第六十五話 緊張

「先生……? コリンを助けてくれたんですよね?」


 キアラがすがるような眼差しでたずねる。


「それはみんな次第だね。とりあえず先に全員武器を置いてそのまま動かないでほしいかな」

「貴様! 我々がそんな事に耳を貸すと思うのか!」


 騎士団の一人がテンプレ臭い言葉をカイルさんにぶつける。


「もしかしてこの状況が理解出来てないことはないよね? 一応こっちは生徒を人質にとってるんだけど」


 それを聞いたキアラは現実を受け入れられない様子でカイルさんを懇願にも似た表情で見つめている。かくいう俺も急な出来事過ぎて何が何だか……。


「そんな悲しそうな表情をしなくても大丈夫だよキアラちゃん。言うとおりにしてくれれば弟さんは解放するからさ、ね?」


 いつもの軽めながらも優しそうな声音は一緒だ。何かの冗談とかじゃ……なんてことは無いか流石に。


「わかりました……みんなもお願い」


 キアラは大人しく手に持っていた槍を足元にそっと置くと、それに続くように他の皆も武器を地面に置く。


「よし、じゃあそのまま動かないでね」


 緊迫とした空気が場を支配する。一つ間違えれば人ひとりが目の前で殺されるかもしれないのだから当然と言えば当然だろう。

 でも一体なんであのカイルさんが? 冗談……ってなわけじゃほんとにないよな?


「俺は本気だよ? 本気で生徒を人質にしてる。もし動いたらその時覚悟しといてね」


 心を読めるのか、その上恐ろしい事を言ってきたせいか嫌な汗が身体を這うのを感じる。

 そして柔和ながら冷酷ともとれる笑みを浮かべるカイルさんは、袖からなんとも切れ味の良さそうな刃物をコリンの首元で不気味に光らせる。


「でもやっぱりというかアキヒサはすごいね。そこの金髪の少年もなかなかのものだったけど」


 先ほどの戦いを見ていたような口ぶりだ。カイルさんは感心した様子で俺らの事を見る。


「ずっと見てたんですか?」

「まぁね。あの黒いローブ、あれって実は生半可な魔術だったら一切傷がつかない程の優れものでさ、アキヒサ君の魔術をくらったテツが丸裸にされてた時はほんとに驚いた。こういう事がありそうだから学院から遠ざかってもらってたんだけど」


 恐れ入ったとばかりにカイルさんは頭をポリポリ掻く。

 テツ、たぶんこのごつい男の事だろう。しかし学院から遠ざけたか……心当たる事と言えば


「依頼?」

「ご名答。お察しの通りヒスケは俺らの仲間で彼の能力上、アキヒサ君達の依頼者役してもらってさ。根回しして引率の先生を付けないようにとかちゃんと準備してたから楽に進行できると思ってたんだけど、ヒスケがしくじったって聞いた時はほんとに彼を恨んだよ」


 待て、先生をつけないようにってなんだよ?

 俺が疑問を浮かべてるのを察したか、カイルさんは続けて付け加える。


「あぁ、本来生徒が依頼を受ける時は必ず一人以上の教師をつけるのが原則なんだよ。依頼も多種多様だからねぇ。俺も新米の一般教員だったけどそれくらいは知ってるレベルで大事な事だったんだけどさ、こっちには強力な後ろ盾もあるから今回はそれを無しにする事が出来た」

「後ろ盾?」


 尋ねると、カイルさんは肩をすくめて見せる。


「おっとこれ以上は言えないよ。当然だけどね」


 まぁそりゃそうか。

 にしても、今回は運よくヒスケがヘマした事に付け加えてキアラがあのすごい魔術を習得してくれてたから生きて帰れたものの、教師のついていない俺らはだいぶ危険な状況にあったのかもしれないな。


「貴様らの目的はなんなんだ?」


 そこへ、騎士団の一人がカイルさんに問いかける。


「あんまり詳しい事は言えないんだけど……まぁそうだな、加護を壊してこの学院の生徒の胸に恐怖を刻むこと、かな? そもそも教師になったのはそのためなんだったんだよね」


 つまりカイルさんが加護を壊したという事か。生徒に恐怖を刻む、一体何のために? もし意味の無い愉快犯だとすれば今すぐにでも消してやりたくなる。


「貴様!」


 とここで、我慢できないと言った様子で騎士団の人が素早く剣を拾い上げると、カイルさんに向けて斬りかかる。

 流石騎士団、これなら避ける事は……!

