第十五話 道中

 吹雪ふぶく雑木林を行き続けはや三時間弱。未だにほこらにはたどりつけない。

 山の中は道が無いうえに雪もいっぱい積もっているので、魔術でその雪を溶かして道を作りなんとか奥へと足を運ぶ。


「にしてもやばいな……」

 

 周りを見渡しながら一人くちごちる。

 というのも、ただでさえ吹雪で視界が悪いというのに季節が季節なのですでに辺りはかなり暗くなってきているのだ。

 今はなんとか方向感覚は保てているものの、完全に雪雲の向こうの陽が沈めばどうなるかは分からない。戻るべきだろうか?

 いや、一刻を争うので進むべきだろう。ダウジェスも『もって』五日と言っていた。つまりいつティミーが命を落としてもおかしくないということ……。


 方向感覚を失わないように障害物があろうと、どうにかかわしてまっすぐ進み続けていると、すっかり辺りは暗闇になってしまっていた。雪をとかして作った道もどんどん新しい雪が積もっているので明日には分からなくなっているだろう。


 少し疲れがでてきていたが、進むしかないので身体にむち打って再度足を動かそうとしたその時だった。

突如体の右側に激しい衝撃が走る。


 そのまま少し身体を飛ばされると、木に激突する。

 すぐさま衝撃の原因を探るために、元いた方向へ目を向ける。

 目線の先では猪のような獣がこちらをギラリと光る殺意の籠った目で見ていた。あの時と同じ感じ、こいつは魔物だ。


「クーゲル!」


 痛む身体を立たせ、その魔物にむかってクーゲルを放つと、そいつは倒れ伏し動かなくなった。

 とりあえずザコ敵でよかった……。

 

「ふう」


 思わず安堵の息が漏れるが、それはつかの間の安息だった。

 呻り声が聞こえたのでそちらを見やると、今度は複数の目が闇の中で光っていた。まずいな。


「クーゲル!」


 先手必勝、とりあえずクーゲルを放つが一匹しか仕留められなかったらしい。 既に二匹がこちらへ飛びかかってきていた。

 獣の猛追をなんとか後方へステップし、回避。もう一発クーゲルをお見舞いしあと一匹。


 残りの一匹はクーゲルにひるんだのかその場で佇んでいたので、そこへ最後の一発を放つと、辺りはようやく静けさを取り戻した。

 危なかった。とりあえず凌いだのはいいけどまだまだ油断はならない。ここからは慎重に進まないと。


「……あ、まずい」


 歩きだそうとすると、ある事に気づき思わず声が漏れる。

 そう、先ほどの戦闘のせいで完全に方向感覚を失ってしまったのだ。

 吹雪で足元すらよく見えない。

 

 やばいな……このままだと祠に着くのはおろか家にも帰れない。どうすんだこれ。野宿で朝まで待ってみるか? とはいっても辺りは魔物がうようよいそうだしな……。適当に進んでみるか? いやいやそれとかもろダメだろう。確かに時間はない事にはないけど、焦って間違ったところにでも進んだら余計な時間を食うことになる。


 考える事十数分。とりあえず近くに手ごろな雪の斜面があったので、そこを掘って中で過ごすことにした。ティミーは心配だがこもし明後日の方向に進んでしまっては逆にロスになる。


 幸いな事に雪はたくさんあったようで、土には到達はせず雪の洞穴を作ることに成功した。

 雪の中は意外と暖かく火もいらないんじゃないかと思えるくらいだ。いや流石にそれは無いな。普通に寒さはある。でも達成感もあった。小学校の頃の夏休みの工作を作り終えたときの気分だ。


 そして時折寒さを自分の炎で凌ぎながらなんとか寝ずに一夜を過ごした。

 


♢ ♢ ♢



 良いあんばいに次の日は吹雪が止んでいた。とりあえず雪の中で死んだなんて事にならなくてよかった。


 外に出ると辺りはそれなりに明るく、自分で作った道の跡も発見することができた。運良く目視で分かるレベルまでにしか雪が積もっていなかったのだ。

 

