第三十三話 先輩

 あの闘技場のような場所から校長室に戻った俺達は、仁王立ちする校長の前に立っていた。


「まぁ今回の試験の総評としてはだな……」


 かたずをのみ込む音がどこからともなく聞こえる。


「まさかあれだけの敵を全部倒すほどとは予想外だった。特にアキヒサとキアラに関しては群を抜いていたな。勿論他の者たちも果敢に戦ってくれたぞ。普通十二歳の少年少女が魔物を前にして立ち向かうなどそうそうできるものではないからな」


 かなりの好感触のようなので自然と皆の顔がほころぶ。


「というわけで、学年を発表する。これに関しては他の先生とも協議した結果だ」


 少し浮ついた空気だったが、その言葉でまた元の緊張した雰囲気に戻った。


「アキヒサ、キアラは六年、ティミー、アリシアは四年。アルドは三年だ」


 まじか、てっきり全員一緒なのかと思ってたんだけど。


「別々なんですか?」

「そうだ。個々の能力で判断させてもらった」


 まさか聞き間違いでは無いだろうと思いつつも聞き返すが、やはり無駄だった。


「なるほど、ありがとうございます」


 皆と一緒が良いとか駄々をこねるわけにもいかない。この事実は受け入れざるを得ない。

 何気なくティミーの様子をうかがってみるがさしてどうという感じでもないのでとりあえずは安心する。

 でも本当に大丈夫なんだろうな? まぁ幸いな事と言うべきかアリシアも一緒だしなんとかなるか……。


「さて、生徒手帳は持っているか君たち」


 学院に来る前にワードさんから生徒手帳を忘れるなと口酸っぱく言われたので皆しっかり持っている。

 全員が取り出したのを確認した校長は、それを渡すよう俺達にうながすと、何やら唱えだし、それに呼応するように各手帳が光を帯びると宙へと浮く。


「すごい」


 キアラが感嘆したように声を上げる、他もその光景についつい目がいっているようだ。

 やがてその手帳はそれぞれの手元に戻る。


「念のため魔力照合。それと学年の証明を刻んでおいた」


 見てみるとあの虎の様なエンブレムの周りに星マークが六つ刻まれている。恐らくこの星の数が現在の学年の数と一致するのだろう。


 入寮会で知ったのだが、あの門番も言っていた魔力照合と言うのは本人確認のようなもので、これをもらった時にこの手帳が魔力を吸い取ってきたのはそれに利用するためだったらしい。手帳と本人の魔力が一致すれば確認完了という具合だ。故に元いた世界と同じように学生証は身分証明書にもなるのでかなりの便利グッズである。


「大事なものだから失くさないようにな。あとこれも目を通しておけ」


 そう言われ一人一人渡されたのが薄い本だった。もちろん同人誌なんてはずもなく表紙には『講義総目録』といったことが書かれている以外何も書かれてはいない。


「ここには学院で行う講義の一覧が載っている。知ってるとは思うがここは基本的に選択制の授業形態をとっている。無論、その選択肢には授業を受けないという選択も入っている。全ては君たちの自由だ。もっとも、何も受けずして卒業した者などおりはせんがな」


 そういえば入寮会でも言ってたな。まさか本当とは思っても無かった。


「あの、質問よろしいでしょうか」


 改めて異世界の学校なんだなと実感していると、アリシアが校長にたずねた。


「よし聞こう」

「ここにはクラス分けとかは無いのですか? ここに来る前に通っていた地方の学校ではあったので」

「ああ。この学院は生徒の自主性に重きを置いているからな。それと選択制でもあるからあまり分けたところで大した意味を成さないという理由もある」

「なるほど、ありがとうございます」


 アリシアはどこかの学校に通っていたのか。この世界での普通の学校というのも気になるからいつの日か聞いてみよう。異世界の学校は全部こういうのかと思っていたがそうでもないらしいからな。


「さて、私はこれから会合があるゆえ席を立たねばならない。今日も何個か講義もあるはずだから試しに参加してみてはどうだ?」


 校長が部屋から出るよう俺らを促すと、どこかへと姿を消した。


「何故だ!」


 校長がいなくなるやいなや突然アルドが叫び出すので心臓がひっくり返りそうになる。


「なんだよ一体」


 不服の声を上げると、半べそかきながらアルドが俺の肩を揺さぶりだす。


「どうして、どうして僕が一番下の学年なんだぁぁああ!」


 うわぁ面倒くさ……。脳みそがミキサーされそうだったのでとりあえず適当に励ましてやろうと声を出そうとするが、それよりも早くアリシアが口を開いた。


「当たり前です。そもそもアルドさん、あなたまともに戦ってないですよね? やったことと言えば最後のクーゲルくらい……僕の剣さばきに酔うとかどうとか言ってましたけど正直屈みながらツンツンするのが剣さばきだとは思えなかったんですが。ほんと、情けない事この上なかったです」

