第四十二話 念願の剣

「やぁアキ、今日はどこかに行っていたようだな」


 寮に戻ると、アルドが俺の部屋の前で腕を組んで立っていた。なんか久しぶりな感じだな。学年発表以来、アルドは部屋にこもってるかどこかに行ってるかでほとんど顔を合わせられてなかった。顔を見たのって花壇の一件が起こった時くらいじゃないのかもしかして? 飯にも何故か姿を見せなかったし。


「ちょっと買い物にな」

「そうか。楽しめたのかい?」

「まぁそうだな。貴重な体験だったよ」

「なるほど、行ってくれれば僕も早く起きたんだが」


 そういう事か……あまり見てないからと言って割と真面目にアルドの事を忘れてたのは流石に悪かったな。


「悪かったよ。また今度行こうぜ」

「なッ!? 何を勘違いしているんだアキは! 僕はただ、そのなんだ? 純粋にどうだったのかを聞きたくたくてだな……」

「そうか、まぁ別にいいけどさ」

「い、いや別にアキがそこまで言うなら言ってやらない事もないんだ」


 どっちなんだよ……てかなんだその謎の上から目線。


「そ、そういえばその汚れた棒みたいな奴はなんなんだい?」


 アルドの目線の先を追うと、今日買ったあの古びた剣にたどり着いた。


「ああ、これか。なんか農具として使われてた剣らしいけど色々あって買うことになった」


 しかしあの武器屋の店主はほんとひどかったな……。


「なるほど農具か。だからそんなにも汚れているわけだな」


 え? そこなるほどなの? この世界じゃ剣を農具に使うのって当たり前なの!?


「あのさ、変な事聞くけど剣って農作業に使われたりするの?」

「さぁ、僕は聞いたことないが、かたくて鋭ければ畑くらい耕せるものだろう」

「そ、そうか」


 その感性は理解しがたいな……。


「少し大きいな。大人用……? 少し持たせてくれないかい?」

「あぁ、いいけど」


 古びた剣を手渡すと、アルドは少し驚いた表情をする。


「重いな。こんなものを扱えるのか……」

「あれ、そんな重かったか?」


 アルドからその剣を手渡されるがそこまで重さを感じない。普通に振り回せるくらいだ。

 軽いのはてっきりサビて中身がスカスカになってるからだと思ってたんだけど。


「気のせいじゃないのか? サビてるからたぶん中もスカスカだぞ?」

「そ、そうか。まぁいい」


 何故か少し言葉を詰まらせるアルド。何か思うことでもあったのだろうか。


「どうした? なんか言いたそうな感じだな」

「い、いや何もない。アキの方が力が……ではなくそれよりそんなものどうする、とても使えそうには見えないが」


 若干話をそらしたなこいつ……まぁいいや。


「確かにそうだけど一応今から磨いてはみようかと思ってる」

「そうか、邪魔したな。僕も部屋に戻るとしよう」

「じゃあな」



♢ ♢ ♢



 アルドと別れ庭に行き、水で剣を洗い、やすりで地道にサビを削り続けてからけっこう経つ。既に太陽も沈み始めている。あとは砥石で剣を磨けば終わり。

 そして仕上げに砥石で磨くこと数分、取れなかった汚れもあったものの、一応鋼の色は見る事ができる程にまでになった。


「やった終わったよ……」


 誰に言うとでもなく呟くと、胸に達成感がこみ上げてきた。

 いやぁ、あのサビだらけで触るだけで手が汚れた剣が今では見違えたもんだ。頑張ったよ俺。しかも折れてないって事はたぶん普通の剣として使えるって事だよね? もちろん他の奴人の剣に比べれば汚れてるし装飾などもないので見劣りするがこれはれっきとしたマイソード、ついに念願がかなったぞ!


「何してーるの?」


 感動に浸っていると、不意に後ろから呼びかけられた。


「お、キアラ。聞いてくれ、ついにマイソードを手に入れたんだ」

「おお、マイソード!? よかったじゃんっ。どれどれ見せてみ見せてみ?」

「これだ!」


 自信満々にマイソードを掲げるとキアラも「おお」と感嘆の声をあげる。


「もしかしてこれ、買ってたボロっちぃ剣?」

「そうそう」

「ほほぉ、見違えたねぇ」

「だろ? けっこう頑張ったからな」


 好反応が嬉しくてうんうん頷いていると、キアラはいたずらめいた笑みを浮かべだした。


「ねぇ、ちょっとだけ打ち合ってみない? 槍持ってくるからさ」

「お、いいね。俺も早くマイソードを使ってみたかったところだ」

「オッケーきまりだねっ、じゃあちょっと待ってて、すぐとってくるから」


 そう言いキアラは寮の中へと駆けていったかと思うと、ものの数十秒で目の前に現れた。


「おまたせ!」

「うお」


 思わずすっとんきょうな声を出してしまった。こいつどこから来やがった?


