第二十七話 王都から
学校の話があり五日ほど経った。ついに俺達は出発の時を迎える。寮生活と言う事で色々な荷物が必要だったが、それは既に運送便で送っている荷物は幾らか軽い。それでもけっこうな量には変わりないけど。
「うぅ……達者でなぁ二人とも」
情けなく泣きながらベルナルドさんが別れの言葉を言う。
「いってきます」
「学校……学校……人がいっぱいいるところ……」
ベルナルドさんの姿に半ば呆れながら返事する俺に対して、ティミーはそれどころではないらしくさっきから学校という言葉を連呼している。生まれてからずっと村可出てないティミーにとっては不安の方が大きいのだろう。この子こんなので大丈夫かな……。
「二人とも、もう一回抱かせてくれぃ!」
「もういいです」
ばっさり切り捨ててやると、ベルナルドさんはさらに泣きわめく。
「そんな事いうんじゃあねぇよぉ! いいじゃねぇかよお!」
なおも俺らを抱きかかえようとするベルナルドさんを手でぐいぐいと制す。
いやだってこれで何回目よ? 五回目くらいじゃないの? 流石にもういいわ……。逆に四回もおっさんに抱きかかえられるのを我慢した俺を称賛してほしい。
「アキの野郎めぇ……。く、ティミーちゃんはいいよな? な?」
息を荒げ、すがるようにティミーへ目を向けるベルナルドさん。ティミーといえば対象は違うかもしれないが怯えた様子だ。これ完全に絵面がアウトなんですけど。
「馬車がきたみたいよ」
そこへ、ヘレナさんの声がかかった。見ると確かに馬車がここまで向かってきていた。
犯罪的なベルナルドさんからティミーを守るためにも、すぐさまその手を引いてヘレナさんの元へと行く。王都までは遠いのでヘレナさんがついていってくれる事になっているのだ。
「気をつけて行けよぉ!」
「気をつけてねぇ」
「ファイトじゃぞぉい」
村の人達が口々に見送りの言葉を贈ってくれるので俺もちゃんとそれに返答する。
「ありがとうございます!」
「ほら、ティミーも」
「はぅ!?」
ヘレナさんに言われるとティミーは我に返ったようで可愛らしい声を上げると村の人達にペコペコとお辞儀をした。しばらくこの村ともお別れだ。
激励の言葉をくれる村の人達を背に俺らは馬車に乗り込んだ。
♢ ♢ ♢
馬車を乗り継ぎ約二週間。まさか本当にここまでかかるとは思って無かった。と言っても二十四時間馬車に乗りっぱなしなんて事はなく、途中で教会の宿泊所やら宿駅の宿泊所やら関所の宿泊所やらに泊まったりはしている。
旅はあまり快適とは言えなかったものの、ようやく王都のすぐそばまで来ていた。
「はぁ……」
「お疲れのようね」
「まぁそうですね……次で馬車移動生活から抜けられると聞いて安心してます」
「ふふ」
ヘレナさんが可笑しそうに笑う。よくそんな笑える余裕がありますね……。昔の俺は馬車の旅って優雅なもんなんだろうなとか思っちゃってたりしたが実際はそんなことは無い。揺れるしうるさいし人が缶詰め状態の時もあるしで満員電車よりひどかったかもしれない。
その上途中の宿泊所とか宿とは言えど個室ではないところが多く、大広間で雑魚寝状態を何度も経験した。いびきのうるさいのがいた時は思わずキレそうだったね。俺がもし酔い体質の人ならノックアウトだっただろうな。
「見えてきた」
ヘレナさんが言うので俯かせていた顔を上げると、日本では考えられないような大きな石造りの城壁が目に飛び込んだ。
なんというか、壮観だ。
「……すごい」
ティミーもかなり驚いた様子で城壁を見ている。
やがて間もなく城壁の手前にある橋の始まりところで馬車が止まると、ようやく狭苦しい空間から解放された。背伸びしながら周りの様子を観察してみると人でにぎわっており、橋の上にはちらほらと出店も確認することができる。
さらには橋の向こうには大きな門があり、その上辺に何本もの重々しい金属の柱が見える。降ろして封鎖するためだろう。
「村じゃ見られない人の数でしょ?」
「ほんとそうですね」
何気ない会話をしながら門をくぐり、しばらく城下町を進んでいると、真ん中に噴水のある大きな広場にたどりつき、多くの人でにぎわっていた。家族連れや老夫婦、犬と走り回る子供など様々だ。
「見てアキ! 水が出てるよ!?」
「水だな」
ティミーはどこからそんな元気が出るのかは知らないが幼子のように大はしゃぎだ。
噴水ぐらいさして珍しくはないはずだけど村には無かったからな。箱入り娘のようなティミーにとって風変りな物だったんだろう。
「とりあえずあそこから馬車が出てるから……」
ヘレナさんがそんなことを言い出すのでげんなりとさせられる。
まだ乗るの馬車?
「またですか」
言うと、ヘレナさんはつつまし気に笑う。ああ聖女様がいらっしゃった。
「ふふ、大丈夫、今回はそんなに移動距離もないから」
「そうですか……」
できればもう乗りたくないな……。
♢ ♢ ♢
町中だからか、存外今までよりは乗り心地が良かった馬車に揺られること十数分、ウィンクルムギルド本部という場所まで来た。ヘレナさんはここの案内窓口的なところでなにやら話している。
このウィンクルムギルド本部というのは王国の総合案内所みたいなもので、郵便物の受け渡しや観光案内、冒険者の仕事の斡旋、それどころか一般人の仕事の斡旋も行っているらしく、その他にもいろいろな手続きをしたり憩いの場があったり装備品を取り扱う店があったり……まぁなんだ、とりあえず困った時はここに来れば万事解決! というような場所だ。
しかし冒険者ってファンタジーの世界でよく聞くけど一体何してんの? 宝でも探してるの? でも仕事の斡旋とかされるくらいだしただの便利屋か? 前者も現実逃避みたいで嫌だけど後者だったら絶対なりたくないな。たぶんあれだよ、クレームとかも言われるんだよ? 全然問題は無いはずなのに嫌な客が仕事が遅いだとか接客態度がどうだとか、最終的には最近の若者は云々。あの時だけは本当に面倒くさかったな。バイトなんて高校のうちにすべきじゃないね。なんであの時の俺は若くして社畜スキルを上げようと思っていたのか
「ねぇアキ」
冒険者について考えたせいで昔あった事を思い出しげんなりしていると、ティミーが不意に声をかけてきた。
「ん、なんだよ」
「なんか楽しいね」
そう言って笑うティミー。なんだよそれだけかよ……でも可愛いからオッケー!
そこへ、何やらを話していたヘレナさんがなぜか手袋をつけて戻ってきた。
「はいこれ」
そう言って渡してきたのは虎の様な獣のエンブレムのついた手帳だ。
それを受け取ったその瞬間、その手帳に何か吸い疲れたような感触を手に感じたので思わずそれを地面に放り出してしまった。
「うわ、なんだこれ!?」
「ひっ」
ティミーも同じように感じたのか、怯えた様子で泣きそうになりながら手帳を握っている。
「ったく、みっともないなぁ。魔力をちょっと吸い取られたってだけだろ?」
そう言いながら俺の手帳を拾い上げるのはよく見知った人。なるほどウィンクルム騎士団所属なのだからいてもおかしくはないな。格好も前のようにラフな格好ではなくちゃんと正装だ。とは言えあの重そうな鎧をまとっているわけではなく、割と身軽に動けそうな印象だ。装備にも色々あるんだろうたぶん。
「あらハイリちゃん」
「久しぶりヘレナさん」
いつものように軽い調子でヘレナさんに挨拶すると、ハイリはニヤニヤしながら俺に手帳を手渡す。
「しっかしアキもまだまだ子供だなぁ……びびりすぎだぜ?」
「うるせぇな……」
ぶんどるようにそれをとると、手帳をパラパラとめくってみる。うんうんなるほど、校則とかも載ってるんだな。ということはルーメリア学院の生徒手帳だろうか、どこかに学校名が……ああ別に恥ずかしいとか思ってないからね?
