第十話 騎士団

 うたげの時間はあっという間に過ぎ去り気付けば朝となった。まだ騎士団は来て無さそうだ。まぁ、当たり前か。ここって王都まで二週間かかるらしいし。


 外の空気でも吸うため、ティミーを起こさないようそっと散歩に出かける。


 ヘレナさんは家の中にはいない、たぶん家の裏にある畑で仕事でもしてるんだろう。あの人もまた俺達を起こさないようにそっと出て行ってくれたのかもしれない。


「ようっ」


 田舎の朝は素晴らしいなぁ、などと思いつつ太陽の陽気を背に歩いていると、誰かに背中を軽くたたかれる。


「ハイリ、さん」


 危ない、思わず呼び捨てにしてしまいそうだった。いい加減なれないとな。


「お前さぁ……」


 ハイリは呆れた様子で俺の方を見る。

 やっぱ気づかれました? ほんと気をつけますから勘弁してください……。


「もうハイリでいいぜ。敬語苦手なんだろ? まぁその気持ちは分かるからさ」

「あー……」


 確かに敬語使わなさそうだもんねこの子。あの結晶と話してた時も隊長とか言ってたと思うけど一切敬語使ってなかったからな。

 でもこの世界もけっこう発展してるというか、あの結晶携帯代わりになるみたいだもんな。名前は疎通石とかなんとか言ったか。

 でもそんな情報まで載ってた魔術読本マジ何ペディアだよって感じ。


 まぁいいそれはさておこう。敬語をはずしてもいいなら喜んでお言葉に甘えるとしますかね。


「それじゃあ遠慮なく。改めてよろしくハイリ」

「ああ……よろしくな。アキ」


 と言いつつ苦笑いをするハイリ。

 なんだこの微妙な反応。あれか、実はちょっと敬語使われるのに憧れてた系女子か。可愛いなぁ。


「そういえばどこで寝てたの?」


 ベルナルドさんの家かな。宴の後寝るわと言ってどこかへ行ったが。


「木の上ー」

「お、おぉ……」


 とんだ野生児だなこの子。


「そういや俺ティミーと全然話せてないんだよな。そっちいってもいいか?」


 そうたずねてくるのでたぶん、と言って肯定する。まぁヘレナさんも喜んで歓迎してくれるに違いない。



 家に戻るとティミーは既に起きていた。ヘレナさんも戻ってきたようで料理をしている。ちなみにハイリだが少し外で待ってもらっている。一応ヘレナさんに入れてもいいか聞かないといけないからだ。


「起きてたのか、おはようティミー」


 とりあえず挨拶をするが一向に返事がない。


「……おはよう」


 ようやく返事が返ってきたと思ったらあまり感情がこもっていない。まぁ寝起きだからかな。


「ヘレナさん」


 ご機嫌ななめのようなティミーは放っておいて、料理をしているヘレナさんに呼びかける。


「どうしたの?」

「ハイリと一緒にきたんですけど、家に入れてもいいですか」

「あら、もちろん歓迎よ」


 それを聞いたのか俺が促すよりもはやくハイリは顔を出した。


「おじゃましまーっす!」

「いらっしゃい」


 笑顔でハイリを迎えるヘレナさん。

 ティミーといえば不機嫌そうな様子から一転、慌てて俺の後ろへと隠れる。


「お前、いきなりそのリアクションはどうなんだよ。すげぇ嫌ってるみたいだぞ」

「べ、別にそういうわけじゃないけど……」


 そんなティミーなど気にもせずハイリは彼女に話しかける。


「ティミー、久しぶりだな。覚えてるか?……って覚えてるわけないか。0歳の時だもんな!」


 なははと笑いながら話しかけるハイリ。まぁ、彼女特有のとっつきやすさがあればなんとかなるだろう。


「ほら、隠れるな」


 なおも俺の後ろに隠れようとしているティミーを無理やり前に立たせる。


「あ、あの……すみません覚えてなくて!」


 慌てふためき深々と頭を下げるティミー。てかなんで泣きそうになってるのこの子。


「え? い、いや、ほら当たり前だろ覚えてないのはっ。俺こそすまないなおかしなこと言って!」


 ハイリまで慌てふためく始末だ。やれやれ、少し助けてやるか。


「お前ら落ち着け。とりあえず来い」


 二人の手をひきお互い向かい合うように正面に立たせる。


「よし握手」


  二人は俺になされるがまま握手する。

 人間と言うのは少しでも体が交わればその途端、心の壁というのが薄くなるものだ。それが些細な事、握手だったとしても効果は絶大だ。


「え、えっと。ハイリ、さんでしたっけ」

「お、おう。俺が、五歳の時ティミーが産まれたんだけどすぐに母ちゃんが親父に愛想をつかせて出ていってな……」


 効果は絶大。だよな?

