第十四話 炎魔の病

 部屋の中は静まり返っており、ハイリもヘレナさんもかなり心配そうにティミーを見つめていた。布団に寝ているその姿は間近に見ずとも暑そうだというのが分かるほどだ。

 その静寂を遮ったのはゆっくりと開いたドアの音だった。その向こうにはどこか浮かない表情のベルナルドさんが雪を払いつつ一人で入ってきた。


「メドさんは?」


 問うと、ベルナルドさんは重そうに口を開いた。


「それが……メドさんまた旅行行ってるらしいんだ」

「またか」


 ついつい呆れから息が漏れる。

メドさんというのはこの村の医者だ。お年は召しているだけに医者歴は長く、世話になったことはないのだが腕はかなり立つらしい。

 その代わりというべきか、メドさんは大の旅行好きであまり村にいないのだという。俺が深層魔術を使って眠りこけていた時もどこかへ旅行に行ってたと聞く。


「おい嘘だろ!? なんてのんきなじじいだ、俺が引っ張ってきてやる!」

「こらハイリ。そんな事を言うんじゃあねえよ」

「わ、わりぃ……」


 口の悪い娘を父親が優しくも少し声を低くしてとがめると、ハイリはしゅんとなる。ああこれぞ親子愛、とか思ってる場合じゃないな。どうすんだよこれ。インフルエンザかなんかみたいなもんだと思うけどどうにも他の様子がな……。この世界じゃこんな高熱そうそう無いのかな。元の世界でも度々あったわけではないが誰しも一回は経験するようなもんだろ?


「大丈夫よハイリちゃん。たぶんすぐ治るから」


 ティミーを一点に見つめているヘレナさんはハイリにではなく、どちらかというと自分に言い聞かせてるようだ。


「がんばるんだ」


 ベルナルドさんがティミーのそばにより声を掛ける。

 そこへコンコンと子気味良くドアがなったのだが、全員がこの場を離れたくないと言ってるのか、扉の方を向きつつも誰も出ようとしない。


「出ます」

 

 このままじゃ誰も出ないと思ったので、俺が出ることにする。

 だが開けてもそこには誰もおらず、少し外へ出てみて辺りを見回してみると、吹雪の中どこか見知ったようなシルエットの男が滝壺の方へ歩いていくのが見えたのですぐにその後を追った。



♢ ♢ ♢



 滝壺までいくと案の定、柔和な笑みをたたえたダウジェスが立っていた。まぁあのとんがった帽子と長ったらしい髪でだいたいは察しがついていた。


「お久しぶりですねアキヒサ君」

「久しぶりだな」


 一応挨拶はしておく。


「で、なんでここにいるんだ?」

「たまたま近くまで来たのでアキヒサ君に会おうかなと」

「そりゃどうも……」


 普通人が会いにきてくれたら嬉しいものだが、いかんせん今の状況に加えて会いに来てくれた奴が半殺しにしてきた奴だとまったく嬉しくない。


「どうです? あの本は役に立ちました?」


 あの本、魔術読本の事か。


「ああ、おかげさまでな。それについては礼を言う。本当に助かった」

「よかったです」

 

 そう言うとダウジェスは微笑むのをやめ、少し険しい表情になる。


「それよりティミーさん。かなり大変な状況ですね」

「お前……なんで知ってる?」

「少し窓からのぞかせていただいてました」


 マジか、気づかなかった。もしかしてこいつのぞきの才能あるんじゃないの? いつか弟子入りしようかな……。しかし何故ノックなどしたのだろうか。


「もしかして何か知ってるのか?」


 そう、常人ならあの雰囲気の中訪問しようなんて思わないだろう。つまりこいつは何か知っててそれを伝えるためにノックしたということだ。

 まぁもっとも、このダウジェスという男はいたいけな少年に半殺し魔術を放ってくるような異常者な上、ドアの前で待つこともしなかったので、コンコンダッシュ(ピンポンダッシュ風)をしたかっただけと言われても不思議じゃない。


