第六十四話 死闘

「キアラ……アキもいるのか!?」

「おう!」


 なんとかアルドは俺らの事を認識できたらしい。まさかと言わんばかりに名前を呼ぶのでそれに対して叫び返してやる。


「別の者がおったか! だが少々増えたところで我が輩にはかなうまい!」


 黒ローブの男はすぐにこちらに気づいたようで足をこちらに向けている。


「何これ……」


 そしてすぐにキアラがふらりとよろめき立ち止まり出す。

 ここまでは読み通り、後は一撃の強い技を放つだけ。


「リアマ・フィロ!」


 キアラを追い抜き、剣に炎をまとわりつかせると、その炎を一気に敵に向かって撃ち込もうと試みる。


 しかし奴を目視した時にはまだその眼は青白い光を帯びていた。揺らめき出す視界、ふらつく身体。

 

 どうやら能力継続の時間の当てが外れたらしく、先ほどの比ではないくらいに焦点が定まらない。

 これがもろに能力をくらった時の感じか。クッソ、こんなんでやられてたまるか!


「うおらぁ!!」


 もはや身体はどこを向いているのか分からない。意味もなく吼える。

 揺れる視界の中、必死で奴の姿を捕捉し、消えかかった炎を再燃させ一気に解き放つ。

 刃から放たれた三日月型の波動が唸り声を上げると、黒ローブの男にぶち当たり、一帯に激しい砂煙が舞い上がる。


「当たったか……」


 未だに揺らめく視界の中、煙が晴れると、目の前には先ほどのローブの男と思われる人間が倒れていた。

 しかしどうにも視界は揺れ続けているので詳しい姿は把握できない。せいぜいローブが燃え尽きて灰色の身体があらわになっている事くらいか……。


「大丈夫かキアラ? ちょっと時間が無かったから説明できなくて悪い」

「うんん、大丈夫だよ。でもすごいねこれ……目を閉じてもフラフラするよ……」


 試しに目を閉じてみる。ああほんとだ、脳みそが揺れる感じ。まったく厄介な能力だよこれは。


「まっこと……」


 安堵したのもつかの間、声が聞こえたので再度男が倒れている所に顔を向けると、どうにも立ち上がろうとしているらしい。クソ、仕留められなかったか……。


「清々しいかな!」


 ゴッという音と共にその男は立ち上がると、その男は獅子の如くこちらの方へと突進してくる。


――やばい詰んだ。


 目を閉じ死を覚悟したその時だ、突如全身に痺れるような痛みが襲い掛かる。だが殴られたにしては痛みの範囲が広い。一体何が起きた?

 ユラユラと揺れる視界の中前方を見やると、白目をむいたような、どっさりと倒れ込む男の姿があった。


「すまない二人とも、これくらいの事しか浮かばなかった!」


 アルドが言うので目を向けてみると、まだしっかりとは見えないが、どうやら地面にレイピアを突き立てているようだった。

 能力が薄れてきたのか、徐々に視界が元のように見えるようになる。


 なるほど、目の前に倒れいる男はくさりのかたびらに身を包んでいた。

 アルドは雷系統の使い手、恐らくあの時、咄嗟に判断したあいつは地面に電流を流したのだろう。あの時の痛みはそのせいだ。金属を全身にまとっているこいつはおのずと俺ら以上に電流を引き受ける事になり、結果、大ダメージを負ったというわけか。アルドもやるじゃないの。


「上出来だなアルド!」


 称賛の言葉をかけてやると、アルドも能力の効果が切れていたようでまっすぐとこちらへと駆けてくる。


「フンッ、当然さ。なんたって僕はアキのライバルなんだからな」

「ちょっと痺れちゃったよ~、物理的な意味でだけど」


 キアラもこちらに来ると、いたずらめいた笑みをアルドに向ける。


「わざわざ物理的を言わないでくれても良かったんだが……」


 アルドは残念そうにつぶやく。

 ほんの少しこういったやり取りを懐かしく感じていると、キアラが心配そうに倒れている男を見やった。


「でもさ……この人、大丈夫……だよね?」

 