「さぁ行くぞ」


 若干眠気があったので気合を入れるため自分に喝をいれると。元の進路へ足を向ける。


 しばらく進んでいると、目の前に崖が立ちふさがった。しかもかなり険しく高い。

 おいおいこれを登るのかよ……。けっこう厳しいなおい。右も左もずっと続いてるみたいだし回り道もできない……そもそも回り道はすべきではないか。仕方が無い、気合だ気合。


「アキ!」


 今からこれを登るのかとげんなりしていたら突如聞き覚えのある声が耳に届いた。


「ハイリ?」


 振り返るとハイリが俺の方へと飛躍してきた。


「よかった……。お前無茶すんなよ!」


 こちらまで来たハイリはそう言うやいなや、思い切り脳天を平手打ちしてきた。


「いってぇな、何すんだよ!」


 けっこう痛かったので抗議の声をあげる。これで何億の脳細胞が犠牲になったと思ってやがるんだ!


「知るか! バカ、ボケ! 心配させやがって!」

「現れてそうそうなんなんだよ……」


 まぁ心配させてたのは悪かったけどそこまで言う? ともあれ、大よそここにコイツがいるのは俺を連れ戻しにでもきたんだろう。


「で、お前は何しにきた? 俺を連れ戻しにきたんなら余計なお世話だ」

「アホ!」


 そろそろ面倒くさいな。今は相手をしてる暇なんてないってのに。とりあえず帰ってもらおう。


「分かったからとりあえず帰れ」

「帰らない」


 何それ、連れ戻すまで帰らない的な? それは困るな。最悪勝てるかは分からないけど力ずくで……いや待て頭を冷やせ俺。ティミーが生死をさまよってるからって少しピリピリしすぎだ。もっと冷静になれ。先んじてはハイリを帰す口実だ。

 考えていると、ハイリは突然、突拍子もない事を言いだした。


「俺も行くに決まってるだろ!」

「は?」


 思わず間抜けな声を出してしまう。

 でもなるほどその考えは無かった。見た目はまだ年端も行かない女の子だから忘れていたが、ハイリはれっきとした騎士団員だったんだ。魔物が出る環境だと仲間は多いほうがいいだろうし、ここはお願いするのがいいかもしれない。


「銀髪野郎から聞いた。お前、ティミーの炎魔の病を治すためにこんなとこまで来てるんだろ?」


 銀髪野郎……なるほど、あの後ハイリはダウジェスと会ったのか。ってことはある程度は把握してるんだな。


「全部聞いたんだよな?」

「ああ。ちゃんと詳しい場所もな」

「え、マジで!?」


 純粋にそれはありがたい。あの時最後まで話を聞かなかったからな。まっすぐに行けばいいとは言ってたので割と自信を持って進んではいたが確証は無かった。


「ま、言わなくても分かってたみたいだけどな。この崖の上に登ってしばらく行けば大きな岩があるらしい、その先をいけばすぐに見つかるってさ」

「じゃあもうすぐってことか?」

「ああ。でも厄介な魔物が多くなるらしいから油断してると足元をすくわれるぞ」

 

 厄介な魔物か……昨晩戦ったのとはまた違うってわけか。あまり慣れないからけっこう手一杯だったんだけどな。


「ま、安心しろよ。俺もついてるからさ」

 

 少し不安に思っていたのがバレたか、ハイリは俺にニッと笑いかけてくれた。やれやれ、まだまだこの子にはかなわないな。


「ありがとうハイリ」

「お、おう」


 いきなり素直に言われて照れたか、少しハイリは顔を赤らめる。いやぁ、もっと女の子らしくしてれば絶対世の男が黙ってないだろうにもったいない。容姿も可愛い系に部類されるだろうからどうにもその口調とか似合わないんだよな。


「よ、よし、とりあえず俺が上まで抱えていくぞ!」

 

 しげしげとハイリを眺めていると、何か察したか慌てたように俺を片手にかかえ、持ち前の飛躍力であっという間に崖を登っていった。

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