「……なるほど」


 上を見上げてみると、寮の二階の窓の一つが開いていた。どうやらそこから飛び降りたらしい……マジなんなのこの子。


「じゃあこれかぶって」


 そう言ってキアラが手渡してきたのは風船のついたシンプルな丸いかぶとだった。


「これどうしたんだよ」

「投げ売りされてたガラクタでなんか面白そうだから作ってみたんだ!」

「ほう」


 この世界でこんなバラエティで見るような物を見るのは新鮮だな。てかいつの間にそんなもん買ってたんだこいつ。


「上の風船を割った方が勝だからね。それじゃ、さん、にー、いちで始めよっか!」

「了解」


 俺が頷くと、キアラがカウントダウンが始める。自然と口元が緩んでしまうのは久しぶりなこの感覚に高揚感でも覚えているのだろうか。再三言うようだけど、俺はウィーアースポーツのチャンバラガチ勢だ!


「さん……にー……」

「「いち!」」


 最後は俺も気合をいれるために数字を言うと、すぐさまキアラの風船めがけて剣を払う。

 しかしそう簡単に当てられる訳も無く悠々と槍でそれを防がれてしまった。

 一瞬剣が折れたりしないかヒヤリとしたが、とりあえず今のところそんな気配は無さそうでよかった。


「甘いよっ」


 そのまま刃がはじき返されると、今キアラの槍が俺の風船めがけてまっすぐに貫かれそうになるので、なんとか剣の刃をすべらしそれを受け流すと、片方の足を軸に背後に回り込む。

 そのまま斬撃を叩きこむが素早くそれにも対応され、また防がれてしまった。


 金属と金属のぶつかる音が辺りに響き渡る。もう何合打ち合っただろうか、隙を見せずこちらの仕掛ける攻撃に素早く反応してきたキアラだが、ここでようやく体制が崩れた。


「ここだ!」


 のけぞるキアラの風船めがけて剣を払うと、その風船は音を立てて割れた、のと同時に頭上からも同じように風船が割れた音がし、俺まで体制をくずしてしまった。


「え?」


 キアラの槍に目を向けるとどうやらその切っ先は俺の頭上に伸びているらしい。間際に一突きいかれたようだ。

 そのままなすすべもなくキアラと共に倒れ込む。

 目を開けると、キアラの顔がすぐ目の前にあり、きょとんとした表情で俺を見つめていた。待てこれ、今俺キアラに覆いかぶさって……。


「うお、わ、悪い」


 慌てて跳ね退くと、キアラもゆっくりと起き上がり女の子座りをした。その頬を少しばかり赤みを帯びているようだ。怒ってるたりするのだろうか……。


「う、うん。大丈夫……」


 キアラにしては少し控えめな声だ。


「マジでごめん、ケガとかないか!?」


 慌ててたずねると、何がおかしかったのかキアラはクスリと吹きだす。


「な、なんだよ……」

「いやだって、ここ学院内だからケガとかしないよ?」


 ああ、そういえばそうだったな。なんか自分がひどくアホらしい……。とりあえず怒っては無かったようなので良かったがほんと、この身体じゃなかったら通報もんだったな。


「でもま、ありがとっ」


 その無邪気な笑みに思わず心を打たれる。可愛い、というのもあっただろうがもっと何か特別な……。


「おや? アキヒサさんまた照れてますなぁ?」


 そう言うとキアラはいたずらめいた笑みを浮かべ、俺の頬をつついてくる。それはやめろ、冗談抜きでかなり気恥ずかしい。

 逃げるように首をうねらせると、とりあえず気を紛らわすために適当に話を振る。


「ま、まぁなんだ、キアラは強いな。まさか引き分けにまでさせられるなんてさ」


 応用剣術も受けてけっこう自信はあったんだけど。元の世界では滅茶苦茶ウィーアースポーツリゾートのチャンバラやり込んでたしね!


「アキこそ、こっちは十数秒で片付ける予定だったんだけどなぁ?」


 キアラは挑戦的な笑みを浮かべる。こりゃ油断してたら一瞬でやられたな。


「そりゃよかった。退屈はさせなかったみたいだな」

「うん、楽しかったよ。またいつかやろうねっ」

「ああ、今度は負けないからな」

「こっちこそ負けないよっ」


 そうしてしばらく談笑した後俺らは寮に戻った。実に充実した日を過ごせたと思う。

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