第8話 オーバーホール中
「いくらだ?」
「3アトルにまけといてやる」
「ドケチめ」
昼休みのモリナーリ工房軒先で、メカニックのテリーとフランコが何やらやり取りをしている。
テリーが小銭をフランコに手渡すと、フランコは端末から何かのデータを送信した。
受け取ったテリーはデータを開き、思わずニヤけ顔になる。
ナージャは相変わらず人気者で、今も彼女の研修風景を隠し撮り(暇人がいるもんだ)した画像データが工房内で流通している。
先日、いよいよ彼女の訓練は無重力空間段階に入ったそうだが、その時の彼女の姿が男物のダブダブした
だが直後、その服装の理由が、ヴェヌスにたった一着しかなかったレディースサイズのニューマチックスーツに胸が入り切らなかったせいだという噂が流れ、妄想だけで悩殺されてしまう男が続出していた。
盛り上がる先輩たちを尻目にガーゴはささやかな優越感を感じる。
俺は、写真なんかじゃなく、生身の彼女と何度も会ってるんですからね。
口に出せないけれど。
そんなガーゴにしても、何度かあったナージャとの邂逅の中でも、彼女に指一本触れたことはない。
手を繋ぐとか、そんな。
アイリッシュパブの後タクシーに連れ込まれたときはどうなのだろう?俺、彼女にどうやって運ばれたんだ?
全く覚えていないのが無念だ。
「何ニヤニヤしてんだ」
声をかけられたと思ったらテオだった。
「A-6のコネクター出してあるから、1500までに作業やっとけよ」
「わかりました」
彼とは仕事の話しかまだできていない。どうも話し掛けるなオーラのようなものを感じるから。
まあ無理に仲良くならなくても、とは思った。エステラさんには悪いけど。
準備されてるコネクターの作業場に急ぐ。
コネクターパーツの内容を見てみたが、嘘だろう?
全然整理されてないじゃないか。A-6とA-14が混在していて、必要なA-6分が足りない。
「テオさん、話が違うよ」
これじゃ前工程の意味がない。
慌てて資材置き場に走り、足りないパーツをかき集めた。
だいぶ時間をロスしてしまう。
何なんだよ。嫌がらせか?
モリナーリワークスは今、忙しさの最中にあった。
ヴェヌスセキュリティのロードリフターの整備点検期に差し掛かっていたのだ。
ヴェヌスのリフターは、3ヶ月に一度の頻度でモリナーリのガレージに入って全面整備をする。
もちろん、業務スケジュール上、一遍にすべてのリフターが整備に入るわけにはいかない。大体1機、多くても3機ずつ期間をずらしてガレージ入りする。
今工房入りしているリフターは2機で、レイモンの愛機「ジュワイユーズ」と、ウォーレンの機体「スパイトフル」が点検整備を行っている。3日後には別の会社のリフターが修理入り予定だ。工房が暇になるタイミングはなかなか訪れない。
ヴェヌスの警備用ロードリフターはパイロット各個人のカスタムメイド品なので、それぞれに名前が付けられている。命名は各人の自由に任されているそうだ。パーソナルエンブレムも付いている。
「ジュワイユーズ」は以前ヴェヌスでシステムエラーを起こした機体で、ガーゴが「内緒で」応急修理を施した機体でもある。あの後、ジョージからの正式な依頼を受けて、整備サイクル前倒しでモリナーリのガレージ入りしている。
一応ルーシーやジョージは配慮してくれたみたいで、ガーゴの名前は出ないままDCUのプログラム修正の作業が進められている。担当しているメカニックはマティアスだ。
「なんかエラーコードにパッチが当たってるんだが、これ、ジョージさんがやったのか?」
「他にできそうな人居ねーだろうが。何でだ?」
「んー、なんかこまっしゃくれた造りしてんだよな。理屈っぽいというか」
なんか工業学生が造ったみたいなパッチプログラムなんだ。
ガーゴはギクリとした。
マティアス・ライバッハは民間のコンピュータ企業から転身したソフトウェア専門のメカニックで、彼も工業学校を出ていると聞く。
