第十一話 お別れ
「しかし驚いたよ」
隊長、もといバリクさんが感嘆したように声を出す。
「だろだろ?」
何故かハイリが誇らしげに振る舞う。まぁ嬉しいんだろう疑いが晴れて。
「深層魔術を持つ上に青の炎。君はいったい何者なんだい?」
バリクさんは俺の目線まで腰を落とすと、俺にそう
「何者と言われましてもただの子どもです」
「これでただの子どもか、参ったな」
困ったように笑うバリクさん。さわやかな人だなほんとに。
「まぁ君がそういうんならそうなんだろう」
バリクさんはさて、と言って立ち上がり、改めて俺の方へと向き直る。
「騎士団三番隊隊長として、今回の件、ご協力ありがとうございました」
と言って深々とお辞儀するバリクさん。
「いえいえそんな、とにかく頭をお上げください」
いつまでも目上の人に頭を下げさせるのは悪いからな。
「君は大人っぽいね」
「よく言われます」
実際、ハイリにガキだとののしられた俺でもさすがに十歳より上の精神年齢は持っているだろうからな。え、持ってるよね?
「ん、こんにちは」
ふとバリクさんはティミーの事に気づいたのか、柔和に微笑みかける。
「へ、あ、あ、こ……」
いきなり話しかけられ、意味の分からない言葉を発すると、俺の後ろへとまた隠れた。可愛いけど失礼だぞ? まぁ可愛いから俺はいいんだけどね?
「すみません、恥ずかしがりやなもので」
「よかった、てっきり嫌われちゃったのかと思ったよ」
すぐに弁明すると、バリクさんは頭を掻きながら笑う。
「じゃあそろそろイビルのところへ行かないとね」
そう言うとバリクさんは後ろにいる、重装備をした人たちの方を向く。
「みんな、待たせてごめんね、そろそろ行くよ!」
「「イエス!」」
バリクさんがそう言うと、なんとも威勢の良い声が響いた。
♢ ♢ ♢
三日ほども野ざらしにされていた強盗団の連中が次々と騎士団に連行されていく。その様子を見ながら村の人達はありがたやと口々に言っている。
これでようやく安心できるというものだ。
「しかしまぁあんな連中とはいえ、水くらいしか与えないのはちょっと可哀想だった気がするな」
「いや当然だ! 村をあんなにして俺がただですませるわけないだろ!」
村の人達は飯くらいあげればとは言ったのだが、それをハイリは断固拒否し、三日間水くらいしか与えていない。その壮絶さを物語るように強盗団の奴らの身体はげっそりしていた。
……良いダイエットになってよかったね!
「さて、全員こっちで引き取ったし、そろそろ行くぞハイリ」
憐れみを込めた目線を強盗団の連中に送っていると、バリクさんが俺達の元に来て、今度はハイリの方がげっそりとした。
「嫌だ! 俺はまだいる!」
「ハイリ、一週間も無断欠勤なんだぞ? 何を馬鹿な事を……」
この子、そんなに無断欠勤とか俺の世界でそんな事してたら大きな信用問題に関わるぞ?
「親父に会えてない!」
「だったら今度はちゃんと休暇届を発行しなさい」
「隊長の馬鹿!」
「はいはいわかったから……」
なおもハイリはバリクさんに言い募っていたが、その度に簡単に流されてとうとう折れた。
「というわけだ……じゃあなアキ、ティミー」
ハイリには珍しくしゅんとした様子だ。なかなか可愛げがある。まぁ言ってもまだ年端も行かない女の子だもんな。ああてぇてぇ、てぇてぇよロリっ子ォ。
「ん? どうした?」
心の中で合掌しているとハイリが訝し気な視線を送って来る。おっといかん。俺としたことが我を忘れかけていたようだ。
「ん、あぁ。まぁ、なんだ。今度はちゃんと休暇届とってまた来いよ。そしたらゆっくり話そう」
「また来てねハイリ」
俺とティミーが口々に別れを告げると、ハイリは「そうだな」と頷き笑顔を覗かせる。
手を振り合うと、ハイリは騎士団の人たちの中へと混ざっていった。
「それでアキヒサ君、一つだけ謝らないといけない事があって」
ふと、場に残っていたバリクさんが申し訳なさそうに口を開く。
「謝らないといけない事ですか?」
尋ねると、バリクさんは再び俺と目線を合わせてくれる。
「うん。本来ならA級犯罪者の捕縛に協力してくれた人にはお礼に贈り物とかをするはずなんだけど、アキヒサ君の年齢だとそれができないんだ。せっかく頑張ってくれたのに本当にごめん」
バリクさんは頭を下げる。
