第六十一話 すごい魔術
叫び声が聞こえたのでそちらの方を向くと、どこから現れているのか、植物の太めの
あれは触手……!?
男の野心というべきか、性というべきか、何故か顔が二人の少女たちに向いてしまう。
リ、リアル触手プレイ……。
その単語に思わず生唾を呑み込む。……って何考えてんだよ俺! でもここで上手い事手を抜けばもしかしたら……じゃない! ほら、そもそも漫画やアニメみたいになるとは限らないだろ? これはリアルで、下手すりゃ命に関わる。いやでもいざとなった時に俺が動けば……。
「たーすけてくれ~」
なおもこだまするヒスケの声。逆さづりの彼は左右にぶらぶら揺らされている。
必死の葛藤の中、時だけが刻々と過ぎてゆく。どうする、動くか、動かないか!
「待っててください! 今行きます!」
仕事熱心なキアラは先陣を切ってその触手ゾーンへと身を投じようとする。
よ、よし、一瞬楽しんで助太刀に行こう。それがいい。
という考えに至り、とりあえず剣を構えるだけ構え、その時が来るのを待っていると、何故か寸前でキアラは立ち止まる。あれ、行くんじゃないの?
「どうしたんだキアラ?」
どうしたのかと思いその元まで走ると、どうやらキアラは一点を見つめているようだった。
その目線の先を追うと、そこには探していたであろうネックレスが落ちている。
「あ、もしかしてあれじゃないの?」
「いや、まぁそうとは思うんだけどね……」
思わせぶりな口調に、ただ頭に疑問符が浮かぶ。
そこへティミーも後ろから顔をのぞかせる。
「あのさ」
キアラが一言告げいったん区切る。
「ヒスケさんから落ちてきたんだよねあれ」
「やっべ……」
は? ヒスケから落ちてきた? てか今「やっべ」とか聞こえたんですけど?
反射的に蔓で吊るされているヒスケの顔を見ると、どこか気まずそうに目を泳がせる。
「まぁ、気にするな!」
最後はしっかりとこちらを見て平然とそう言い放つと、何やらズボンの裾に手を伸ばしたかと思えば、そこからサバイバルナイフのような刃物を取り出し、慣れた手つきで自分を吊るす蔓を斬りほどきそのまま綺麗に着地する。
「なんってぇのかなー……」
そんな事を言いながらそろそろとヒスケはこちらに目を向けたまま、触手が
刹那、ヒスケの片目が青白く光を帯びると、ヒスケは素早い身のこなしで近くの木の陰へと身を忍ばせる。
そういやあの時もこの光を見た後に奴は姿を……!
「おい!」
慌てて奴が隠れたであろう木の陰に走ると、時すでに遅し、ヒスケの姿はどこにも見当たらない。しかしその代わり、そこには何故か見知らぬ人が頭を抱えて身を屈めていた。
え、誰? 確かヒスケの野郎ここに身を隠したよな?
「ひ、ひぃ、すみません」
その人は俺の姿を見ると、どこか悲痛な声を上げる。
ふむ、見たところ青年のようだ。声がそんな感じ。あとけっこう弱そうでもある。
一般人が迷い込んだのか?
「アキ、ヒスケさんは?」
後から二人が駆けてくるので、俺が首を振ると、がっくりとキアラは項垂れる。
「さ、三万エル……」
そっちかよ!
と心の中でツッコみつつ、とりあえずこの青年に話を聞いてみることにした。
「えっと、あなたは一体?」
「す、少し離れた村に住む者です。薬草を採取しに来たのですが、道に迷ってしまって……。途方に暮れていたところあなた方を見つけたのでこちらまで来たのですが、今度は魔物がいっぱいいたので恐ろしくて恐ろしくて。やっと魔物がいなくなったかと思って覗いてみると今度は黒髪の男の人がこちらに走ってくるもんですからびっくりしちゃってもう……」
随分と詳しく話してくれたな。まぁ手間が省けるからそれはいい。しかしこの青年、今黒髪の男が、って言ったよな?
「あの、黒髪の男とおっしゃいましたが、彼はどこに行きました?」
聞くと、青年は何故か激しく狼狽した様子で目を白黒させる。
「き、消えたんだ……うわぁぁああ!」
「ちょ」
急に叫び出すと、青年はいきなり立ち上がり出し止める間も無く森の奥へと駆けていった。
何だったんだあいつ……。
「アキ、あの人は?」
「分からん。たぶん迷い込んだ人だろう」
ティミーが聞いてくるのでとりあえずそう答えて置く。
「ヒスケの名前、ほんとに忘れないから……」
そしてキアラと言えば私怨の籠った声音で拳をわなわな震えさせている。報酬の恨みぞ恐ろしかな……。
キアラの憎しみに身震いしていると、不意に後ろから崖が崩れ去るような鈍くも大きな音がしたので振り返ると、触手で覆われていた場所に、大きな口のようなモノを持つ、巨大で不気味な食虫植物の魔物らしき生物が地面から姿を現しているところだった。おいおい、地面の中に潜んでたのあれ? だとしたらこの森怖すぎ!
