第十六話 祠へ

 崖の上は先ほどとさして変わらない雑木林だった。あえて言うのなら少し雪が増えたような気がするというくらいだろうか。


「そうだ、これ持っとけ」


 まじまじと風景をを眺めていると、ハイリが布に包まれた何かを投げてよこしてきた。

 反射的にそれを受け取り、その布をはがすと中からは短剣が姿を見を現した。


「武器があった方が魔術を効率よく扱えるようになる。お前は鍛えてるわけじゃないから杖の方がやり易かったんだろうけど生憎あいにく持ち合わせが無くてよ」

「ありがとう。助かる」


 その事については魔術読本にも書いてあった。魔術というのは何かを介した方が魔力効率が良くなる。電気なんかがわかりやすい例かもしれない。電気というのは空気中より何かを介した方が低い電圧で流れることができる。それと同じような感じだ。


 また、使う武器によっては魔術の威力も上げることができる。杖などがその最たる例だ。ちなみに杖でなくても魔力がこもっていればちゃんと威力はあがる。 まぁ今回のこのいかにも普通な短剣だとそれはあまり期待出来そうにもないけど。気分は『アキヒサはくだものナイフを入手した!』って感じだな。まぁそれでも無いよりマシだろう。


「じゃ、行くか」


 その一声に短剣をしっかりと握ると、一歩先を行くハイリの後に続いた。

雑木林を進むと、急にハイリが立ち止まる。


「どうした?」

「そこの木の上、いるぞ」


 ハイリの目線の先を追うが葉しか見えない。

 気のせいじゃないのかと言おうとした矢先、急にその場所がざわめき出した。


「気付かれた、 後ろに来い!」


 言われるがままにすぐさまハイリの後ろへと行くと、しげる葉の間から紫色のガスが噴き出した。


「ヴェント!」


 そのガスをハイリが風で吹き飛ばすと、腰に携えていた短剣のうち一つをそこへ向かって投げた。


「クギィ」


 生々しい音ともに短い悲鳴のような音が聞こえると、得体の知れない葉と同じ色をした一つ目の生き物がどさりと落ちてきた。間も無くその生き物は灰となる(魔物は死んだらそうなると魔術読本に書いてあった)と、そこにはハイリの投げた短剣だけが残っていた。

 なるほど、カメレオンみたいに同化してたから見えにくかったのか。それに気づけるハイリは流石エリートの騎士団員というところだな。


「ふう、気づかずにそこを通ってたらあれの餌食になるところだったな」


 ハイリがひと仕事を終えたように息をつく。


「あれってあの魔物か?」

「ああ、あいつ紫のガス出してただろ? そいつを吸ったら毒に侵されるからな。もし吸ってたら動けなくなったかもしれない」

「そんなやばい奴だったのか……」


 なるほどここからは状態異常系の技を使う魔物が出るから厄介なわけか。確かにこの世界の事をまだあまり知らない俺が迂闊に立ち入ったらやばかったかもな……。まぁ創造クレアーレもあることにはあるが、もし攻撃魔術が選択されてしまったら雪の中で眠りこけて凍死するかもしれないからな。


「ま、吸いさえしなければいいから万が一ガスがかかってもすぐ俺が飛ばしてやるぜ」

「その時は頼む」


 やっぱり人がもう一人いるだけでもかなり心強いもんだな。

 途中、何度か先ほどのような魔物が襲ってきたが、俺も迷彩色をけっこう見分けられるようにもなったので、さして問題も無くクリアすることができた。



♢ ♢ ♢



 何度かの戦闘ののち、少し森から外れ、地面からごつごつと岩がつきだしてるような場所まで来ていた。右手を見れば岩肌をあらわにさせた崖があり、時々周りを見ればそこそこ大きな岩も突き出ている。

 目印となる岩がありそうなので歩きながら探していくことにした。

 でもうん、でかい岩ってどれくらいなのかな? 身長くらいの岩でも十分でかいと思うんですけどね?


「全部でかい岩なんじゃないのか……?」


 項垂うなだれているハイリは俺と同じことを思っていたらしい。苦虫を噛み潰したような顔をしながらそう呟いた。


「まだ先なんだろ。できれば今日中に着いときたいけどな」


 こうしてる間にもティミーがどうなってるかは分からない。早く百薬の水とやらを持ち帰らないと。もう少しペースを上げるべきかもしれない。


「お?」


 歩いてるうちに何やらハイリが発見したらしい。ふと目の前を見据えると、他よりも一回り大きくしかもでたらめな形ではなく、球とまでは言わないが明らかに何かありそうな匂いをさせる丸い形をした岩があった。全集中したら斬れそうだな。


「絶対あれだ!」


 ハイリがぱたぱたと駆けていくのでその後を追う。

 目の前まで来てみると身長の倍以上もあるのが分かり、ますますこれが目印だと確信させる。


「これで間違いないよな?」

「だろうな」

「だよな!」


 確信はしているようだが、一応確認をしてきたので肯定すると、ハイリは飛び跳ねて喜ぶ。

 その反応を見ながら、小さな達成感を味わっていると何やら重い物が引きずられたような鈍い音が耳に届いた。


「なんか聞こえなかったか?」


 ハイリもそれは聞こえていたらしく、耳元で静かにささやいてきた。近い。

 警戒と若干の恥ずかしさが相まって無言で頷くと、俺もハイリも慎重に耳を澄ませる。

 すると、再度また同じような音が耳に届いた。気を張り巡らせていたので今度はだいたいの音の出どころまで把握することができた。


「後ろだ!」


 叫び振り返ると今度はひときわ大きな音が辺りに鳴り響き、岩の塊が飛んできた。

 なんとかそれを避けると、目の前には岩で形作られた一般成人男性よりも一回り大きそうな人型が目を光らせこちらを睨んでいた。しかも複数だ。ざっと数えて八体くらいだろうか。


「チッ、ゴーレムか……おいアキ」


 悪態をついたハイリは呼びかけてくる。


「先に行ってくれ。たぶんこの岩があるってことはそんなに遠くないはずだ」

「お前何言ってんだよ。俺も……」

「無理だな」


 最後まで言う前にハイリにピシャリの遮られてしまった。


「なんで!」


 信用されてない気がしてつい声を荒げてしまう。


「相性が悪い。火だとゴーレムは厳しい」

「そんなもんやってみなきゃわからないだろ」

 

 なおも言いつのると、ハイリは呆れたように溜息をつく。


「はぁ、別にお前が弱いから言ってるんじゃないさ。時間がかかるから言ってるんだ。こいつらを相手にしてる間も時間はどんどん減っていく。お前は早いところ水を持ってこい。万が一ここまで戻ってきてまだ俺が戦ってたとしても退路は開いてやるから」


 これ以上抵抗するのは野暮と言うものだろう。よく考えたら信用してないのは俺の方じゃないか。そう、ハイリは強い。どうせ帰ってきた時には戦っているどころかあっけらかんと笑って立ってるんだろう。


「悪い、頼む」

「よし、これを持っていけ。どうせ水を入れる容器とか持ってないだろ?」


 ハイリは満足したように頷くと、俺に小瓶を渡してきた。


「助かる」


 それだけ言って小瓶を受け取ると、大きな轟音を背に岩の先へと行った。

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