なるほど、贈り物というのはつまり報酬金とかそういう話なのだろう。まぁ確かに子供相手に金銭のやりとりをするのはあまり健全とは言えないか。それもたぶんけっこう大きな金額だろうから尚更だろう。
まぁでも、元々そういう見返りなんて求めてなかったし俺としては別に構わない。
「自分としても元々そういうつもりじゃなかったですし大丈夫です。それにバリクさんが謝ることじゃありませんよ。どうかお気になさらず」
「ありがとう、アキヒサ君」
バリクさんは再びお辞儀すると「それにしても……」と言葉を続ける。
「やっぱりアキヒサ君は大人っぽいね。僕がこれくらいの時なんて謙虚のけの字も無いどころか、言葉遣いもままならなかったんじゃないかな?」
ふむ、なるほど。一応中身は成人してるとは言え、この人たちから見れば俺は十歳の子供だもんな。あんまりませた事言い過ぎたら不審に思われるかもしれない。ここは一つ子供っぽさも演出しておくか。
「そうですかね? まぁでもあれです、俺は既に村の皆の笑顔という報酬をもらってますからね、それで十分なわけですよ! なっはっは!」
おふざけ気味に笑い声を上げてみるも、言った事は別に嘘というわけでは無かった。ただそれを口にするのは子供でもなければ憚られるだろう。
「アッハハ、それはすごく良いね。うん、アキヒサ君はとても良い子だ」
バリクさんは爽やかに笑うと、肩をとんとん叩いてくれる。ほんとナチュラルにハンサムだなこの人。
「でも、いつか何らかの形でお礼が出来ればいいとは思ってるよ。いつになるか分からないけど、必ずね」
バリクさんが立ち上がると、向こうにいるハイリから声がかかる。
「おーい何してんだ隊長! 早くしろ~!」
「分かった今行く! それじゃアキヒサ君にそれとティミーちゃん。またどこかで会えたら」
手を振ってくれるので、ティミーともども頭を下げる。
バリクさんは最後にこちらに微笑みかけると、ハイリ達と合流し一緒に村を離れていった。ほんとこの人いい人なんだろうなぁ。
それからしばらく村の前で雑談なりをしていると、入れ違いにベルナルドさんがのんきな様子で帰ってきた。
「あ、ベルナルドさんおかえりー」
ティミーが少し遠くにいるベルナルドさんに手を振る。
「うぅ、皆そろってお出迎えとはうれしいじゃあねぇか」
「いやベルナルドさんじゃないですよ」
こちらまで走って来ると、ベルナルドさんは感動したように言うのですぐに誤解を解いてあげる。
「なんだってぇ!?」
それを聞くと、ベルナルドさんはまるでこの世ならざるものを見たかのように声を上げた。ちょっとオーバーすぎやしませんかね。
「じゃあどうしたって皆こんなに集まってるんだ?」
「ベルナルドさんあっちから来ましたよね。騎士団いたでしょ?」
「ああ、そういやぁ鎧の集団がいたなぁ」
「それです。今はその人達の見送った後の名残があるだけです」
「そうだったのかぁ……」
がっくりとうなだれるベルナルドさん。かなり落ち込ませてしまったようだがまぁ、虚偽を信じさせ続けるよりは良かったに違いない。
肩を落としていたベルナルドさんだが、ふと思い出したように顔を上げた。
「でもよぉ、どうしたってそんな騎士団がうちの村なんかに?」
確かに気になるだろうと思い、ベルナルドさんに事の成り行きを説明してあげる。ただしハイリの事は言わないでおいた。たぶん彼女がアポなしで村まで来たのも驚かせたかったからに違いないと思ったからだ。
そういえば騎士団からもベルナルドさんは見えたはずだがその時にハイリは声をかけなかったのだろうか。ハイリの事だし、気づかなかったなんてこともありうるけど、まぁそもそも騎士団に二十人くらいいるわけだからな。そういう事もあるか。
「そんなことがあったってぇのか……。俺がいりゃあそんな奴ら蹴散らせたのによぉ。つくづくタイミングが悪いな俺ぁ……」
「まぁ全員無事ですし、大丈夫ですよ」
どこからで聞いたような言葉に少し笑いそうになりつつ、慰めてあげた。
「ありがとよアキ。また救われちまったなぁ」
「いえいえ。いざとなったらまた俺におまかせください」
「お、そりゃあ心強ぇ」
子供っぽく一丁前に胸を張ってみると、ベルナルドさんはそう言って背中を叩いてくれた。
※ ※ ※
――それから少し経って。
この世界でも同じように四季はめぐり、村は一面の銀世界だ。
今日も今日とてこの村は平和である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます