第四十六話 分家

 まったりと過ごしていた夏休みも終わり、いつも通りの学院生活が再開していた。

 七年生になったら何かが変わるかと思ったりもしていたが案外そうでもなく、変わったのは講義内容と周りの人間の年齢層が少し高くなった事くらいか。

 

 このようにさしたる問題も無くここまで来たわけだが気になる事が一つだけある。あの小太り野郎の所在だ。

 七年になって講義を受け始めてから三日程経つが未だに奴の姿が見えない。ただ進級してる可能性もあるので、それを調べるために今八年の必修講義を覗きに来ている所だ。覗きに来たと言ってもただたんに出口で待ち伏せしているだけなわけだけど……。


「ちょっとアキ?」

「ん? どうした」

「いつまでこうしてんのよ」

「いつまでって、八年の必修講義が終わるまでだ」


 ちなみに今は俺一人ではない。ミアも一緒だ。俺が頼んでついてきてもらっている。


「もう、人を探してるんならこのまま乱入して探せばいいじゃない」

「アホか。そんな事できるわけないだろ」


 ついつい年下と接するノリで言葉を言ってしまったせいか、ミアは顔を真っ赤にさせて目を吊り上げる。


「なっ……! ちょっと、誰に向かってそんな事言ってるの!?」

「わ、悪かったって」


 ちなみに、何故俺がわざわざミアについてきてもらってるのかというと、グレンジャー家の威光があれば面倒事に巻き込まれるという事態を避けられると思ったからだ。


 一応七年とは言えこんなガキだ。もしかしたらあの小太り野郎みたいな奴が突っかかってくるかもしれない。その時にグレンジャー家の名前を出させれば引き下がってくれると考えたのだ。


 ちなみにそのグレンジャー家の正体なのだが、この前図書館などでようやく調べてみたところ、どうやらウィンクルム王家の分家にあたるらしく、最も王に近いしい家で、王家ニアリーイコールグレンジャー家の式が成り立つ程凄まじい威光があるとの事だ。ハイリの所属する騎士団はグレンジャー家によって統括されてるという。


 しっかし我ながらすごい子と友達になったもんだ。そしてそんな子のパンツをしかも意図的に見ちゃった俺は下手すりゃ反逆罪で捕らわれてたのかもしれないな……。


「だいたいあんたは……」

「待て、終わったみたいだぞ」


 ミアが小言を言おうとするのを遮ると、少し不満そうな顔をしつつも話をやめてくれた。

 ざわざわとする音を聞きながらあの小太り野郎がいつ出てくるかと待ち構える。

 間もなくして一人八年生が出てくると、一人また一人と続々と出てきたが、結局最後まであいつの姿は見当たらなかった。


「どうしたんだい君たち?」


 結局何事も無く、ミアにも無駄足を踏ませてしまったなと思いながら諦めて帰ろうとすると、男の人がこちらに話しかけてきた。

 小太り野郎を探している事を伝えると、その人はふむと頷く。


「もしかしたらカーターか」

「カーター?」

「ああ、七年生でマルテル一派で小太りだとすればといえば奴しかいない。俺もつい最近までは七年生だったからさ」


 マルテル一派、カルロスのグループだ。よし、待ち伏せは無駄というわけではなかったようだ。


「ただ、奴はもうこの学院には居ないよ」

「え?」

「自主退学したんだよ。ある日突然」


 自主退学? 一体どういう事だ。


「なんでまたそんな事を?」

「確証はないけど、話を聞いたところでは花壇がどうのこうのの責任がどうだとかだったような」


 花壇? 


「もう少し詳しくお願いできませんでしょうか?」

「そう言われてもあんまり興味無かったから覚えてないや……ごめん」


 先輩は苦そうな笑みを浮かべ頭をポリポリとかく。


「あぁ、いえいえ、ありがとうございます」

「じゃあ俺はそろそろ行くね」


 そう言ってその先輩は去っていった。てっきり八年と言えばいやみな奴ばかりかと思ったりもしてたが案外そうでもないらしい。雰囲気的にはむしろ良い人の方が多そうな気もする。


 しかしあの小太り野郎学院をやめてたのか。しかも理由が花壇がどうのこうのという事はどう考えてもうちの寮での一件だよな? やっぱり罪悪感が芽生えたのか? 確かにあの様子だと何か嘘をついてる感じはしなかったが、恐怖から何もかも吐き出しているという感じもした。一体何が起こっていたんだ?


「ちょっとアキ?」


 考えにふけっていると、ミアが声をかけてきた。


「ん? なんだ」

「なんだ、じゃないわよ! あんたマルテル一派にまだ関わってたの!?」

「まぁ最近は全然関わってなかったけど気になる事があってな」

「ばっかじゃないの!? いいからやめときなさい!」

「そんなにヤバイ連中なの?」


 聞くと、ミアは少し目をそらしてくる。

 前の時もそうだが、どうにもミアはマルテル一派に対して過剰反応してる気がする。だってあの自信家のミアだぞ? グレンジャー家にかかればどうのこうのとか言いそうな気もするが。


「その、ヤバイというか、マルテル家が凄いのよ……」


 ミアは重そうに口を開く。しかしミアが手放しでほめるとはよほどの家なのか?


「どんなふうに?」

「そうね、唯一グレンジャー家に対抗する力を持つ家ってところかしら」


 王家ニアリーイコールのグレンジャー家と対抗できるって、つまりマルテル家もニアリーイコール王家って事になるわけか……。


「マルテル家はこの国の軍を統括してる家でね、グレンジャー家と同じく王家の分家にあたるところよ」


 ……そんな所がの息子と娘が顔を合わせてこの学院にいるとかマジなんなのここ。


「とりあえずカルロスにはグレンジャー家の威光は効果無しって事か」

「そ、そうね……。でもとにかく、あまり関わらない方がいいわ」

「ありがとう、気にかけてくれて」


 なんだかんだでいい奴なんだよなミアはさ。


「べ、別にアキのためにとかじゃなくて……その、そう! キアラのためよっ、何かあったらキアラが悲しむでしょ!」

「そうかい……」


 まぁ誰のためにせよ、それが誰かのためならミアはやっぱりいい奴なんだろう。


「そんなことより、アキはどうするの光駕祭こうがさい

「どうするって、楽しむ、かな?」


 光駕祭というのは俗に言う学園祭のようなものだ。五日間開催されるらしく、少し楽しみにはしている。


「違うわよ、光駕祭で行われる闘技大会の事。七年生以上に出場資格があるの、知らないの?」

「そりゃ初耳だ」

「ほんっとなんも知らないわね……三か月以上もここにいるのに学院の事調べようとか思わなかったの?」

生憎あいにく俺は勉学の鬼だからな、そんな事にうつつを抜かしている暇ないんだよ」


 実際、一人で暇なときは図書館で本あさったり、魔術読本読み返したり、けっこうがり勉君だよ俺?


「まぁいいわ、でどうするの?」


 どうするのって言われてもな……闘技大会とかよく分かんないし。


「優勝したらなんかもらえたりするのか?」

「詳しい事は知らないけど、すごい魔術を覚えられる本がもらえるみたいよ」


 すごい魔術だと? なにそれめちゃくちゃ欲しい。


「マジで? 出たいそれ」

「じゃあ決まりねっ! 早速校長室に行くわよ!」

「ちょ」


 ミアは嬉しそうな笑みを浮かべながら俺の手首をつかんでくると、そのまま校長室へと引きずっていった。

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