第六十六話 黒い衝動

「ジュウゾウ……やめろ」


 カイルさんが止めに入るが、聞こえていないフリをしているのかまったく反応を示さない。


「えーっと……じゃあとりあえず皆さーん、いまからこの人質を殺しまーす」

「やめ、て!」


 キアラが悲哀に満ちた表情で叫ぶ。


「あれ? ちょっと似てるなぁ……もしかして姉弟?」

「そ……そうだよ……コリンを、殺すなら……私を……」

「おまっ……」


 口を開こうと試みるが、重さに耐えながらだと思った以上に発声しにくい。

 くそ、自分が情けない。


「そっかそっか~、姉弟かぁ! だったら声くらい聞かせてあげないとねぇ?」


 さも愉快そうな口調は少なからず神経を刺激するものだ。

 今すぐにでも消したいという衝動が胸の中でうねうねと蠕動ぜんどうする。だがこの感情は良くない。冷静さを失う。なんとか抑えないと。


「ヒカル、起こしてやれ」


 少年が顎で合図すると、ヒカルとよばれる子は黙ってそれに頷き、コリンの顔をを何度か平手打ちする。


「いって……え、なんすか? 何が起こったんすか?」


 間もなく意識を取り戻したコリンは状況を把握できないようだ。まぁ無理もない。


「コリン……!」

「え、姉ちゃん!?」

「は~い、感動の再会おめでとうございまーっす、というわけでこっち見てね弟君」


 何故向かせる必要が……そうか、コリンは眼を見ていないからまだ能力を受けてない!


「ダ……ダメだ!」


 なんとかそれを見させまいと声を絞り出すが時すでに遅し、コリンは少年の眼を見てしまう。

 そして瞬間、コリンは勢いよく地面に突っ伏す。


「な……なんすかこれ……」


 苦しげに声を吐き出すコリン。

 くそ、どうにかこの術から逃れるすべはないのか。あの眼はさっきからずっと光り続けている。それはどういう意味を成すのか……もしかして、この光を見続けているから術にかかりっぱなしだったりするのか?


「えーっと、アキヒサ……だっけぇ? 目を閉じても無駄無駄。僕の視界にいる限りこの術からは逃れられないからさぁ」


 やっぱそう簡単に攻略できるもんじゃなかったか……クッソ。


「お兄ちゃん、種を明かすの、よくない」


 そこへ、初めて少女が言葉を口にした。淡々とした口調ではあるがその声は幼く、どうやら少女らしい。


「いいんだよヒカル。どうせ後から全員殺すからさぁ」

「そう、ならいい」

「おい!」


 たまりかねたのかカイルさんが口をはさむと、素早くその背後に身を滑らした少女は、袖から短刀を取り出し首元につきつける。


「リーダー、少し黙って」

「余計な事はするなヒカル? リーダーはただ甘いだけなんだ。その刃物はしまえ。一応僕たちを救ってくれた人なんだ」

「わかった、ごめん」


 ヒカルと呼ばれる少女は大人しく引き下がると、少年はこちらへの視線を外さずコリンのそばでしゃがむ。


「じゃあいきましょーかぁ!」


 少年は嬉々とそう告げると、自らの短刀を天に向かって振り上げる。


「ダ……ダメ! 私を!」


 声を振り絞りながら叫ぶキアラ。どうにかしないと! 動けよ身体!


「やーだねぇ!」


 興奮気味に言い放つと、少年は無情にもその刃はコリンの足へと振り下ろす。


「ぐッ……!」


 コリンが呻き声を漏らすと、今度はもう一方の足へと短刀を何度か突き刺す。


「今度は手ぇいっこっかー! だいぶ痛いらしいよぉ!?」

「ね……姉ちゃん……」

「コリン!」


 赤い液体が散り、地面を汚していく。

 ふざけるな……ただ殺すだけでは飽き足らずこいつは存分にいたぶって殺すつもりなのか!

 コリンが、呻いている。キアラが、泣いている、なのに誰も動かない、動けない。何度も短刀を振りかざす。笑うな。何が面白い? 嗤ってるんじゃねえよクソガキ……。

 そして抑えつけていた黒いイメージが脳内に噴出する。くそっ、完全に抑えきれない。


「ざけんなよ……」


 熱い、胸の中にどす黒い感情が溢れてくる。殺せ。殺せ。やられる前に、殺れ。

 身体中の血が、荒れ狂いながら循環するのを感じる。何かがせめぎあっている、血が我先に心臓へ到達せんとり合っている。頭がくらくらする。何が起きているのかは分からない。だがこの熱さ、まるで炎が全身を駆け巡っているみたいだ。

 

 身体は重いが気付けば動けるようになっていた。

 だから進む。剣を拾い上げ重い身体を一歩また一歩と引きずる。


「な、なんで動けてんだよ……」


 信じられないと言った様子の少年。一歩後ずさったかと思えば、俺の身体にさらなる重みが襲い掛かる。

 だが足は止めない。骨が砕けようが内臓が潰れようがかまわわねぇ。

 

「くっそ、どうして!」


 一歩進むごとに増す重み。今はどれくらいの圧が俺にかかってるいるのか。


「ち、近づくな! こいつ殺すぞッ!}


 少年が刃をあてがおうとするので、一筋の炎を放ち短刀を灰にする。


「くそっ! もっと、強く!」

「だめお兄ちゃん、それ以上は」

「う、うるさい! くるな! くるな!」


 激しく狼狽しながら後ずさる少年の眼からは血が流れている。

 そういえばこいつの眼の光が増していってるような気がするな? この身体に降り注ぐ度重なる圧は、少年が能力の威力をより強くしているからだったりするのだろうか? 炎属性も赤・青・紺と分かれているわけだから能力のグレードアップとかあってもおかしくない……いやまぁどうでもいいか。目には目を、歯には歯を……。


「お兄ちゃんに近づかないで」


 静かながらも力強く少女が言うと、俺に向かって刃を構え飛びかかってくるので、重い手をなんとか動かし剣を振り払うと、あまり力を入れたつもりは無かったが少女は派手に弾かれ地面に倒れ込んだ。


「さぁ……ジュウゾウ、だったか……覚悟はできてるよな?」


 少年の目の前まで到達すると、自然と口角が吊り上がる。まずは足からいってみようか……?


