストには。


 慣れない勉強疲れで「イケる口」のはずのナージャのグラスが進まない。

 見たことのない彼女の落ち込みにガーゴは驚いた。

「勉強、勉強、頭が変になりそう」


 ガーゴはナージャから現状を聞き出し、整理してみる。

 これから約3ヶ月でリフター操縦試験(0G限定なし)と第2種警備ライセンス試験に彼女は臨まないとならない。

 最悪、警備ライセンス試験は丸暗記が使えるので何とかなる。それに、試験期日も後だ。


 問題は0G環境下リフター操縦の学科試験だ。

 0G下リフター試験は運動物理学の問題が必ず出題されるのだ。計器故障の場合、手動計算で無重力下での航法と機体制御を行わないとならないから。


 これまで高等数学に接したことがなかったナージャにはそれが一番不安の種らしい。


 なるほど。

 だったら役に立てるかも知れない。


「……よかったら、教えようか?」


 ナージャは目を大きく見開いた。

「……あんたが?」

「0Gリフターライセンスは持ってる。工業学校で取ったんだ」

「本当に?!」

「リフターエコマラソンのコンテストにも出たことがあるから、慣性航法も教えてあげられると思う」

「いいの?!」


「いいよ。でも……ね?」

 目をキラキラさせたナージャに、ガーゴはあくまで真面目くさった視線を向けた。


 彼女もその目線の意味に気付く。

「お……お願いします、……先生」

 照れ臭さに耐え、赤面しながら教えを乞うナージャ。

 親しき中にも礼儀ありってやつだ。


「やるからには一発で決めよう。ビシバシいくよ」

「……頑張る」


 ちょっとだけ見えた希望の灯りに、ナージャはテーブルワインのおかわりの声を上げた。

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