第10話 警備開始

 

 発光信号を発している大型プラント船が視界に入ってきた。

 トランスアルテラ5号線から12号線に分岐し、第1アルテラからは約8万2000㎞ほど離れた宙域。



『こちらヴェヌス・セキュリティ』


『こちら第57プラントシップ「ゲオルゲ・ヘンデル」、ヴェヌス・セキュリティ、位置確認。どうぞ』


 通信画面にプラント船側の担当者が映る。

『トランスアルテラ第4航行保全局のマリガンです。ご苦労様です』

『ヴェヌス・セキュリティのバードです。今日はトレーラー1機、リフター2機、人員4名にて警備にあたらせて頂きます。宜しく』


 挨拶と同時にヴェヌス警備班の概要、現場装備、警備計画といったこちら側のプロフィール一式がデータ形式で瞬時にプラント船側に送られる。

 相手のプラント船側からも改めて作業計画書が最終予定の形で送信されてきた。もちろん、事前に打ち合わせ済みの内容ではあるが、現場にてすり合わせを行う。


 プラント船から発進した作業艇が破壊工作により損傷した航路表示ステーションの設備交換作業を行う。ヴェヌスはそれを周囲宙域を警戒しながら護衛する。それが今回の業務の概要だ。


『こちらの作業現場到着予定は0935、作業開始予定は1000を予定しています。作業所要時間は0600の予定ですが、内容によっては多少の遅延の可能性もありますのでご了承下さい』

『承知いたしました。では、これより警備配置に就きます』


 トレーラー1の管制をイスマイルに交代し、ジョージは席を立った。サンドロとナージャも、リフター搭乗準備に取り掛かる。

「後は頼んだぞ」

「了解ー。昼飯は何がいい?」

「どうせスパムサンドだろ?」

「バレた?」

 留守番役のイスマイルが軽口で見送る中、3人はリフターデッキに移動した。



 トレーラー1の居住空間の向こうがエアロックになっており、その先のリフターデッキに繋がる。

 だがエレベーターみたいに狭っ苦しく、2人しか入れない。

「レディファースト」サンドロがナージャにエアロックを先に勧め、続いてシレッと自分も後に続こうとするのを、

「お前は俺と入るんだよ」

 ジョージが腕を掴んで引き留め、ロックのドアを閉めた。

 クスッと少し笑みがこぼれたが、警告音と共にエアが抜け始め、慌ててヘルメットのバイザーを下ろすナージャ。すぐに真空になり、ランプが点灯するのを見届けて、彼女は反対側のドアを開けてリフターデッキに進み出た。


 小型のエアロックは換気時間も短く、ものの数分後にはジョージとサンドロもロックからデッキに姿を現した。

 真空中では会話が聞こえないことをすっかり忘れていたが、2人のヘルメット前面に通話ランプがついていることでそれを思い出し、急いで耳のインカムのスイッチに触れた。


「……こえてるか?ナージャ」

「聞こえてます。すみません」

「最初にインカムを入れろって言っただろう?」

 軽く叱責されたが、搭乗前なのでそれくらいで済んだ。

「気をつけろよ。よし、搭乗する」


 3人は二手に分かれて各々担当のリフターに向かった。



 ナージャはサンドロと組んで彼の愛機「ビューボ」に乗り組む。乗り込み姿勢を取っているリフターの右腕に付いたステップを使ってよじ登り、高さ2mほどあるリフターの胴体部分、コクピットブロックに取り付いた。


 警備用リフターのコクピットポッドは円筒形で座椅子に寝そべるような形で搭乗する。旧時代のレーシングカーのような操縦姿勢で、これは加速Gに耐えやすい姿勢らしい。この点は、軍用リフターにも共通する特徴だ。


「レディファーストといきたいが、悪いね」

 サンドロは先にパイロット席に座り、シートを前方にスライドさせた。

 ビューボの操縦席はコクピットポッドの前半分で、先に操縦士が搭乗しシートを移動させないと後席に着席できない。


 昨日ビューボの後席を見せてもらった時、あまりの狭さに絶句したのを思い出す。

「レイモンでも座れるから大丈夫だ」

 サンドロは言うが……本当かなあ。


 シートの移動でできた小さな空間に身を割り込ませてナージャは後席に着座し、直後にハッチが閉まる。


 実際に乗り込んでみると、開口部が狭いので潜り込むのに苦労はしたが、中の空間は余裕があった。ニューマチックスーツ着用でも身動きはできる。

 でもレイモンさんはどうだろう?