 完璧にカイルさんの肩を捉えた一振りかと思われた刹那、その姿がふっと消え去った。


「消えた……だと?」


 その騎士団の人はあまりの出来事に唖然とし斬りつけた体制のまま静止している。


「俺はさ、一応人は殺したくないわけね、でも次そんな事したらほんとにこの子の首が飛ぶよ?」


 聞こえたその声はカイルさんのもので、先ほどまで対峙するようにその場で立っていたカイルさんは、いつの間にか俺らから左サイドの位置に瞬間移動していた。


 予選の時と同じだ。あの時もカイルさんはふっと消えるといつの間にか九年生の目の前に現れ戦闘不能にし、その後も何回か同じ芸を見せてくれた。あの時全員倒すまでにカイルさんの方が先に倒れたわけだが、改めて見た今でも何が起こっているのか把握できない。


 もしかしてほんとに瞬間移動が使っているのか? でもそんな魔法や魔術は聞いたことが無いし、テレポート、という可能性も考えたこともあったが、ある日の講義で聞いた話によればテレポートを使うと残像なり光なりが見えるという事だからたぶん違う。


 他に考えられることと言えば眼の光る能力だが……いかんせん眼をしっかり見てなかったのでそこは分からない。


「はい、ちゅうも~っく」


 考えを廻らせていたところ、不意にまだ声変わりもしていない少年の声がしたのでそちらを見てみると、背の小さな黒ローブが二人、こちらに歩いてきていた。おいおい増援ってか?


「ジュウゾウ、ヒカル、丁度良い……」


 カイルさんの言葉がふと途切れたのと同時に、その子供ローブのうちの一人がフードの中から眼を青白く光らせ、瞬間、凄まじい重力が身体に襲い掛かり、たまらず手足を地面に密着させられる。なんとか重い顔を上げると、すでにすぐそばまで二人の子供ローブが迫っていた。

 そういえばあの生徒が言っていた、青白く光った眼を見て身体が重くなって動かせなくなったと。恐らくこれがそれだ。

 しかし意外な事に、何故かカイルさんも同様に能力を受けているようだ。片膝をついて顔を伏せている。


「ジュウゾウ……どういう、つもりだい?」


 カイルさんもこれには想定外だったらしく、辛そうに顔を上げると、そばにいる青い眼の子供ローブを見やる。ジュウゾウと言うのは恐らく能力を発動しているこいつの名前かなんかだろう。

 しかし妙だな、俺らが倒したこのごつい男は数秒で眼の光が消えたというのにこのジュウゾウと呼ばれる少年はまだ光らせ続けている。


「いやぁ、ごめん、間違えてリーダーまで対象にしちゃった……でも面白いからしばらくこのままでいといてもらうけどねぇ?」

「おい、これは……遊びじゃ……」

「だったらぁ~!?」


 少年は声を張り上げカイルさんの言葉を遮ると、ニヤリと口元を歪ませる。


「なんでこいつ殺しちゃわないの? さっきあの人動いたよね? なんのための人質? 遊んでるのってリーダーの方なんじゃないのぉ!?」

「子供は、できるだけ殺さないというのが……上の命令だからね……」

「だとしたらリーダーの人選ミスだなぁ……。ごつい大人を人質にしてればちゃっちゃと殺せたのにさぁ」


 カイルさんの声は途切れがちだ。まぁ無理もないだろう、この重力下じゃ。

 ただ子供を殺すつもりがあまり無いという発言を聞いて少し安心した。どうやらリーダーらしいので、カイルさんの通りに他の奴らが動いているのだと仮定すれば、たぶん命を落とした生徒はいないのだろう。


 しかしこれは仲間割れなんだろうか? いやでもそういうわけでも無さそうか? ……まぁいずれにせよ雰囲気的に敵の敵は味方、なんて言葉は通用し無さそうだから考えても仕方ないか。


「生徒を……人質にした方が、騎士団を……けん制するのには……一番、効果的だろ?」

「殺すつもりの無い人質は人質として機能してないと思うけどなぁ……」

「盾にできれば、十分」


 それを聞いた少年は「ふーん」とつまらなさそうに言うと「ヒカル」と声を発する。

 それが合図だったのか、もう一人の子供ローブ、ヒカルと言う子供がカイルさんの元からコリンを引きずり出す。


「おい……何を……するつもりだ?」


 カイルさんが問いかけると、ジュウゾウはさも楽しそうに笑う。懐から短刀を取り出すと、くるくるとそれをもてあそび始めた。


「そんなの決まってるじゃーん! リーダーが甘いから僕が代わりに殺してあげるんだよぉ?」


 茶化すような、なめくさったような、そんな口調で少年は言う。

 そして直感した。こいつの目はガチだと。

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