 不安を覚えつつ三十分ほど経っただろうか、最初はお互いぎこちなくどうなることかとハラハラしていたのだが、それはすぐに杞憂となった。話してるうちにティミーも心を開いたようで、今では二人ともいろいろな話に花を咲かせている。俺はといえそんな二人の少女の心安らぐ会話に耳を傾けつつ魔術読本を読んでいる。勉強は怠るもんじゃないからな。


「朝ごはんできたわよ。ハイリちゃんも食べていってね」

「おお、サンキューヘレナさん!」

「いこ、ハイリ」


 敬語はずしちゃって……いやほんと、ティミーって壁をはずすと一気に親しげになるよな。お父さんはいつかお前が変な男につけいられないか心配になってきたぞ。


 ティミーのお父さんになった気持ちで将来を不安に思っていると、手をひかれたハイリが俺も座っている食卓の席へとついた。一人多くなった食卓はいつも以上ににぎやかなものだっだ。



♢ ♢ ♢



 騎士団が到着したのは二人が仲良くなって五日ほど経った後だった。

 朝、ティミーと俺は、ハイリにいろいろな技を見せてもらっていると、何やら揃った紋章の刻まれているマントを身に着けた数十名ほどの人たちが村の前までやってきた。それを見たハイリは猛虎の勢いで先頭に立つ若そうな男の方へと突っ込んでいくので、俺らもその後に続く。


「遅い!」


 ハイリはその人の所までいくやいなや、思い切り怒鳴りつける。あの時の隊長かな?


「いやどう考えても一日でいくとか不可能だろ……第一こっちは二十人くらいで来てるんだからさ……」


 ハイリが話していた結晶と声が一致してるしそうだな。


「まったく、男のくせに言い訳とは情けないな」

「いやこれは正当な……」

「うるさい! だいたい隊長って奴はマイペースすぎるんだよ!」


 ハイリ、それはお前だと思う。


「分かった分かった。以後気を付けます」

「分かればいいんだよ分かれば」

 

 ハイリが満足げにふんぞり返る。

 これじゃあどっちが上司か分からないな……。隊長も少々甘すぎやしないか? もし俺が部下にあんな口利かれたら即刻クビにしてるかもしれない。


「でも、いきなり通信を切るのはダメだからな? まだあの時言わないといけない事とかもあったんだから。それと、ちゃんとこちらの発信には答えるように。折り返し連絡したのに出なかったろ?」

「ぐ、それは悪かったよ……」


 そこはちゃんと上司だったようだ、きちんと部下の不手際を注意する。まぁすごい優しい人なんだろうなこの人。

 しばらく現状把握など二人のやり取りを聞いていると、ある程度話は済んだようでその隊長は俺の方へと歩いてきた。なかなかのイケメンじゃねぇの……。


「僕は騎士団三番隊の隊長、アレン・バリク。村長さんとかはいるかい?」

「この村にはいないです」


 聞かれたので正直に答える。一応ベルナルドさんが代表みたいなことは聞いたが今いないもんな。


「そうなんだ。じゃあ誰か大人の人はいる?」

「その前に隊長、こいつには言うことがあるはずだぞ」


 ここでそばにいたハイリが口をはさんだ。


「どういうことだ?」

「話聞いてたか? こいつがイビルの野郎をやってくれたんだ」


 それを聞くと隊長はさとすように笑う。


「わかったわかった、冗談は後な」

「嘘じゃないぞ! ほら、アキもいってやれ!」

「いや別に……」


 なんか厚かましいしむしろ言いたくないんだけど。


「あ"!? ちょっとこっちこい!」


 そう言い俺を隊長から少し離れたところに連れていく。ちょっと、なんなんですかね。


「見てろよ!」


 隊長に向けて大きく叫ぶと、おもむろに腰の短剣を取り出し、俺の方へと向けた。え? え?


「プレステール!」


 ちょっと待て、それって風の魔術……難易度上級くらいのやつだっけ!?

 俺も危ないけどお前も十分危ないぞ!


「うわ、創造クレアーレ炎の砦イグニスフォート


 心の叫びと共に、目の前には激しく燃えさかる炎の壁ができていた。防御が選ばれて心底良かった……。

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