「ハイリ久しぶりー」
「よっ、ティミー」
嬉しそうにを話しかけるティミーに笑顔でハイリも応える。
「で、仕事サボって何ほっつき歩いてるんだよ」
「ほっつき歩いてるとは聞き捨てならないな。わざわざ仕事投げたついでに入学祝いを言いに来てやったんだろ?」
ちゃんとサボってるのは事実なのね……。しかもついでって言葉出た気がするんですけど。
「見つけたぞハイリ!」
「げっ……隊長」
そこへ声がしたのでそちらを見ると、強盗団事件の時お世話になり、また学院についての事を提案してくれたハイリの隊長、アレン・バリクさんが立っていた。
「早く持ち場に戻るんだ」
「ご、ごめんって! とりあえず頑張れよ二人とも!」
呆れたようにバリクさんに言うと、ハイリは矢継ぎ早にそう言って慌ててギルド本部から駆け出した。
「やれやれ」
隊長はすっかり疲れた様子で溜息をついている。
そのまま去ろうとしたバリクさんだが、こちらに気付くと笑みを浮かべ近づいてくる。
「アキヒサ君、もう来てたんだね。どうだい? 王都は」
「あまりに人が多くて目を回しています」
言うと、バリクさんは爽やかな笑い声を上げる。
「ハハハッ、そっかそっか。そうだよね。僕も村出身なんだけど、始めてきた時は同じ感じだったよ」
へぇ、バリクさん村出身なのか。ちょっと意外だな。ハンサムで高貴な感じがにじみ出てるからてっきり良い家の出の人かと思ってた。
「あ、そういえばこの度は学院の事、ありがとうございます」
学費は騎士団が出してくれるという事なのでお礼は言っておかないとな。
「いやいや、本来ならもっと良い待遇を受けられるはずだったのに、むしろこんな形でしかお礼できなくてごめんね。他にも何かできればとは思ってるんだけど」
「いえそんな。これだけでも充分ありがたいですよ」
「そう言ってくれると少しは救われるよ」
バリクさんが弱々しくほほ笑むと、今度はティミーの方へと顔を向ける。
「こちらはティミーちゃん……だっけ。覚えてる? 大きくなったね」
「は、はい! あの、あの時は、あ、ありがとうございました!」
顔を真っ赤にさせておどおどしくお辞儀を何度もするティミー。まだまだ人見知りは治らないよな……まぁ俺の後ろに隠れなかっただけ成長したというものだ。ちょっと残念だけど。
そんな様子に苦笑いしながらもバリクさんはヘレナさんとも挨拶をかわすと、仕事に戻るらしくギルド本部を後にした。
「じゃあそろそろ私も行かないと。ティミー、アキ君。頑張って。生活に必要な荷物とかは寮に送られてるはずだから安心してね。あとここからルーメリア学院の馬車が直通してるからそれに乗るのよ?」
「はい」
ここからは俺達だけで行くことになっている。ヘレナさんは帰りの馬車との関係とかがあるらしく別れなくてはいけないのだ。
「も、もう行っちゃうの?」
不安そうな様子で見つめるティミーにヘレナさんは無言で頷く。
「そ、そっか……またね」
ティミーは寂しそうにはにかむ。
ヘレナさんも少し思うところがあるのか、ほんの少しその瞳は揺れるが、すぐに微笑むと優しく言う。
「またね。ティミー。アキ君も」
「はい。また」
そしてヘレナさんもギルド本部を後にした。
やはりひと時とはいえ別れは寂しいもんだな。
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