「なんとなく察しは……ちなみにティミーさんが熱を出す前の様子はどうでした?」


 さすがの異常者でもそんなことは無かったらしい、何か知ってそうな口ぶりなので

ティミーの様子を思い返してみる。


「そうだな……朝方遊んでるときは全然元気だったけど、途中からちょっとぼけーっとはしてたな。我ここにあらずというかなんというか……」

「なるほど……あの様子だとただの風邪ですまされる体温ではなかったでしょう。年齢を考慮するとやはりそういうことになるでしょうか」

「とりあえず言えよ。ティミーはどんな病気なんだ?」


 煮え切らない様子に少しイライラしながらとりあえず答えを要求する。


「ああすみません。最後に一つだけ」

「なんだよ?」

「ティミーさんは複属性なのですか?」


 確かにあいつは水属性水系統のクーゲル、地属性草系統の治癒魔術を使う。複属性で間違いないだろう。


「ああ」


 肯定すると、ダウジェスは突拍子の無い事を言いだす。


「でしたら、余命はもって五日でしょう」

「は!?」


 こいつ、今なんて……余命五日? ティミーが?


「ど、どういう事だよ!?」

「複属性持ちというのは世界でも数が少ない事はたぶん知っているでしょう。そしてその理由は、生まれつきの才能が無いと得られないものだからという理由もあります。ですがさらに数が少ない事にはもう一つわけがあるのです」


 ここで少し間が置かれたが、何か返答できるような精神的余裕はない。

 さして返事も期待していなかったのか、すぐにダウジェスは話を続ける。


「もう一つの理由、それは複属性を持った多くの人は幼いうちに亡くなるからです。この事は多くは知られてないのですが、一般的には『炎魔の病』という名称で十歳までにかかってしまう可能性のある死に至る不治の病として知られています」


 ……だから皆あんなに深刻そうにしていたのか。たぶん察しはつくのだろう、『炎魔の病』と呼ばれて知られているくらいだ、皆たぶん症状もある程度は知っていたに違いない。

 それでもなお、医者を呼ぼうとしていたのはそれを否定してほしいという願望があったから。自分たちより知識のある人になんともない風邪だと言ってもらえればすべてを杞憂に済ますことができる。


「ダウジェス……俺はお前を信用していない。どうせおふざけなんだろ? 笑えない冗談言うなよ」


もはやこれは懇願に近い。


「信じてもらわないのは結構ですが……私は事実以外の事は話しません」

「ふざけんなよ……実はそうでしたって言えよ! 嘘って言えよ! おい!」

「言うだけならいくらでも言えますが……」

「テメェ!」


 思わずダウジェスに掴みかかる。

 逆切れなのは百も承知、むしろ親切に伝えに来てくれたんだから感謝すべきなはずだ。だが何かに当たらずにはいられない。いろいろの感情が胸の中で波打ち頭は真っ白だ。


「ただ、方法がないわけではありません」


 方法はある? ティミーが助かる?


「ほ、ほんとか!?」


 掴んでいた手を離し、視点が定まらないまま後ずさると、気付けばダウジェスに頭を下げていた。


「頼む、教えてくれ! いや教えてください!」


 あんな失礼な事をして、方法があると知った途端これだ。なんとも俺は現金な奴なんだろう。我ながら滑稽こっけい極まりない。だが、こんな訳の分かない病のせいでティミーを失うなんて絶対嫌だった。助けられる方法があるなら俺は悪魔に身を堕とそうとも構わない。


「ただし、それは少なからず危険な事です。それでもあなたは……」

「何と言おうがやる。自分の命が尽きてもいい。ティミーを助けられる方法があるならなんだってする」


 言い終わる前にそう答えた。

 それを聞くとダウジェスはふっと表情をやわらげる。


「分かりました。ではまずこの村を出て左手から山の奥に真っすぐ行ってください。そこにとあるほこらがありまして、そこでどんな身体の不具合も治せるという百薬の水を得ることができます」


 ですが、とダウジェス真剣な表情になり続ける。


「祠は恐らくただでは水をくれません。何か大きな代償が必要になってきます。しかも山奥にいけば魔物との遭遇率も上がるでしょう」

「恩に着る」


 それだけ言い残し、走る。一刻も早くその場所にいくために。

 正直ダウジェスが本当の事を言ってるのかなんて分からない。奴とはまだたったの二回しか会っていないのだから。でもそれでも良い。希望があるならすがりつくまで。もしダメだったらその時はその時だ。


「おいアキ!」


 戻ってくるのが遅い俺を心配してか、滝壺へ続く道の途中にハイリが来ていて名前を呼ばれたが、何も言わずそのまま祠へと走った。

 事情を説明している余裕はない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る