第六十三話 能力

 騎士団の人はその場に崩れ落ちるとそのまま動かなくなった。

 唖然とその光景を見ていると、向こう側から別の人陰がこちらに歩いてきているのが視界に入る。

 来たそいつはあろう事か、騎士団を倒した男と同じく黒いローブを身にまとっている。まぁそうか、敵が一人なわけないよな……。


 しばらくその二人は何やら話をしだしたかと思えば、そのうちの一人がこちらを見てきた。

 見つかったか、戦闘を覚悟しつつこちらも物陰から黒いローブの奴らを見据えていると、やがて何もいないと判断されたらしく、ローブの奴らまた少し話すとお互い別の方向へと歩き出した。

 はぁ……助かった。


「アキ、ありがとう。もう大丈夫」

「そうか」


 キアラは顔を上げると、その目は若干濡れていた。

 そりゃそうだよな……怖いよな。この先またこういう場面に遭遇するかもしれない。そうしたらまたキアラは傷つくことになる。いいのか? 二人で先へ進んで。ここから先は俺だけで行くべきではないのか?


「行こうアキ、たぶんアキは優しいから迷ってるんだよね。でもほんとに私は大丈夫だよ」


 力強く俺の事を見るキアラの眼は、どこか決意の様な、熱い何かが宿っているように感じた。

 大丈夫、キアラは強い子だ。彼女を信じないでどうする。


「分かった。行くか」


 自らも心を新たに、あの黒いローブの奴らが完全に見えなくなったを確認してから編入生寮へと向かった。無論、必ずコリン達が居るとは限らないが可能性は高いはずだと考えての事だ。



♢ ♢ ♢



 運の良いことにローブの奴らに会うことは無く、なんとか寮まで続く一本道に来た。

 空は曇っている上、不安も相まってかいつも通る道なのだがまるで雰囲気が違うように感じる。

 奴らに見つかるのを避けたい俺らは、その一本道には通らず、左右に広がる雑木林の方を通って寮の建物まで行くことにした。

 

「まったく、一体君たちは何者なんだい?」


 しばらく歩いていると、微かに声が聞こえた。アルドの声だ。すぐさま雑木林の中をできるだけ音を立てずに進み、手ごろな木の陰に身を隠し中庭の様子を覗いてみると、先ほどの黒いローブの奴らよりも一回りも二回りもごつい、これまた黒いローブに身をまとった奴がアルドと対峙していた。

 アルドは自前のレイピアを構えており、場は物々しい空気に満たされている。

 アリシアやコリンの姿は無いかと探してみるが、見つける事は出来なかった。この場にはいない、もしくは建物の中か。


「そのような事教えるわけが無かろう!」


 ローブの男はどうやらそこそこの歳のおっさんらしい、声は成熟している感じだ。


「まぁそう来ると思ったよ……だったら力づくでいかせてもらう」


 どうやらアルドは闘うつもりらしい。


「助けなきゃ……」

「待てキアラ」


 今すぐに飛び出しそうになるキアラを制すると、少し非難の色が混じった目で見られる。


「何も見捨てるわけじゃない、タイミングの問題だ。今出ていったところでたぶん俺らもやられる。見たところ敵はがたいも良さそうだからな」

「でも……」

「どれだけ相手が強くてもうまく奇襲を仕掛ければほぼ確実に敵は崩せる。どっかの講義でそう教わった。ここは俺を信じてくれないか」


 言い募ろうとするのをさらに言葉を続け押しとどめると、やがてキアラは頷いてくれた。


「そっか……うん、分かった」

「ありがとう」


 焦る気持ちはもちろん分かる、でもここで倒れてしまっては元も子もない。まぁ良い策があるかと言われればノーなわけなんだけど……。マジで危なそうならすぐ飛び出す。


「ガッハッハ! 威勢の良い少年だ。だがしかし、我が輩の術を受けてもなおその意気を保てるかな!」


 男は高らかに笑い、ローブのフードを少し上げたかと思えば、ほぼ百八十度の角度から見ていたので少ししか見えていなかったのだが、その眼を確かに青白く光らせたのを捉えた。

 同じだ、ヒスケの時と。そう考えた瞬間、何故か急に視界がユラユラと揺れ出した。

 これはなんだ? 一体何が起きた?


