第六十話 不帰の森

「落とし物探し……?」


 意外だったのだろう、キアラは首をかしげる。

 まぁ俺もまた同じ気持ちではあるけど。


「まぁ待てって、もちろんただの落とし物探しじゃないからさ」

「どういう事だ?」

「うん、まぁあれだ、今回お前らに依頼を頼んだのは落とした場所がちょっと厄介だからで……」


 食い逃げ犯及び依頼主はバツが悪そうに自分の首をさする。


「えと、もしかしてけっこう危ないところで落とされて……」

「流石ティミーちゃん、その通り。前にちょっと色々あって不帰かえらずの森ってとこに行ったんだけど、そしたら案の定魔物に襲われちゃって、その時にけっこう大事なネックレス落としちゃったんだよね」


 不帰の森ねぇ……。聞いたことはある。確か割とこの王都の近くにある森の呼び名だったな。ここら辺に住む親が子供に言う事を聞かせるために使っているのを何度か聞いたことがある。確かそれなりに霊的な逸話もあった気がする。


「か……かえらずのもり……」


 ティミーもその話は聞いたことがあるのだろう、顔を青くし、大層戦慄されたご様子だ。

 今年で十五になるというのに……まぁ、可愛いからいいんだけどね!


「で、なんでまたそんなとこにいったんだ?」

「うーん、ま、まぁなんとなく?」


 なんとなくってお前……。はぐらかされた気がするけど、まぁどうせまたタダ食いでもしてそこに逃げんだろう。しっかしそんなたくさん食い逃げしててよく無事だよな。


 ……無事と言えばあの時も普通に逃げおおせたよなこいつ。どうやったか聞こうとしたけどはぐらかされてテレポートされたからな。

 かといってティミーらが居るのにそれを聞くと、こいつが食い逃げ犯って分かっちゃうかもしれないから聞くべきではないか。


 ん? でもそもそもテレポートがあるならあの時使えばよかったんじゃ……? なんでわざわざ走って店を出ていく必要があった? 魔力の消費が多いとかあるのか? そもそもあの時すれ違った男ってどこから現れて……まるで入れ替わったかのようだった気もする。待て待て、頭がこんがらがってきた。


「あ、そうだ。もちろんタダじゃないぜ、ささやかながら報酬も用意させてもらう」


 突如として広がる疑問の中、食い逃げ犯はそんな事を言ってくる。

 それを聞き目を爛々らんらんと輝かせるのはもちろんキアラだ。


「え、報酬ですかっ!? 何かもらえるんですか!?」

「おう、学院側には報酬は出すなって言われたけど、やっぱただ働きだとやる気も起きないだろ?」

「いやぁ、分かってらっしゃいますなぁ。そういえばお名前聞いてませんでしたね?」

「そういやそうだったな、俺の名前はヒスケ。よろしく!」


 ヒスケと言うのか……。なんというか昔の農民の名前みたいだな。もしかして弥国って俺の良く知る和風な感じの場所だったりするのかな? だとしたらすごい渡ってみたいんだけど。


「おお、ヒスケさんでござるか! そのお名前、きっと忘れませぬぞ!」


 先ほどとは打って変わったように嬉々とするキアラの様子に思わずため息を尽きたくなる。現金な奴だなほんと……。


「ただ成功報酬だからそこんとこは頼むぜ?」

「もちろんですとも! ……と、ところでその報酬の内容は……ヘッヘッヘ」


 キアラはもみ手をしながら、悪徳商人のごとく下品に笑う。どんだけ報酬欲しいのこの子……。


「まぁそうだな、一人30000エルくらいでどう?」

「え、本当か?」


 思わず聞き返す。

 だって30000エルだよ? え? 今30000エルって言ったよね!?


「おう、まぁこれ以上は出せ……」

「やります! 超がんばります私! 早く行きましょう不帰の森へ!」


 キアラがヒスケの言葉を遮り身を乗り出す。

 三万と言えば三か月分のお小遣い、もとい学業交付金に匹敵する。子どもにとってそれはどれだけ深い意味を持つかは語るまでもあるまい。俺も乗ったぞこの話。ヒスケについて聞くのは依頼が終わってからでも遅くないだろう。

 しかし羽振りの良い仕事ほど裏があるというもの、つくづく楽観的だなと自分が滑稽で仕方が無い。



♢ ♢ ♢


 

 薄暗くもやのかかった森は気味が悪い。

 不帰の森、思った以上にハードかもしれない。

 ただ、この不気味な雰囲気は俺に恐怖を与えるのと同時に至福の時間も与えてくれる。


「ひゃっ」


 どこからともなく何かの鳴き声がするので、ティミーは小さく悲鳴を上げ俺の腕にしがみついてくる。

 男という生き物は、女に頼られれば守りたくなる保護欲がかきたてられるもので、それが美少女であればなおさらその欲求は強くなる。そして自らを強く見せることで自己満足に浸り、自惚れ、それをある種の幸福として心の中で喜びを噛みしめるものだ。

 ゆえに少し口元が緩みそうになるのは断じてやましいもんではない!