 そういえばそうだ。もしこれで死んでいたら俺は人を……。

 少し重い空気が漂い始めたところ、アルドは冷静そうに屈み込みその男の脈をはかりにいく。


「ふむ、生きているみたいだな」

「良かった……」


 キアラが心底ほっとしたように息をつく。かくいう俺も少し安心だ。


「まぁこの男については然るべき処置を騎士団にしてもらおう」


 アルドが立ちあがると、思い出したようにキアラが声を発する。


「そうだ、アリシアとかコリンは!? 他の寮の皆も!」

「ああ、皆には中に居て貰っている。逃げようとしたところあの男が現れてな」


 何それ、ってことはアルド、一人でここを守ろうとしてたって事? こいつ、いつの間にかナイスガイになりやがって……。

 半ば嫉妬にも似た感情を抱きつつも嬉しく思っていると、「あぁでも……」とアルドは呟く。


「コリンはいなかったな。もう逃げたと思ってたんだが……今いるのも全員ではないしな」

「うーんそっかー……じゃあたぶんもう脱出できてるかなー、たぶん他の寮の皆とも一緒なんじゃない?」


 キアラはいつものようにあっけらかんと言い放つ。

 でも明るく振る舞っているようだがたぶん内心ではかなり不安に違いない。

 にしてもコリンはいなかったか……。キアラの言った通り別ルートで逃げていてくれれば幸いだけど。


「アルドさん、無事ですか!?」


 寮の門から走ってきたのはアリシアだ。


「他のみんなは?」

「はい、今は食堂で皆待機してもらって……ってアキさんとキアラさん。あとこれは一体……もしかしてお二人が?」


 まもなく惨状に気づいたか、少々驚きを隠せないと言った様子で尋ねてくる。違うぞアリシア。


「アルドのおかげだよ。俺らだけじゃダメだった」

「アルドさんが? 本当かどうか疑わしいですが……」


 ジトーっとアリシアはアルドの事を見ると、アルドは少し居心地の悪そうな様子を見せる。


「ま、まぁ……確かにアキたちがいなかったら……」


 アルドにしては珍しく消極的だ。もっと、こう「分かってないなアリシア。僕もやればできるのさ」とか言いそうなもんなのに。

 しばらく厳しい目つきでアルドを見ていたアリシアだったが、不意に表情を緩める。


「ありがとうございます、アルドさん」


 お、いつもアルドには特に厳しいアリシアが今回は優しいな。

 そしてそれを聞いたアルドは何故か慌てふためいたように声を詰まらす。


「ま、まぁなんだ、その、アリシアと……みんなが、無事でよかった」


 ハハ……と乾いた笑みをアルドは漏らす。

 おや? これはもしや……。

 キアラも察したようで、二人の様子をニヤニヤと眺めている。


「おい生徒だ!」

「近くに誰か倒れているじゃないか!」


 その光景を微笑ましく思っていたところ、ふと向こう側から声が聞こえてきたのでそちらの方を見ると、騎士団の人が二名こちらに向かってきていた。


「大丈夫か君たち」

「はい、なんとか」


 見たところ平団員のようだ。ハイリの上司、バリクさんのような隊長格ではないな。それでもまぁ少数精鋭というくらいだからそれなりに戦える人達なんだろうが……いかんせん先ほどの光景が脳裏に焼き付いて離れないのであまり安心する事はできない。


「よかった。ところでこの倒れている男は……」

「黒ローブの連中の一人です」


 少し警戒した面持ちで騎士団の一人が聞いてくるので答えると、その人は大層驚いた様子で問うてくる。


「君がやったのか!?」

「俺だけじゃなくて、ここにいる奴らでなんとか」


 正直に答えると、その騎士団の人は感心したという風に顎に手をやる。


「はぁ、やっぱりルーメリア学院の生徒は凄いんだなぁ」


 その反応、やっぱりかなりの名門なんだなここ……その割には大した試験もなかったんだけど。


「あの、騎士さん」


 そこへ、キアラが口を開く。


「あ、すまない。そうだな、とにかくこの学院を……」

「えっと、そうじゃなくてですね、こうなんていうんですか、ちんちくりんで髪の短い生徒みませんでしたか? 弟なんですけど」


 コリンの事か……てかその説明はどうなのよ?


「うーん、見なかったなぁ。ここまで来るまでそもそも生徒に会って無いんだ。黒ローブの連中は何人か見かけて、他の団員が応戦しているところだが」

「そうですかー……ありがとうございます」


 どことなくキアラの声が沈み気味だ。


「きっと脱出しているさ。まぁとりあえず、我々が来たからには必ず無事にここの外の送り届ける。この男についてはまだ生きてるようだから本部の方で尋問だな」


 すると、男は懐から手のひらサイズの結晶を取り出した。疎通石、ウィンクルム鉱石でできた携帯みたいなもの。ハイリもバリクさんと連絡する際に使っていたな。そういえばあの二人もここに来ていたりするのだろうか。


「あー、すみません、連絡はやめてもらっても?」


 聞き覚えのある声が聞こえたと思えば、騎士団の人の背後に前触れも無く人影が現れたので全員が反射的にこの場から飛びのく。


「そんなに警戒しなくってもいいよ」


 その人物が何者なのか、声の時点で察しは付いたが姿を一応確認してみると、やはりにわかに信じがたい姿がそこにはあった。

 目の前にいたのは、気を失っているのか目を閉じたコリンを抱え柔和な笑みを浮かべるこの学院の教師、そしてかつて俺を予選の時に助けてくれたカイルさんだった。

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