ガーゴの細工は「見慣れた手口」なのかも知れない。
素知らぬ顔で自分の仕事を進めているガーゴ。幸い、マティアスはそれ以上不審を口にせずDCUの修正を行っていた。
……実はバレているのかもしれないが。
DCUの動作確認でヴェスタドライブに火が入り、インバータコイルが高周波の唸りを上げる。
「ジュワイユーズ」は突入仕様の警備リフターということで、出力が高く、装甲も厚い高スペックの機体だ。大出力を必要とするためヴェスタドライブは大容量の5RH35というタイプを使用している。重い機体をハイパワーで駆動するのでフレームはモリナーリが人型リフター用として使う一般的な「デルタボックス」フレームではなく、CASTECハイデンシティという高剛性なヘビー級フレームを使う。
リフターの特性はパイロットの個性に類似することが多い。
つまり、この機体はパイロットのレイモンそっくりの機体ということだ。
実際、彼ほどパイロットとリフターのイメージが完全一致している組合せはないだろう。
重装甲でマッチョなスタイル。
この前握手したときにガーゴの印象に残っていたのは、レイモンの拳には、思わず二度見してしまうほどの大きな拳ダコがあったこと。
「あいつは、元ボクサーだそうだ」
ドミニクからそう聞いて心から納得した。あの体格だ、さぞハードパンチャーだったのだろう。
「でも突撃番長だからなあ。しょっちゅう機体を壊すのさ。何つうの?ピーカブーっての?撃たれようが叩かれようがガードを固めて接近して、思い切りブン殴るんだ。装甲は割れるし腕だって壊れるし、あいつの機体が一番修理が多い」
でも、一番男らしいよな。
ジュワイユーズの肩にはエンブレムが入っていた。五角形の盾に、超大型の大剣が斜めに重なっているデザイン。確かジュワイユーズって聖なる剣のことだった気が。ゲームで見たかも。
ヒーコラ大汗をかいて仕上げたパーツを台車で運んで、ジュワイユーズの隣に鎮座するもう1機のヴェヌスリフターの作業現場に届けた。
悪魔のマーキングが入ったリフター「スパイトフル」だ。
ジュワイユーズと比べると細身でスマートな体型。取り外されている装甲も薄くシャープなイメージを受ける。
そのスパイトフルの隣には、どう見ても巨大な大砲にしか見えない兵器っぽい装備が台座に置かれていた。
中枢部らしい機械に「高電圧注意」とマーキングがある。
「おい!それ、触んなよ」
ドミニクに注意される。
「これ、バズーカ砲ですか」
「いや、電磁ランチャーだ」
どう違うのだろう?
「実弾は発射しない。巨大なオモチャの鉄砲だ」
代わりにに撃ち出すのは金属粉を混ぜた高粘度ジェルをコーティング剤で成型した非破壊弾だという。命中すれば砕けるか潰れて粘着するので目標を破壊しない。ただその衝撃で大抵のリフターは行動不能になるそうだ。
「ジェリービーンズってあだ名で呼んでるな」
「実際食べられるんですか」
「んな訳あるかよ。毒だ」
あと、この大砲はタマじゃないものも撃ち出せる。
電磁パルス弾だ。
弾体を加速させる電力を使って電磁波を直接目標に浴びせかければ、もうそれだけで相手のリフターは回路がオーバーヒートしてお終いだ。
「兵器じゃないんですか、それ」
「ギリセーフだな。警備会社だから、武装することは厳しく制限がかかってる。そん中で一番相手を傷つけずに確保する道具ってことで、こういうのがある」
要するに、泥団子だよ。痛いけど死にゃしねぇ。
ドミニクはそう言うが、何だかとてつもなくグレーな装備・手段のように思える。
ナージャはこういうのを躊躇いなく、平気で扱えたりするのだろうか?
モヤモヤした気分に襲われたガーゴだった。
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