第十三話 親子バトル

 ……え?

 真剣を手に、ハイリはベルナルドさんに斬りかかる。すぐさま反応したベルナルドさんは、後方へとステップ。


「は、ハイリ?」


 ベルナルドさんは何が起こったのか分からないというように問いかける。


「俺はあんたを超えるためにここまでやってきたんだ! さぁ勝負だ!」


 そう言ってハイリは二本の短剣を構える。

 最初こそ慌てた様子だったベルナルドさんだが、ふと何かに気付いた素振りを見せると、ニカニカ笑い出した。


「へっへっへ……そういうことかぁ。じゃあ少し待てハイリ、父ちゃん剣とってくるからよ。お前もフェアな戦いの方がいいだろう?」

「フェアねぇ……もっともだ。ただし、ここだと作業場が近いから親父も何かと大変だろ? 少し俺は離れてるぜ」

「お、ありがてぇ。」

「だったら早くとってこい。三分だけ待つ」

「ほう? 三分? 二言は……ねぇよな?」


 ベルナルドさんが挑戦的な眼差しでハイリを見やる。


「ああ。俺に二言はない」


 それだけ言うとハイリは後方へと大きく飛躍。俺とティミーも一応ハイリの所へとついていく。

 時にして十数秒。早くも大きく跳躍しながら剣を持つベルナルドさんが戻ってくると、ハイリにそのまま斬りかかる。


「早い……!」


 思わず声を出してしまう程ベルナルドさんの剣さばきは早かった。しかし負けじとハイリは後方へ回避。短剣を構えなおす。


「やるじゃねぇか。だが……三分待つんじゃぁなかったのか? まだ三分も経ってないぜ? その短剣はおろすんだな」


 何言ってんのこの人!? きったねぇ、大人げねぇよベルナルドさん!


「あー悪い悪い。ついくせでな」


 しかしそれは予測していたのか、ハイリは落ち着き払った様子で短剣を降ろす。


「ほう」


 ベルナルドさんは何か推し量るようにハイリを見つめると、間合いを一気に詰め、剣を振るう。


「ああ、こうも雪が多いとやりにくいな」


 ハイリがそう言うと、彼女の周りにとてつもない暴風が吹き荒れる。また例によって積もっていた雪が、吹雪となって飛んできたのでティミーをかばう。

 そして至近距離にいたベルナルドさんといえばたまらず腕で顔を覆い、少し後ろの方へと引き返す。


「ああ親父、これは待っている間、フィールド整備をしてるだけだから勘弁しろよ?」


 ハイリもハイリで暴論に近い気がするな! この親にこの子ありってか!?


「上等だ。だがまだ甘いんだよなぁ」


 ベルナルドさんは剣を構えなおす。


「レイズ!」


 レイズ……確かこれは肉体を強化する魔術なはずだ。攻撃力、防御力、素早さ、全ての精度を上げる。強化系魔術といえば……確かメインは地属性土系統だったな。一応土系統でなくとも身体能力を向上させる方法はあるらしいが、効率を考えれば圧倒的に土系統魔術の方がいいらしい。


「行かせてもらうとするぜぇ?」

 

 ベルナルドさんは吹き荒れる風など物ともせず、先ほどよりも素早い動きで斬りかかる。


「ハイリ!」


 殺してしまいそうな勢いだったので思わず声を発してしまった。

 しかし、娘をあやめる父親などいるはずもない。剣はハイリの首筋近くで止まっていた。

ハイリはその切っ先に向けてそっと視線を落とすと、同時に巻き起こっていた風はピタリとやむ。


「参ったよ親父」


やれ降参だ、という具合にふっとハイリは笑みをこぼす。


「まだまだ俺はくさっちゃあいねぇぜ?」


 そう言うとベルナルドさんは剣を下げる。やれやれ、一時はどうなることかと思った。でもやり口は腐れ外道のそれだと思います。


「ハイリ、あの事はちゃんと覚えていたんだな」

「当たり前だぜ」

「あの事?」


 訊ねると、ハイリが答えてくれた。


「十年以上昔になるか。確か四、五歳の時だ。俺と親父はいつも剣を交わしてきた……」


 偏見だけどどこぞのシリアス戦記っぽいセリフだな。


「毎日親父との戦いの日々。いつもいつも俺は負けていた。そのだいたいの敗因がさっきのように汚いやり口だったな。まぁどうせまともにやっても同じことだったろう」


 いたいけな子供に何大人気ないことしてんのとジトーっとした目線をベルナルドさんに送ると、居心地が悪そうに身をよじる。


「ほ、ほらあれだ。勝負の世界は厳しい事を教えるのはだな、親の役目ってもんだろ? うん」

「はいはいわかりましたから。次行こう」


 言い訳するベルナルドさんをテキトーにあしらい、ハイリに先を促す。


「そんなある日、母さんはいきなり親父と別居するといいだしたんだ。理由は女がどうたらなどと言っていたが、その時は俺も小さかったから言われるがままに母さんについていったんだ。旅行気分だった気がする」


