第二十一話 守るべき人

 ティミーへ向かうべく疾走すると、迫りくるのは植物の根。


「クーゲル!」


 魔力弾を放つと、煙と共に根が消失する。

 だが休む暇もなく左右から鋭い植物の蔓が、強襲。


「フェルドゾイレ!」


 俺は即座に詠唱すると、二本の火柱が蔓を燃やし尽くす。同じ魔術とは言え、同時に出すなんてやったことが無いから不安だったが成功してよかった。ハイリが飛ぶ時魔術を同時放出しているようだったから、もしかしたらできるんじゃないかと思ったのだ。


 ティミーへ近づくべく疾走すると、再び襲い来る根が足を払わんと肉迫。

 咄嗟に跳ねるが、僅かに足を掠めて派手に転げてしまった。

 だが子供の身体であったおかげか、回転してまた体勢を取り戻す事が出来る。


「くっ……」


 なおも迫りくる植物の蔓や根。今度は四方から迫って来ていた。


「フェルドディステーザ!」


 紺色の炎を周りにさく裂させれば、迫りくる植物は全て炭になった。やはり紺色というのは相当威力が高いらしい。これならいける。

 ティミーとの距離が近づくと、いよいよ最後の砦なのか、身の丈の二倍はありそうな巨大な根が正面から突っ込んで来た。

 俺は少しでもその差を埋めようと、跳躍。


「フェルモストロ……」


 詠唱しようとした刹那、突如として視界が開ける。同時に、黒い感情のようなものが正面から俺に押し寄せてきた気がした。

 どうやら巨大な根は分裂し、俺の進路を阻むことをやめたらしい。

 目の前ににいたのは虚ろな目で佇むティミーだった。


――駄目だ、これを発動したらティミーに当たってしまう!


 詠唱を止めると、俺の目の前に幾何学が出現。しかし俺の身体は丸腰だ。

 クソ、意思を持った魔力だけあって悪知恵が働くってか。病魔と呼ばれるだけはありやがる……!


「ッ……!」


 転瞬、幾何学から水の塊が襲い来る。

 成すすべなくぶち当たると、全身に痛烈な、衝撃。

 水しぶきの向こうのティミーに手を伸ばそうとあがく。だが伸ばした手は当然届かない。


 瞬く間にティミーが俺から一気に離れていく。いや違う。離れているのは俺の方だ。どうやら相当強く吹き飛ばされているらしい。だが何故かティミーの方から拒まれたような、そんな感じがした。

 だからこそ脳にいる冷静な俺が諭す。違う、こうじゃないのだと。


 そう、これじゃあティミーを助けられない。いかに紺色の炎があろうと、魔力を増幅しようと、強大な力があろうと、そんなものでは誰も救えないのだ。病魔からティミーを救う事だって、当然出来ない。


――闇に呑まれるな。決して……願わくば闇を救う者になれ。


 不意に、祠で聞こえたあの声が脳内に響く。あるいは単に思い出しているだけかもしれない。だがどうにも耳に残っていたのは確かだ。最初はダウジェスが言ったのだと思っていた。だがよく思い返してみればその声はあまりに無機質で、ダウジェスのものではなかった気がする。じゃあ一体誰が。あの場にいたのは、俺かダウジェスのみだ。


「大丈夫かアキ!」


 ふと、ベルナルドさんの声が聞こえた。

 そういえば風に吹き晒されるような感覚も無くなっている。

 視界の先にはベルナルドさんの無精ひげがあった。どうやら俺を受け止めてくれていたらしい。もしベルナルドさんが居なければ地面に叩きつけられるなりして俺は死んでたかもしれないな。


 いくらウィーアースポーツリゾートをガチってようと、濃い黒歴史があろうと、受け身なんて覚えられるわけが無いからな。ま、受け身以外も覚えられるわけないんだけどね!


「すみませんベルナルドさん、ありがとうございます」


 まだ立ち上がるだけの力は残っていたので、ベルナルドさんから離れ身を起こす。

 打ち身でもしたのか全身には鈍痛が心臓の鼓動に合わせて小刻みに押し寄せてきていた。

 一応、身体は動く。だが、先ほどのやり方では駄目だという事は分かっていた。だが何か有効な手を思いついたわけでも無い。完全なる手詰まり。

 

 何か方法は無いかと考えていると、ティミーの背後から人が歩いてくるが見えた。


「あら、どうしたのかしらこれは!」


 驚いた様子で声を張るのはアメを時々くれたりするリュネットさんだった。


「リュネットさん、こっちに来ちゃぁいけねぇ!」

「あれま!」


 ベルナルドさんが叫ぶも遅かった。幾何学が新たに顕現すると、リュネットさんめがけて植物の蔓が猛進。


「アウラトイ!」


 ダウジェスが詠唱すると、リュネットさんの目の前で植物の蔓が弾けた。

 どうやら守ってくれたらしい。


「助かったぜあんさん」

「いえいえ、無用の血が流れるのは意味の無い事ですから」


 ベルナルドさんが感謝に、ダウジェスは口元に笑みを作る。


「リュネットさん、今はちと緊急事態でして、村の皆に伝えて避難させてもらえませんか!」

「あら、あらあら、そうなの? 分かったわベルナルドさん!」


 リュネットさんが逃れるように背を向け走っていく。とりあえず一安心だ。目の前で人死が出るのは後味が悪いからな。とは言えだ。


「とりあえず村のみんなを避難させることはできそうだが、ティミーをどうやって助けりゃあ……」

 

 どうやらベルナルドさんも同じ事を思っていたらしい。そう、ティミーを助けなければ問題が解決したとは言えない。


「それはもう、諦めた方がいいでしょう」


 不意にダウジェスが口を開く。


「なんだって?」


 ベルナルドさんの声に険が籠る。


「それどころか、今の内に我々の手でティミーさん殺すべきです」

「そ、そんな……!」


 ヘレナさんが絶句すると、ふらりと身を崩すのですかさずベルナルドさんが支える。

 ベルナルドさんは家の壁にヘレナさんの身体を預けると、小さく呟く。


「あんた……」


 ベルナルドさんがダウジェスの胸倉を掴むまであっという間だった。


「ふざけた事抜かすんじゃぁねぇ! ティミーを殺すだと!? もう一遍言ってみろ、その細い首をへし折ってやらぁッ!」


 普段は少し抜けていて優しいベルナルドさんも、こればかりは許容できなかったらしい。今までに見た事の無い形相でダウジェスを睨み付けている。


 だがそれはこいつの発言に許しがたいのは俺の同じだった。ベルナルドさんのように今にもダウジェスに飛びかかりたくなるが、それをしてしまえばさっきの二の舞だ。ぐっと黒い感情を抑えつける。


「ふざけた事を言ったつもりはありませんよ」


 見ているだけで思わず身がすくんでしまいそうなほどの怒気にも関わらず、ダウジェスは表情一つ変えず言う。


「このままではまず我々が、今度は村の人たちが病魔の手にかかり、全てを破壊しくした後ティミーさんと共に死に絶えるでしょう。そうであるのでしたら、病魔が中途半端に顕現している今のうちに叩いておく方が賢明です。もし完全に病魔が顕現してしまえば、私の力をもってしてもそれを止めるのは不可能ですし、万が一止められたとしてもティミーさんは助かりません」

「テメェ……!」

「それに!」


 ダウジェスが柄にもなく声を張り上げる。


「あなたはここにいる人間が滅びるのを誰よりも望まないはずです。何故なら、あなたには命に代えても、他の何よりも優先してでも、守るべき人間がいる」

 

 ダウジェスの言葉にベルナルドさんがはっとした表情をする。


「お、おい……」


 不意に、別の声が聞こえた。

 目を向けると、そこには足元もおぼつかない様子のハイリの姿があった。

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