第四十九話 勝者

「はい、ビート」

「ありがとうございます」


 足元にそよ風が吹いたような感覚が宿る。軽量リヘラの効果は既に消えてるはずだが身体が幾分か軽くなった。素早さを上げる土系統の魔術だったな。アリシアが編入試験の時に使ってくれた。速く動けるようになればかなりやりやすくなるはず。


「クーゲル!」


 いきり立つ敵陣に向けて魔力弾を連射。

 量にして数十発。着弾する度に多量の灰煙が立ち膨らむ。

 その中へカイルさんが身を投じるので俺も後に続かせてもらう。


 カイルさんの狙いは恐らく盲目の中の無差別の攻撃。

 まぁもちろん、俺もそのつもりで打ったわけだけど。


 相手は仲間が多数いるが、こちらはたったの二人。でもだからこそ同士討ちの心配はかなり少ない、すなわち思う存分暴れ倒すことが出来る。対して相手はどうだろう、いちいち顔を確認しなければ無闇に攻撃する事は出来ないだろう。


 煙の中は当然灰一色。その一角、黒い影が浮かび上がるのを捕捉した。

 すぐさま疾駆。ビートにより強化されているので思った以上に早く動くことが出来た。一瞬で回り込み、剣を、叩きこむ。

 足元に人が倒れた。まずは一人。


 さらにもう一つの影。すかさず猛進、心臓の辺りを剣で一突きする。

 一瞬貫通しなかったらとヒヤリとしたが、杞憂だった。二人目。

 そしてその向こう、またも敵の影を発見した。

 

「フォラータ!」


 順調に敵を倒していけそうだと安心したところ、不意に誰かの詠唱する声が聞こえる。

 刹那、辺りに烈風が舞い起こり、煙を全て散らした。

 目の前にはあの眼鏡の男。先ほどの影はこの男だったらしい。反射的に後ろへ飛びのくと、カイルさんの背中にあたる。


「あー、ちょっとやっちゃったねぇ」

「ちょっと詰めが甘かったみたいですね」


 いつの間にか囲まれていたらしい、周りを見渡すと、全員がこちらに向けてそれぞれ武器を構えている。


「甘い。我々九年生をなめてもらっては困る」


 先ほど俺をマヒらせた眼鏡の男がレンズを光らせ立っている。


「なるほど、俺らが倒してたのは全員八年だったってわけね」

「その通り、彼らが君たちの相手をしてる間に周りを取り囲ませてもらったのさ」


 なんて奴らだ。同時に関心もする。この短時間でここまで連携がとれるのは九年生だからこそできたのだろう。

 ざっと数えてみる。敵は七名。どうしようもないんじゃないのこれ……。ウノスゾイレでも使うか? でもちょっとでも動いたら一瞬でやられそうだしな。


「仕方が無いねぇ」


 ふとカイルさんがそう呟くと、耳元で電気が弾けるような音が聞こえた気がした。

 刹那、背中に触れていた感触が消える。

 そして視界の先にはいつの間に現れたのか、カイルさんは例の眼鏡男の前におり、剣を思い切りたたき込んでいた。


 眼鏡男がそのまま崩れ去る姿を呆然と眺めていると、またもやカイルさんの姿が消えた。

 今度は左方、もう一人の九年生の前にいる。

 高く掲げられた剣が振り下ろされ、一発で仕留めた。

 

「なっ、何が起こった!?」

「おい、司令塔もやられたぞどうすんだ!」


 途端、周りを囲む九年生たちがうろたえ始める。


「落ち着け! 司令塔がいなくなったところで俺らの力が無くなったわけじゃない! 攻撃だ攻撃!」


 他の奴らが杖を構えようとすると、またもや一瞬で移動したカイルさんは、二人の九年を怒涛の勢いで斬りさばく。

 永遠に続くのかと思われたカイルさん無双だったが、その勢いはいつまでも続かず、その動きが止まった。


「ごめんちょっと限界だった」


 それだけ言い片膝をつくと、カイルさんはそのまま倒れ伏す。

 なんだったんださっきまでのあれは……。数秒で四人も倒すなんて一体何をしたっていうんだろう。


「くたばれ!」


 呆気にとられていると、視界の端で、人影が槍を構えて何やら出そうとしているのを捉えた。あの九年生、切り替えが早い。

 そう、まだ戦いは終わってない。 敵はあと三人。

 

 先ほどの槍は思い切り空気を貫くと、その切っ先がかたどられた青い炎が俺に向かって突進してくる。

 青か、ぬるいな。


「フェルドクリフ!」


 紺色の炎の壁でそれを防ぐと、いったんそれを放置、まだ突っ立っているあとの二人との間合いを一気に詰め一人にフェルドスフィアを打ち込み沈め、もう一人には剣を払い倒そうと試みる。


「そう簡単に行くと思うな! ネロ・カノン!」 


 虚を突いた攻撃のつもりだったものの、流石は九年生というべきか、刃の方は避けられてしまい水の塊が打ち込まれる。


 衝撃と共に飛ばされる身体。なんとか体制を立て直し、大地に足を付かせる。

 しかし安心したのは束の間、足元から巨大な水球が現れ、身体ごと飲み込まれ地面が遠ざかる。


 まずい、加護のおかげであんまり苦しさは感じないがどんどん身体が重くなっていくのを感じる。ダメージはちゃんとあるみたいだ。

 でも紺色をなめてもらっちゃ困る。


「フェルドディステーザ!」


 炎の範囲魔術を行使。四方に飛び散った紺色の焔は、水を蒸発させながら消散した。

 重力に従い身体が落ちる。膝を曲げ、地面への衝撃を和らげつつ着地。


「馬鹿な!」


 勝ちを確信していたらしい。

 恐らくこいつがこの水を発生させたんだろう、焦燥で顔を歪ませながら水の塊を打ち込んでくる。

 視界の端を通り過ぎる水塊。

 避けるまでも無かった。冷静さを欠いて行使させれた魔術など当たりはしない。こっちも反撃させてもらうか。


「フェルドクリール!」


 紺色の焔が一直線に地を這う。水属性の九年に向かって疾走した炎はやがて対象を呑み込んだ。

 あと一人。

 そのもう一人の九年といえば、どうやら紺色と青じゃ到底勝てないと悟ったらしく素早く俺の元まで間合いを詰めると槍を振りかざしてくる。体術で勝負するつもりだろう。この人が一番戦闘上手だと見た。


 ただ、今の俺はまだビートの効果が継続している。それにこの人、キアラに比べたら槍捌きが全然なんだよなぁ。大ぶりすぎる。もっとスマートにいかないと。 勝ちはいただきましたよ先輩。


 心の中で勝利宣言をすると、槍が一振り、脳天めがけて襲いかかる。

 右足を軸に悠々と回避。ビートは本当にありがたい。

 敵の背中はがら空き。そのまま一太刀に切り伏せる。


『決まりました!! なんとAグループの王者はあの可愛らしい七年生です! アキヒサ・テンデルさん! 本戦出場決定でーっす!!』


 ドッと沸き起こる歓声。

 ふう、なんとかいけたな……。カイルさんには感謝だなほんと。

 でも今思い返してもあの光景は妙だったな。瞬間移動、まさにその言葉が合うけど、はたしてこの世界でそんなものが存在するのだろうか?


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