第12話 看板娘と

 昼下りのモリナーリ工房内に金属音が鳴り響く。

 工房の作業場は今日も整備・点検作業を待っている数機のリフターに占拠されていた。


 先日までオーバーホール中だったヴェヌスの警備用リフター「スパイトフル」は整備が終わって戻って行ったが、「ジュワイユーズ」は点検の結果、手脚のユニットフレームに複数の歪みが発見された為、修正作業が続いていた。


 リフターの手足は作業環境や用途に応じて自在に交換することが前提の設計になっていて、その為のパーツユニットは膨大な数がある。

 だがその基部が歪んでいると互換性に大きな支障が出る。


 ジュワイユーズは非常に手足のフレームに負担をかけるスタイル(格闘戦用だから)のリフターなので、モリナーリでもある程度この結果は想定されていた。

 胴体基部のジョイントの部分はフレーム修正が施され、腕部ユニット、特に右腕はフレームの変形が激しい事から丸ごと交換と決定し、新しいユニットの調整が行われている。



 腕部ユニットの調整を受け持つのはアンドレだ。

 ガーゴはそのアンドレの仕上げ作業を手伝っていた。


 リフターのフレームやパーツは統一された工業規格で作られているので、基本的には互換性がありポン付けで組めるようになっているが、製品ごとの個体差や仕上げの差はどうしても生まれる。


 特に可動部品の組立てにおいては、滑らかな平滑面を出すために最後はやはり手作業で仕上げる。

 摺動部分をフェイスカッターで削り、水平を出すために何度もゲージを当てる。ちゃんと水平面が取れたら丁寧に摺動面を研磨し、ピカピカに磨き上げる。


 フレームを保持しながら一連の作業をじっと観察していたガーゴにアンドレは声をかけた。


「やってみるか?」

「いいんですか!」

 アンドレにサンダーを渡され、ガーゴは張り切って工具を処理面に当てる。


 ほう、と意外な顔のアンドレ。

「手つきが良いな」

「ちょっとやったことがあります」


 学生時代、エコマラソン用のリフターを製作した時、運動抵抗の軽減を求めてやはり可動部の部品を磨いたのをガーゴは思い出した。だが本職のプロの手による加工を目にすると、当時の自分たちと比べて精度がケタ2つ分は違った。


 プロ用の大型サンダーは重くてパワーも強く、コントロールが難しい。

「なかなか上手くいきません」

「上半身でちゃんと抑えを効かせないとダメだ。まあ、経験だ」


 ガーゴからサンダーを取り戻したアンドレがリカバーする。その姿を見るガーゴは、まだまだわからないことは山ほどあると改めて感じていた。



 電磁ホイストで持ち上げた関節部品を慎重に組み合わせ、接合する。精度が出た可動部品は噛み合わせても何の抵抗もなく、手で押すだけで滑らかに動く。しかも隙間には髪の毛一本入らない。


「よし、良いな」

 上機嫌のアンドレ。ガーゴも笑みがこぼれる。

 狙った通りの加工が成功した時。メカニックの最大の醍醐味とはこの瞬間だ。




 パタパタ足音を立ててポーラがバスケットを片手に作業場にやってきた。

「みんな、おすそ分け」

 細い声を一生懸命張り上げた彼女のところにメカニックたちは手を休めて集まった。


 バスケットの中にはクッキーやクラッカー、堅焼きパンなどの軽食で一杯。

「誰からだ?これ」

「メオーニ商会さんから頂いたの」

「貰っていいのか?」

 メカニックたちは歓声を上げて菓子をつまむ。


「これ、いけるぞ」

「俺、甘いのダメだ。こっちにする」

「おいお前!取り過ぎだ!」


 ニコニコしながらメカニックたちに菓子を取り分けていたポーラだったが、

 ふと、きょろきょろと周囲を見回し、遠慮気味に切り出した。

「……マティアスは?」

「まだ、作業中だ。手ぇ離せないんだろ」


 あー、とうなずいたポーラはちょっと赤くなって、

「じゃあ、渡してくる」


 マティアスはソフトウェアエンジニアなので、工作機よりはワークステーションのコンソールに一人向かっていることのほうが多い。

 ポーラはお土産の最後の一つを胸にいそいそと彼の元へ向かうのだった。


 クッキーをかじりながらその様子を眺めるガーゴとアンドレ。

「マティアスさんは彼女のこと、どうなんでしょうね」

「さあな。あいつもそこらへんハッキリしないんだ」


 ポーラの想い人はマティアスだということはハッキリした。

 ポーラを可愛がっているエステラは日頃から彼女を泣かせた奴は給料抜きだと公言している。つまり取締役命令だ。それは、マティアスにも適用されるのだろうか?されるよな。


 微笑ましい光景だけど、少し心配にも思えた。




 その日の終業間際の夕方。


 雑用の手が空いたガーゴは、まさにポーラ相手に伝票のチェックを手伝わされていた。


 一番手を借りても大丈夫そうということらしく、ドミニクにガーゴを貸してと直談判したポーラに事務所に連れて来られ、伝票の束を日付順に整理して金額を計算するようにとの指示を受けた。


 中小企業では未だに紙の伝票を使うのだ!

 これにはちゃんと理由はあり、紙のような原始的な媒体は意外とセキュリティ面で優れているからだ。まとまると重いしコピーは手間だし(従来はデメリットと言われていた点だ)。今の紙は昔と違い合成紙なので長期保存もできる。



「遅くてもいいから確実に計算してね」

 童顔に似合わずポーラは事務仕事に対してはプロだ。

 ガーゴが伝票の計算をし、ポーラが再度計算してダブルチェックするという分担で作業を進める。


 計算は苦手じゃないが、こんなに大量の伝票の見取り計算をするのは慣れていない。

 遅くてもいいとは言っても、こちらの遅れでポーラの手が止まっているとプレッシャーだ。



 目を皿にしてキーボードを叩くガーゴに、ポーラはよそ見もせずにこんなことを切り出す。


「ねえ。……ガーゴって、彼女出来た?」


 意外すぎる一言に手元が狂いそうになる。

「いや?……何で?」

「時々嬉しそうにニタニタしてる。端末見ながら」

 よく見てるなあ。


 だが次の言葉でガーゴはかなり焦った。


「あのヴェヌスの子?」

「ち、違うよ。彼女は……」


 彼女は……何なんだ?


「……友達だよ。新人同士、同期ってやつ」

「ふーん」


 納得しているのか、いないのか。

 ポーラはちょっとだけこちらに視線を向けた。

「あの子、たぶん、ガーゴのこと気になってる。頑張れ」


 ガーゴは驚いた。

 何でポーラがそんなこと知ってるんだろう?どこで接点があった?

「前に来た時、あんたを探してるの見たもの。ウキウキしてたよ」


 女の目は鋭いな。

 それが本当だったら嬉しいのだが。果たして。


「頑張れ」

 俺が頑張ったら何とかなるもんなんだろうか?



 まさかポーラに色気のある話で励まされるとは。

 お返しにガーゴもポーラに例の件を振る。

「ポーラこそ、マティアスさんとはどうなのよ?」


 ふふ、と頬を染めながら笑ったポーラ。

「……手が止まってる」

 はぐらかされてしまった。



 女はみんな小悪魔だ。

 ポーラも、ナージャも。


 だから男は好きになってしまうんだ。

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