「ジュウゾウ……! 早く、俺を……術の対象から……外せ!!」


 突としてカイルさんがどなるが、気にせず俺は重い腕を振り絞る。

 とにかく行動不能に。剣の切っ先の照準を、太ももに捉えた。

 そのまま剣を突き刺そうと力を入れるが、金属音と共に的を逸らされてしまった。


「おいおい冗談でしょ……どうして俺の術効いてないんだ?」


 見れば、ジュウゾウの前で俺の剣を受けるカイルさんの姿があった。

 その眼が青く光ってのを目視すると、急激に身体が強張るのを感じる。な、なんだこれは……。それにジュウゾウも固まったように動かない。


「いや効いてないわけじゃ、ないのか? でもアキヒサ、意識あるよねそれ……」


 カイルさんが呆れた様な、あるいは怯えているとも捉えられるようなそんな笑みを浮かべている。

 意識あるよねってどういう事だ? 確かに俺は今、意識はあるけど。


「ほんと参るなアキヒサには……。ていうかさっき全身から変な炎出してたよね? もしかしてそれとか?」

「……に、を……って」


 何を言ってるんだ。そう発声しようとしたが、喉にある痛みと痺れがそれを許してくれない。


「やっぱりまったく効いてないってわけじゃないんだね。できれば殺しておきたいところだけど、子供は殺せない。いや、もし殺せてもこの調子じゃ返り討ちにあっちゃう気もするな」


 さっきからペラペラと一人よく喋るなこの人。いやあるいはそうせざるを得ないほど動揺しているのか? よく見るとその額には大量の汗が浮かび上がっている。


「いずれにせよ、君を遠ざけたのは正解だったみたいだ。もし最初からいれば確実にこっちが負けてただろうね」


 カイルさんは一息つくと、石像のように動かないジュウゾウを抱え、テツも背負うと、向こうで倒れているヒカルも同様に抱えた。

 目線でカイルさんの姿を追うも、身体はまるで石像になったかのように動かない。


「それじゃあねアキヒサ。でもできれば、君とはもう会いたくないね」


 カイルさんが何やら取り出し打ち上げると、頭上に火の花が咲く。


「待て!」


 カイルさんが奥へと走っていくので咄嗟に声が出る。


――身体も軽くなった、動ける!


 とにかく進行を阻止しようと、手から形の無い炎を放出。

 しかし無詠唱の炎は虚しく虚空を散っていくのみだった。


「なっ……!」


 つい声が漏れる。

 だがそれは逃げられたからでも、炎が届かなかったからでもない。

 

「今のは、紺というより……黒色だった?」


 試しに手の上に炎色操作無しで炎を出現させるが、いつもの紺色だ。

 気のせいだったのだろうか。

 少し気にはなるが、いずれにせよカイルさんに逃げられたことには変わりないか。

 そう悟った時、突如身体中が痛むのを感じたかと思うと、そのまま意識が暗闇の中に吸い込まれていった。



♢ ♢ ♢



 ここは……この場所は……。


「おま、何を……」

「本気だから」


 あの男女は何者だ? いや待てこの情景は見覚えがあるだろ俺。


「そ、そっか……ほんとにほんとだよな? また例の……」

「大丈夫だよ、これは本気」

「そ、そうか……えっと、なんだ、なんていうか……その……」


 刹那、この見知った景色が急激に色あせていく。そしてその周りには炎が音を立てて燃えだす。公園にあったベンチも、木も、そしてビルすらもその炎は全てを呑み込む。


「待っててくれなかった……」


 悲哀に満ちた彼女の表情は何故か俺の心を掻きむしる。


「酷い……嘘つき、最低」


 背を向ける女に駆け寄ろうとする男。

 しかし突如、炎の中から現れた醜悪な虎が、けたたましい咆哮と共に彼の行く手を遮る。


「どうすりゃいいんだ……! どうすりゃいい! こんなはずじゃ!」


 慟哭どうこくする男。その姿は哀れなはずだが……何故だろう、実に滑稽にも感じる。

 だって、そこは身体が噛み千切られても追いかけるべきだろ? 虎なんてネコと変わらないじゃないか、何をやって……。

 ふと、男の顔が見える。それはよく見知った顔……紛う事なき自分。

 

:ハイ乙ばいばいw

:自慢かよ?w

:ちょw新手の嫌がらせかよwwwwwwww

:いい加減黙れよwwwwwwww

:あーはいはい、楽しそうで何よりですねぇww

:分かってんならもう送ってくんなよ、な?w


 毒、毒、毒、毒、毒、吐き散らす醜い毒。


:お前の事なんてどうも思ってないからwwwwwwwwwwwwwwwwww


 そしてとっておきの毒。

 自惚れて、滑って、失って、堕ちていく――

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