「やれやれ……このおしどり夫婦ときたら」


 ふとキアラがそんな事を呟く。なるほど確かにそういう捉え方もできるか。


「おいキアラ、これは別にそう言うんじゃないからな、父と娘の微笑ましき親子愛だ」

「ごめん、流石の私でも理解できない……」


 ちょっと引かれたよね今……けっこう真面目だったんだけど。

 そんな事を話したりして歩いていると、不意にヒスケが足を止めた。


「確かここら辺だ。この木にナイフを一刺ししといたからな」


 ヒスケの見ている木を見ると、なるほど確かにナイフで刺されたような跡がある。

 とりあえず捜索開始と行こうか。確か爪のような装飾のネックレスだよな。ここに来る途中それは聞いている。


「そうだ、その前にティミー、ここなら割と日光もさしてるし、離れても大丈夫じゃないのか?」

「え、あ、そ、そうだね、うん……ありがと」


 ティミーは慌てて俺から離れると、何故かあたふたしながら礼を言い頬を赤らめ少し俯く。

 また帰りに同じことしてくれないかなー……。一般お父さんの見解としてね。

 など考えつつ、さて探そうかと腰を下ろした刹那、どこからかバサリという音がしたのでそちら方を向いてみると、キアラの槍がいたちのような獣を串刺しにしている光景があった。え、何が起こったの?


「油断しすぎだよアキ、不帰の森って名前なだけあってそう簡単に行くもんじゃないみたいだね」


 キアラが少し呆れが混じったような声音で言うので周りを見渡してみると、至る所で木の葉の陰から光る目がこちらを窺っている。今のはキアラが敵から助けてくれてたってわけか……。こりゃ探すのはヒスケにまかせて俺らはその護衛をするという形がよさそうだ。


「悪い、ありがとう」


 キアラに礼を言い、剣に手をそえる。

 先ほどまでおどおどしていたティミーだったが、様子を察してか俺ら同様に杖を構え臨戦態勢をとる。


「悪い、魔物たちの事はまかせる」

「もちろんですとも!」


 キアラはヒスケの言葉に対し、気合の籠った声で応じる。一応そう簡単にやれることは無いと思うが、やはり命は懸かっていると思いながら戦わないとな。これは決闘ではなく実戦だ。


「クーゲル!」


 まず手当たり次第にクーゲルを放つと、次々と先ほどのいたちのような魔獣たちが木の上から落ちてくる。それを受けた敵ももちろん黙っていない。

 瞬間、至る所から魔獣たちが飛びかかってきた。

 三人背中合わせになり、お互いの死角をフォローすると、次々に来る敵の攻撃をさばき魔獣どもを消していく。


「うおっ」


 声が聞こえたのでそちらを見ると、まさに魔獣がヒスケに飛びかかろうとしている所だった。


「悪い、離れる」


 一言告げ、ヒスケの元へ突っ走ると、飛びかかる魔獣を真っ二つに切り裂いてやる。


「ありがとう、助かった」

「依頼を受けたのは俺らだからな」


 四方から襲い来る魔獣を、ルーメリア学院で鍛えた剣術で次々と斬り伏せる。学院で真面目にやってたかいがあったなぁ、などとのんきに思っていると、不意に腕に激痛が走った。


「やべ、やらかした」


 腕を見ると、どうもさばき損ねたらしい、一匹の魔獣が深く噛みついてきていた。

 すぐさまそれを振りほどくと、痛む腕をなんとか動かしそいつを切り裂く。

 カルロスとの戦いがなきゃ今頃初めての痛みで悶絶してたかもな……。


「だ、大丈夫アキ!? クラル!」


 ティミーが唱えると、なんと腕の傷がみるみる内にふさがってゆくではないか!

 おお、何度かティミーにはちょっとした傷を治してもらっていたが、これは本格的な草系統の治癒魔術だな! 感動!


「アキまた油断してたなぁ?」


 キアラが茶化すように言ってくる。


「ちょっと余裕かましすぎた、ありがとう、ティミー!」

「う、うん!」


 戦闘は一度ティミーも体験しているからか、学院での教養のおかげか型にはまっている。すっかり魔術師だ。かというキアラもその表情は余裕でありながら、次々と迫り来る魔獣を得意の槍技で圧倒している。改めて二人の凄さを実感だ。

 だが俺もあいつらも同じ九年、さてちょっと本気出すかな。


「フェルドディステーザ!」


 炎の範囲魔術で周りの敵を消し去ると、その赤い炎が周りの木々に燃えうつり、煌々と辺りを照らす。


「ちょ、何やってんのアキ!? 炎属性たるもの自然を大切にって属性違うくても常識だよ!?」


 キアラが焦ったように声を張る。


「大丈夫心配すんなって」


 未だに湧き続ける魔獣どもは、またも俺の息の根を止めてやらんと飛びかかってくる。

 炎の色は赤にしておいたとは言え、あまり放置をしていると本当に大惨事になりかねないのですぐさま己の剣を上に掲げる。


「レウニール!」


 一言そう叫ぶと、周りで音を立てながら燃えていた炎が一斉に俺の剣に集約される。


炎剣リアマ・エペ!」


 炎剣は名の如く剣に炎をまとわせる技だ。利点としては斬撃時に炎の余韻が残り、軽い範囲攻撃になるのと、炎の熱に伴う追加ダメージ増大と言ったところだ。今の場合だと前者の効果が生きる。


 順調に魔獣をさばいていく、どれくらい経っただろうか、遂に恐れをなしたか、際限なく湧き続けていた魔獣たちは姿を消していた。


「はっ? 嘘だろ!? なんだこいつ!」


 ホッと一息をついたのもつかの間、ヒスケの叫び声が当たりに響く。

 まずい、まだ何かいたのか!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る