 サンドロの起動操作で、コクピット内の計器やモニターに灯が入る。目の前、前席のシートバックに大型のレーダーモニターがあり、レーダー監視画面の起動が始まった。

 何も触らなくていいぞと言われているナージャは、指示通りどのスイッチにも手を触れないように気をつけながらハーネスを締めた。



「ウィングゲート・オープン。ヴェネチア1、ヴェネチア2、スタンバイ」

 イスマイルの操作でトレーラー1のリヤゲートが開き、2機のリフターが姿を現した。


「ヴェネチア1、発進する」

 ジョージ・バードの機体である「ホットスパー」が発進する。左肩にペガサスの下半身が歯車になっているデザインのエンブレムが入っている。

 ホットスパーは汎用性の高い遊撃戦仕様の機体で、際立って特徴的な艤装は何もない。その分、追加装備でどのような警備現場にも対応できるので、小規模警備案件では主力として稼働している。


「ヴェネチア2、出るぞ」

 ホットスパーに続くのがサンドロ・コローニが操縦する警戒用リフター「ビューボ」。

 2人乗りの機体には、初の無重力現場となるナージャが後席に搭乗している。


 軍では「EWACS」と呼ばれる、量子レーダー搭載の指揮管制機だ。本来は後席はレーダーオペレーターの席だが、高度な処理を必要としないなら1人でも運用できる。実際、人員に余裕のないヴェヌスではビューボを2名搭乗で出動させることはめったにない。だから、今回のナージャも役割は見学だ。


 プラント船「ゲオルゲ・ヘンデル」の前後にヴェヌスのリフター2機は配置し、警戒態勢に入った。

 ここから警備の下破壊された航路ステーションへと向かう。


 ホットスパーは左腕に小型のシールドを、もう片腕にホットグレイブを携行している。ホットグレイブは一見なんの変哲もない棒のように見えるが、先端4分の1の部分が赤熱し、相手リフターの末端部や関節、マニュピレータにダメージを与えて無力化する装備だ(先端が赤熱している様子からグレイブ=薙刀と呼ばれている)。

 通常警備では、許される武装はこれだけなのだ。


「ナージャは見学でいいが、一応、レーダースコープには目を向けていてくれよな」

 半径6000㎞に及ぶ宙域に浮かんだ空き缶のラベルまで識別できる、と噂される量子レーダーが探知する範囲がレーダーモニターに映し出されている。平面にも立体にも表示できるし、モニターに映った目標を指でタッチして直接選択・処理することもできる。探知結果は瞬時にホットスパーに同期され、警備活動中は常に追尾し続ける。


 レーダー関連の計器が大半を占めるビューボの後席は、実は外がほとんど見えない。左右に小窓のような小型モニターが1対ありそれだけが周囲の空間を映しているが、ほぼ視界はない。ナージャはレーダー画面を見るくらいしかやれることがない。


 軽いショックがあり、のぞき窓に物体の影がよぎった。

「今のは?」

「『使い魔』を飛ばした」

 実態はビューボが装備した4機の特殊ドローンだ。ビューボのレーダーピケットとして展開し、さらに各種の警告処置を行うことができる。

 目の前のレーダーモニターの探知範囲が自動でグイと大きく広がる。ドローンの探知能力が反映されているのだ。


 前席でサンドロがちゃんとフォローしてはいるが、ナージャの見つめるモニター内には、不審な物体の影はない。今のところ。

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