「確かにアキみたいに格好良くなかったかも……」


 ズバズバとよく斬れるアリシアの刃の上にティミーの強力な魔力が合わさって大きなダメージ受けたらしい、アルドはすっかり脱力した様子で三角座りをしていた。そういえば何気に俺の事ほめなかったティミー? やだなぁアキヒサ照れちゃう~。

 てかこいつばっちり聞かれてたんだなあの恥ずかしいセリフ……。


「く、もういい! 絶対に追いついて先に卒業してやるからな! 今に見てろよ!」


 いきなり立ち上がり俺に指をさすと、そう言い残しアルドはどこかへ走り去っていった。まったく、感情の起伏の激しい奴だ……。


「で、どうする? いろんな講義やってるけど学年によって受けられるのが違うらしいよ」


 まったくアルドの事など眼中にないという風に、キアラは講義総目録を目に通しながら俺らにたずねてくる。それにならって俺もその本に目を落としてみると、確かに学年ごとに受けられるリストのページが変わっている。四年だと薬草学基礎だが六年だと応用薬草学Ⅰといった具合だ。一応下の講義なら受けられるみたいだけど。


「いろいろあるんだな」

「なんかちょっとだけ大学みたい」

「大学?」


 この世界にも存在するのか……あまり気持ちの良いワードじゃないな。まぁ自業自得なんだけどさ。


「え、あぁうん……あ、槍術とかもあるじゃん!」


 少し尻すぼみに言うキアラだったが、突然嬉しそうに目を輝かせる。俺も見てみると、槍術だけじゃなく剣術やら弓術やらそれ以外にも様々な武器を扱うような講義があった。ちゃんと基礎も応用も受けられるらしい。何か受けてみてもいいかもしれない。

 そこへ、何かが唸るような音が聞こえた。どこから聞こえたのかと周りを見渡すと、何故か皆の目線が俺に向いている。


「アキお腹すいてたんだね」


 ティミーがクスリと可愛らしい様子でそう言う。なるほど俺の虫が鳴いていたのか。確かにけっこう腹減ってるわ……。


♢ ♢ ♢


 この学院には食堂もあるという事なので俺達はそこへ行ってみることにした。


「お、大きいお兄さんやお姉さんたちが、いっぱい……」


 食堂に入ると、ティミーが泣きそうになりながら周りを見渡していた。彼女の言う通り、学食の大半は高校生くらいかそれ以上の人達しかおらず、俺達だけが異分子のように感じさせられる。


「チッ、邪魔だな……」

「あ、すみません」


 アリシアが誰かと話しているようなので目を向けてみると、小太り気味でいかにも性格の悪そうな男がアリシアを見下げていた。高校生くらいのガキか。


「ほんとにそう思ってるのかガキ?」

「本当にすみませんでした」

「あ? そんなんじゃ聞こえないぞカス」

 

 そう言いながらアリシアを押して転ばす小太り野郎。

 何があったのかは知らないけどどう考えても向こうが突っかかってきてるんだよねこれ?


「先輩、でいいと思いますけど。ここまでしたらどう考えても先輩が悪いですよね」

「あ? なんだガキがこんなところに。な、何年だよ?」

「六年です」


 そう言うと一瞬うろたえかけていた小太り野郎だったが、いやらしく口角を吊り上げる


「生憎僕は七年なんだ……誰に向かって口をきいてるんだ?」

「だから先輩、って言ってるじゃないですか」

「先輩にそんな口を利いてもいいと思ってるのか!」


 殴りかかろうとしてくるので加護のおかげで痛みは伴わないが反射的に身構えると、突如かかった低い声がそれを制した。


「やめねぇか!」

「ボ、ボス!?」


 余裕の笑みを浮かべていた小太り野郎だが、急に動きを止め真っ青に血相を変えた。もしかして助け舟だろうか?


「遅いから様子を見に来れば……一つ学年が下のしかもこんなチビの相手に殴りかかるとは俺の顔に泥を塗るつもりか?」


 声の主を確認してみると、ツンツンとした髪の男が小太り野郎を睨み付けて立っていた。頬の傷が一層凄みを際立てている。


「ひぃ、すみません……そんなつもりじゃ……た、ただあまりにもこいつらが生意気だったもんでして」


 わずかに間が置かれる。


「まぁいい、このガキ共が無礼をしたっていうなら、この学院らしく決闘モバラザで決着つければいいだろ?」


 その男はそんな事を言いだすと、ニヤリと口を歪めた。

 残念ながら味方ではないらしい……。



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