「大丈夫アキ!?」


 どうやら座り込んでしまったらしい、キアラがそろそろと駆け寄りこちらを見つめてくる。しかしその表情はこの謎の現象のせいで認識できない。


「ああなんとか。そんな事よりキアラ、あの男の眼、見たか?」

「眼?」


 聞き返すキアラはどうやら見てない様子だ。


「そうか……ありがとう」


 幸い、この現象はすぐに収まってくれたので、再度アルドの方へと目を向けると、アルドは少し辛そうに身体をフラフラとさせていた。


「……なんだいこれは」

「ガッハッハ! どうだ我が輩の術は!」

「参ったね……まるで視界が定まらない」


 よろめきながらそう言いつつも、アルドは笑みを浮かべて見せる。とっておきを使ったのに相手があまり動じてない様子であれば確かに精神的に堪えるものがある。恐らくアルドは少しでも相手の精神を乱すためにわざとそうしているのだろう。

 しかし視界が定まらない、か。たぶん今アルドの身にはさっきの俺くらい、あるいはそれ以上の事が起きているのかもしれない。だがなんとなく見えてきた気がする。


「ねぇ、アキ。眼で思い出したんだけど、ヒスケさんの事で。今言う必要は無いかもだし関係ないかもだけど……」

「言ってみてくれ」


 そこへキアラが口を開いたので耳を傾けその先を促す。もしかしたら何か分かるかもしれない。


「ヒスケさんって確か消える時に眼を光らせたよね? でも私が今言いたいのはそれの事じゃなくて、二年前の事でね」


 二年前、といえば学院に入学した辺りだ。


「私もアキも、たぶん会った事あるよね? ヒスケさんと」

「どういう事だ?」

「会うって言っても見たって感じだろうけどね。あの時、初めての休日の時。私、アキが遅いから様子を見に行ったよね? その時路地裏からヒスケさんが出てきてたんだよ」


 いやまさか、あの時ヒスケはあの時確かに俺の目の前から消えた。だがその変わり見知らぬ人が目の前にいた。光る眼……。それを見た後に。 


――超能力。


 不意にその単語が頭を掠める。魔法や魔術以外の第三の存在。でもそれがもしあるのなら。


 森での時もヒスケは木に隠れただけなのにいなくなり、代わりに別の誰かがそこにはいた。ただそいつらは全員元からそこにいたような素振りを見せる。キアラもああ言ってるし、たぶん入れ替わりの能力じゃない。となると一体なんの能力だ? 変身か? そこらへんはまだ分からないがとにかくヒスケは自分自身の認識を相手から外す事ができる能力者。


 そして今回、あのごつい黒ローブの男は相手の視界を乱れさせる能力、と言ったところだろうか。生徒もまた眼の光を見た時に身体が重くなったと言っていた。別の誰かが能力を発動したという事だろう。という事はあの青白い光に何かしら効果があるという事か。奴の眼さえ見なければ奇妙な術にかかる事は無いさそうだ。キアラが先ほど平然としていたのは光を見ていないからだろう。でも目を閉じて戦うとかそんな芸当、流石にできないよな……。


 考えを廻らせ結論にたどり着いた時、軽い地響きと共に轟音が辺りに響いた。

 すぐにアルドの元へと目をやると、あの黒ローブの男が元々アルドの居た場所の地面に拳を打ち込んでいた。地面には大きなヒビが入っており、威力が高さがうかがえる。

 アルドといえばなんとかそれを避けたらしいがいかんせん視界がぐらぐら揺れているせいかそのままバランスを崩し倒れてしまっていた。


「ほう、よろめきながらも我が輩の拳を避けたか。まっこと結構、だが二度目は無さそうかな!」

「アキ……!」


 キアラが懇願するような目を俺に向ける。


「ああ分かってる。悪いが先に突撃してくれ。俺は後衛まわるが詳しくは後で説明する。それで、もし何かしら異変を感じたらちゃんと立ち止まれ」

「わ、分かった」


 まずキアラを前衛に奴を襲撃してもらい、その後をぴったりと俺が追いかける。

 恐らく俺らに気づいた奴はすぐさま能力を使ってくるだろう。そこでキアラは戦えなくなるだろうが、変わりに後衛にいる俺が能力を再度発動してくる前に叩く。先ほど、奴が眼を青白く光らせたのはほんの少しの間だけだったと思う。奴の眼の光さえ見なければたぶんあの超能力にはかからない。


「行ってくれ!」

「おっけー!」


 黒ローブの男が拳を振り上げた瞬間、確実にこちらに気づくようにありったけの声で合図すると、すぐさま飛び出すキアラの後につく。

 その際その背中を見ると、何故か分からないが既視感にも似た妙な感覚を覚えた。

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