ルーメリア学院 光駕祭編

第四十三話 内気なお嬢様

 この学院に来てから三か月程経ちすっかり学院の生活にも慣れた。四季は移り変わるもので最近は入学当初に比べて暑い日が続いている。炎属性の宿敵夏だ。とは言っても東京ほど蒸し暑くは無いし、炎属性だから体温が高いとかいうのも無いのでさしたる問題もないのだが、まぁあれだ、気分的なモノだな。


「ねぇ、進級試験って受けるー?」


 魔法基礎Ⅰの講義に向かう途中、キアラは俺にそんな事をたずねてきた。


 進級試験、その名の通り年に三回ほど開かれる学年を昇級させるための試験だ。そして卒業するためには避けては通れない関門である。無論、卒業する気の無い連中は受ける必要はないのだが、まぁまずそんな奴はいない。


 このルーメリア学院は知っての通りこの王国では知らぬものはいないと言うほどの名門校。ゆえにこの学院を卒業した者は一定のステータスを得ることになる。卒業できれば働き口からは引く手あまた、中には王のお付きになった人までいるという。


 すなわちこの学院の卒業イコール将来の安泰につながるというわけだ。


 そしてその卒業するために必要な、年に一度行われる卒業試験は当たり前と言えば当たり前だが九年生にしか受ける権利が無い。


 ただそれだけに卒業到達率は非常に低いらしく、聞くところによると一割程度だとかなんとか……。この学院は十八歳を過ぎると在籍する権利がなくなる。つまり九割は卒業できずに終わるという事だ。


 ちなみに八年生以上になってもある程度ステータスは得る事はできるらしい。ほんとすごいよなこの学院……。


「まぁ一応受けてみるつもりだ。どんなもんか知りたいし、あわよくば進級するのもいいし。でもそう簡単に行かないんだろうけどな」

「だよねぇ。まだ三ヶ月くらいしかここで勉強してないのにそう簡単に行けるもんじゃないかー」

「しかもこの歳で六年生ってそういるもんじゃないらしいからな。ただでさえ普通より上に行ってるのにそのさらに上に行くとかまぁ無理だろうな」


 現在に至っては俺とキアラとミアくらいのもんだ。


「まぁ気長に頑張っていくとしますかっ」

「だな」


 その時、ふと後ろから視線を感じたので振り返ってみると、一瞬だが赤い尻尾を確認することができた。

 こいつ、いつまで続けんだそれ……。


「悪い、先行っててくれ。少し忘れ物をした」

「オッケー」


 快く承諾してくれるとそのまま手を振りながら大講義室へと歩いて行った。

 キアラが行くのを確認し、髪の尻尾が隠れた方に歩くと、案の定そこには壁に背中をつけているミアの姿があった。

 仕方ない、一肌脱いてやるか。


「ミアお前さぁ」

「ひゃっ……ア、アキ!?」


 肩をピクリとさせたミアは、慌てた様子でこちらに顔を向ける。


「キアラと仲良くなりたいんだろ?」

「なっ、何を言ってるの!? べ、別にそんな事、ないわよ……」


 頬を朱に染めあからさまに目をそらすミア。言葉もどんどん尻すぼみになっていく。もろ図星だな。


「いやお前、今日に限らず魔法基礎の時はけっこうな頻度で今みたいな感じの事してたよな。もしかして何か月もそんなストーキングまがいの事をしてたんじゃないのか?」

「そ、そんなわけないでしょ!? 二か月と半月くらいよ!」


 おい嘘だろ。お前がそうしてるのに気づいたの一週間くらい前からだったんだけど?

 冗談のつもりで言ったのにまさかそんな答えが返ってくるとは、最初気づいた時、恥ずかしがり屋さんなんだなぁ、けっこう可愛いとこあるじゃないの~とか微笑ましく思ってたのに今ので全部恐怖に変わったよ? だってほんと、一週間前まで一切気配感じてなかったもん。


「な、なによ……」


 半ばミアの所業に引いていたが、そこは超純粋ピュア少女が可愛くも不器用な事をしちゃっただけと解釈を変えて気を持ち直す。


「まぁなんだ、とにかく仲良くなりたいんだな?」

「その……ま、まぁ……なりたい」


 ミアは俯きがちになりながらもこちらを上目遣いで見上げてくる。何この子やればできるじゃないの! 可愛いねぇ最高!