「きゃっ」
小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、いつの間にかすぐそばまで来ていた太い蔓にティミーが絡めとられていた。
「うわっ」
すぐさまキアラが自身にも襲い掛かる蔓を切り裂こうと槍を構えるも、素早く反応した魔物は、攻撃させる間も与えずに彼女まで絡めとってしまう。
こちらの方にももちろん魔物の蔓は襲い掛かってきたが、二人より少しばかりか距離があったおかげで、なんとかそれを制する事ができた。
「ティミー、キアラ! だいじょ……ッ!?」
大丈夫か! と言おうとしたが、二人の姿を見てついつい声が詰まってしまう。
蔓に絡みつかれた二人のなのだが、ちょっとあられもない体勢にさせられていたからだ。二人とも制服のままなのでスカートからは太ももどころかその先まで見えてしまっている。
ああこれがリアル触手プレイ……。少しこの展開を望んでいた節はあったが、実際目の当たりにしてみると第一に切迫感が脳内を満たしていた。
そう、これはゲームでもアニメでもなく実際の人命のかかっている事だ。悠長なことはやってられない。
しかしどうする? むやみに炎を放てば二人まで焼きかねない、かと言ってこのまま放置なんかもってのほかだ。どうにか直接本体に攻撃を加えることができればいいが、どうにもこの触手のような蔓が邪魔でたどり着けそうもない。これは非常にまずいな……。
「このー!」
なかなか良い考えが頭に浮かばず、焦燥感ばかりを募らせていたところ、不意にキアラが言葉を発したかと思えば、威勢よく片一方の手を振ると、なんと触手を力で引きちぎったらしい。
それにより自由になった手にまた絡みつかんと迫りきた触手を、今度は逆にキアラの方から掴み出した。
「イン・テリオーラ!」
キアラがそう唱えると、先ほどまで
イン・テリオーラ、二年前の闘技大会の優勝賞品、すごい魔術が覚えられる本に記載されていたという魔術名だ。
触れた相手の身体の内側から外側へ、自分の属性系統の魔力を放つ魔術で、例えば炎属性なら一瞬にして相手を火だるまにできるらしいし、雷なら全身が動けなくさせ、風ならば内側から血管を切り裂き……というふうに、かまり強力な魔術らしく、最上位魔術に明確な定義は無いが、その内の一つと言えるだろう。
そしてキアラの氷と言えば確か、身体中のすべての器官を一瞬のうちで氷漬けにできる、という魔術だと聞いた。
最上位級と言っただけにもらった当初は使う事ができていないキアラだったが、いつの間にか習得していたらしい。
ちなみに何故伝聞形なのかというと、魔術本というのは一度所有者を選ぶとその所有者以外内容を見ることができなくなるという事実があったからだ。それゆえイン・テリオーラについては全てキアラの口頭で聞いている。
俺の持つ魔術読本が俺以外見ることができなかったのはそういう事だったのかと納得したのは記憶に鮮明だ。
「すごいな……いつの間に使えるようになってたんだよ」
キアラの突飛ぶりに思わず賞賛の声が口からもれると、キアラは自らを拘束している氷の蔓を槍で破壊し宙から舞い降りて、ふふーんと威張った様子で腕を組む。
「ま、私にかかればチョロいチョロい! 習得したのはけっこう前だよっ」
グッと拳を突き出してくるので、思わず苦い笑みが顔に貼りつく。この世界に来てけっこう俺ってすごいんじゃないの? とか思ってたけど、やっぱ上には上がいるもんだ。身体能力でも魔術でも負けてそうだからな今のところ。でもまぁあくまで今のところだ、いつかは必ず……。
「ね、ねぇ二人とも……と、とりあえずおろしてほしいな……」
未来への決意を新たにしていたところ、思いがけず上から声が聞こえたので見上げると、凍った蔓に絡みつかれ、頬をを心待ち赤らめ、見えそうな中身を必死で隠そうとスカートを抑えるティミーの姿があった。ああ、なんていじらしく可愛いのでしょう!
「あーごめんごめん、今壊すからアキ、下で受け取ってね!」
「え、お、おう」
急に話が振られ少々どもってしまった、きっちりティミーの下へスタンバイする。
「行くよっ」
掛け声とともにキアラは大きく跳躍すると、ティミーを拘束する氷の蔓を次々と壊していく。
やがて、すべての蔓を崩し終わると、ティミーが落ちてくるのですかさずキャッチ。ふむ、思った以上に軽いな。まぁけっこう華奢な身体だしな、胸も含めて。
「あ、ありがと……」
降ろしてやると、ティミーは半ば俯きつつ頬を赤く染め、上目遣いでこちらを見上げ礼を言ってくれる。
大丈夫かなティミー……熱でもあったりしない?
「はいはい、とりあずお二人さん、ラブラブするのは学院に帰ってから個室空間ででもやってきてねー?」
「アホかお前は」
また例のごとくそんなことを言ってくるので軽くキアラの頭を小突いてやる。もう耐性はできた。
「いっててぇ……まったくアキはつれないなぁ、見てよ、ティミーなんか顔を真っ赤にさせて機能停止してくれたよ?」
そう言ってくるのでティミーを見てみると、確かに顔を真っ赤にさせて頭から湯気を出していた。思春期の女の子にそんな事言うから!
「どうすんだこれ」
「どうしようねぇ?」
とりあえず今までの経験をもとに、ティミーの顔の前で手を叩いてみる。
「はふぅッ!?」
すると流石というべきか猫だまし。ティミーは見事意識を取り戻した。
しかし羽振りの良い仕事というのには何か必ず裏がある。結果として何も貰えなくともその仕事を引き受けた時点でそれは失敗だ。いや、あの仕事を引き受けなかったとしても、これから先起こる事を止めるのは無理だったかもしれない。
当たり前といえば当たり前だが、俺たちは誰も知る事はできない。これからの未来を。
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