 女がどうたらってまさか浮気か? 今ベルナルド株がものすごい勢いで暴落してるんだけど。


「ち、違うぞ!? 浮気とかそういうやつじゃあねえよ!?」

 

 見苦しいぞベルナルド。男なんていっつもそう! ……ちなみに俺は例外だ。たぶん。


「浮気ってなんだ?」

「い、いやぁ……大したことじゃあねえよ。な?」


 な? とか言って俺の方を見るなよ。

 とは言えそれを知ってもハイリが可哀そうなので、あくまでハイリのために俺はてきとうな事をでっちあげる。


「浮気っていうのはいわゆるうわついた心ってことだ。精神が乱れてる状態だな。戦いにおいては厄介な代物だ。でも別に気にすることじゃない」

「ふーん? まぁいいや」


 少し浮かない顔をしていたが納得はしてくれたようだ。ハイリはそのまま話に戻る。


「そしてついに別れの時が来た、すぐ帰ってくるだろうと思っていた俺は親父にこう言ったんだ。帰ったらもう一回勝負だ! 今度は一筋縄じゃいかないぞ! ってな。丁度戦いが終わった後でもあったから、かなり悔しかったのを今でも覚えてるな」


 なるほど、そういうことだったのか。だからいきなり戦い出したというわけだ。


「まぁ、こんな事があったから今日まで鍛錬してきたわけだが……やっぱり俺も修行が足りなかったみたいだな」

「まぁでも、一筋縄じゃあいかなかったってのも事実だ。俺も魔術を使わされるったぁ思ってもみなかった。 成長したじゃあねぇか。ハイリ」

「お、おう……」

 

 そう言われハイリは嬉しかったのだろう。遠慮がちに返事すると少し顔を赤らめる。

 いいねぇ、家族の絆って感じ。


「でもよ、やっぱ気になるんだがなんで親父は母さんと離れて暮らしてるんだ?」


 ハイリの口からいきなり創造クレアーレ級の発言が飛び出した。恐る恐るベルナルドさんの様子を伺ってみると、やはり少し気まずそうな表情をしていた。しばらく辺りが沈黙にのまれる。


「それなんだが……」


 そんな中、しどろもどろながらベルナルドさんは口を開く。

 くっ、ベルナルドさん、あんたは偉いよ! 大丈夫、正直者は馬鹿を見ない!


「毎日剣ばっかり一緒に振ってたら母ちゃんときたら、俺といるとハイリが女じゃなくなっちまうからしばらく離れて暮らそうとかって言いやがってよ……。まぁでも確かに思うところはあったからそれを俺は承諾したんだ」


 え? 嘘だろ?


「なるほど、女がどうとか言ってたのはそういう事だったんだな」


 ハイリはさも納得がいったという様子で頷く。


「でもまぁ、そのかいあってこんなにも女の子になってよぉ。俺ぁ、感動した!」

「照れんだろ親父!」


 高らかに二人とも笑い合う。女の子……うん、そうだよね? 確かに可愛いもんね! でもわざわざ別居する必要は無かったと思います。てか意味なかったんじゃないかな。ていうかそもそもそんな理由で別居するか普通? これが嘘だったら許さんぞベルナルド……一応今までの人柄を考慮して信じてやるが。

 

 そこでふとティミーがやけに静かなのが気になったので目をその方へ視線を移すと、ティミー少し顔を赤らめながらぼけーっと突っ立っていた。


「ティミー?」


 声をかけてみると、ティミーはフラッと倒れそうになるので慌てて支えにかかる。


「おいティミー、どうした」


 返事がない。その身体はとても暖かだ。

 もしやと思い、ティミーのひたいを触ってみるとすごい熱だった。

 ハイリたちもこちらの異変に気づいたようで、そそくさとこちらに駆け寄る。


「どうした?」

「熱が!」


 言うと、ハイリもティミーの額に触れる。


「うわ、ほんとだ。とりあえず親父の家は汚そうだからヘレナさんのところに連れていく。親父は医者を呼んできてくれ!」

「よし、すぐ呼んでくる……って汚くねぇぞ俺の家は!」

「分かったから早く行け!」

「お、おう」


 ハイリの剣幕が凄かったからか、それ以上は何も言わずベルナルドさんは雪の中を走り出す。


「とりあえずティミーを先に家に連れていくから後から来いよ!」


 声を出す余裕はない。ただ無言で頷いておく。

 ハイリはティミーを抱きかかえると、大きく飛翔した。

 それを確認して、すぐさま後を追う。

 いつの間にかしんしんと静かに降っていた雪は吹雪となり始めていた。

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