「よし。なら行くぞ、お前も魔法基礎受けるんだろ? キアラはいい奴だから心配するな」

「う、うん……」


 行くぞと促すと大人しくついてくるミア。

 やれやれ、いつも今みたいにしおらしくしてれば将来には困らないだろうに勿体無い。


 ミアと共に大講義室に着くと、キアラはすぐこちらに気づき手を振ってきた。


「おや? おやおや~?」


 キアラの所へ行くと、すぐさま俺が誰かを連れてきているのに気づいたようで、ミアをまじまじと眺め始めた。


「え、えっと……」


 キアラにじっと見られてか、ミアは棒立ちになって動かない。

 というかこの子なんで俺の時はあんな馴れ馴れしくしてきたのにキアラの前だとそんな緊張してんの? あれか? 炎属性と水属性は相対属性だから複属性になる事はないからなのか?


「もしかしてアキの彼女さんかな?」

「なっ……! ち、違うわよ!?」


 キアラはいたずらめいた笑みを浮かべ、唐突にそんな事を言いだすのでミアはあたふたしながらそれを否定する。

 てか何いきなりそんな事聞いてんだよこいつ……。


「おや? もしや既に一生を誓い合った仲だったり!?」

「へ!?」


 今度はそんな突拍子の無い事を聞いてくるので、流石のミアもキャパオーバーしたらしい。小さな悲鳴を上げると顔を真っ赤に染め、頭から湯気を出して立ったまま動かなくなってしまった。

 

「おいキアラ……」

「あはは……ごめんごめん」


 とがめるように名前を呼ぶと、キアラは困ったような笑みを浮かべながらを頭をく。


「おいミア」

「え……ア、アキ?」


 試しにミアの目の前で両手同士を強く叩いてみると意識を取り戻させることに成功した。猫だましさんマジ有能。


「あっ。そ……その、あれよ!? アキとはそんなんじゃないからね!? たまたま魔術の講義が一緒ってだけで……」


 先ほどの事を今思い出したか、全力で否定しだすミア。


「ごめんごめん、さっきはちょっと悪乗りしすぎちゃった。私はキアラ。キアラって呼んでね」

「あ、わ、私はグレンジャー家のミア……あの、えっと、よろしく」


 ここまで歯切れ悪く言われたらあまり偉大な感じがしないなグレンジャー家。


「グレンジャー家ってもしかしてあの!?」

「そ、そうね」


 ふむ、キアラのこの反応。やっぱりグレンジャー家ってすごいのか……なんだかんだ調べてなかったから調べておかないと。いやもしかしたら今盗み聞けば色々分かるかもしれない。


「へぇすごいよ~、ねぇねぇ、ご飯とかどんな感じなの!?」


 ああ、それ聞くのね……まぁいいや。

 その後、しばらく二人が話しているのに耳を傾けていると間もなく講義が始まった。

 最初こそぎこちなかったミアだが、キアラ特有の人を安心させるような特別な何かのおかげか、次第に自然な感じになると最後にはすっかり打ち解けた様子だった。



♢ ♢ ♢



 ミアとキアラが仲良くなって二週間ほど経つ。俺達は試験会場の前に来ていた。俺とキアラは元々受けるつもりだったが、ミアも進級試験を受け事が判明し、今一緒だ。


 試験会場は学院の施設でそのまま試験会場と呼ばれる。大きなドーム型の建物で、かなりの大きさだ。

 ちなみに進級試験を受けられるのは六年生だけではないが、学年によって行われる日時が違うので今ティミーたちはここにはいない。ティミーとアリシアは明後日、アルドは四日後にあるらしい。

 

「ねぇミア、試験ってどんな内容なの?」


 確かにキアラの言う通りそれは気になるところだ。編入試験と同じ形態で魔物と戦ったりするのだろうか?


「それがここの試験って内容がいつも一定なわけじゃないから私にも分からないのよね……。ちなみに私が六年生になるために受けた試験は迷路だったわ」

「迷路?」


 意外なワードに思わず聞き返す。


「そうよ、迷路って言っても魔力痕を感じ取って進むだけの簡単な物だったけど。七割以上が脱落したって聞くけどほんとかどうかは疑問ね。もしほんとなら落ちた奴の気が知れないわ」

「なるほどな……」


 ミアはかなり優秀なんだろうからな。実際七割以上が落ちるような試験なんだからそう簡単にクリアできるものじゃないはずだ。見学がてらに受けるとはいえ一応しっかり気を引き締めないと。



 

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