第九話 俺という人間
そろそろ日も傾いてきた。村は今日も夕焼けに染められていた。A級犯罪者率いる強盗団は村にあった大木にしっかりと鎖で結び付けたのでとりあえず問題無いだろう。今は奴らに荒らされた村を片付けている。
そしてこのあと村では俺のために宴が開かれる。一応断ったのが、一度決めると譲らないのはどの世界の先人も同じようで仕方なくしてもらうことにした。
「さて、と。でもハイリちゃんがウィンクルム騎士団にねぇ」
作業が一息ついたヘレナさんは感心したようにハイリに話しかける。
ウィンクルム騎士団。強盗団をしばってる時に話を聞いたところ、ウィンクルムという王国にある軍事部隊の一つだという事が判明した。
少数精鋭の名の元、さまざまな形で王国に貢献しているという。例えば目立った事で言えば大陸内外の未踏領域の調査。と言っても今の時代そんなところはなかなか無いらしく、ハイリも経験したことが無いという。
なので主に城の警備や城下町の警備、犯罪者の取り締まりに魔物の討伐、他国とのこぜりあい(これも今はけっこう平和らしい)等々の仕事をしているとのことだ。ちなみにこの村はウィンクルムという王国の領らしい。
「なはは、まぁ親父にはそれを言いに来てやったんだが、まさか今日に限って隣の村にでかけてるとはな。まったく、タイミングの悪い親父だぜ」
ハイリ照れたように後頭部に手をやりながら笑うと、ベルナルドさんに対して小言を言う。
俺的にはハイリさん、あなたもなかなかだと思いますけどね……。
「ベルナルドさんってばいつもあなたの話をしてたのよ?」
「親父が? 十年も会ってないのにとんだ変態だな……」
変態呼ばわりは流石に可哀想な気もするな。
何故十年も会ってないのかは少し気になってはいたが、とりあえずいったん家に戻る事にした。
ティミーをずっと一人にするのは忍びないからな。ヘレナさんも今でこそ気丈に振舞っているが、時折その視線は心配そうに家の方を向いている。
「ヘレナさん、ティミーの様子見てきますね」
「ありがとうアキ君。お願い」
「はい」
家へ戻ると、ティミーは未だに寝ていたのでその枕元に静かに座り込む。
安らかに寝ているその姿を見ていると、また後悔の波が押し寄せてくる。
「ティミー……」
すまない、ほんとに。怖かっただろう? つらかっただろう? ちゃんと俺がいてやれば、もっと早く決断していればこんな目にはあわなかったはずなんだ。少なくとも誰も傷つかなかった。馬鹿だよな俺。
「アキ?」
声が聞こえたのですぐにティミーの顔を見ると、どこか浮かない表情をして俺の方を見ていた。
「なんで泣いてるの?」
泣いてる? 俺は泣いていたのか。まったくつくづく情けない野郎だな。そんなものを流してもなんの解決にもならないのに。
「もしかして……」
何を考えたのか、ティミーは泣きそうな表情になる。
「あ、あぁ。安心しろ、ヘレナさんも村の人たちも皆元気だ」
「よかった……」
ティミーは心から安堵したように声を出す。
「それよりティミー、大丈夫か? まだどこか痛んだりするか?」
「今は全然大丈夫だよ」
そう言って起き上がるティミー。顔色も悪くないし、たぶん本当に大丈夫なんだろう。
「よかった。集会所に村の人たちとヘレナさんがいるから行くか」
「うん。ありがとう、アキ」
優しく微笑むティミーの表情に心をかき乱される。違う、俺は……。
「ごめん」
「どうして謝るの? きっとまたアキが助けてくれたんだよね」
「だって俺は……!」
つい言葉に力がこもってしまいったせいか、ティミー少し驚いた様子を見せたので慌てて取り繕う。
「あ、いやごめん。なんでもない」
「ん? なんかおかしいねアキ。まぁいいや、行こ!」
少し不思議そうな表情をするも、すぐに可愛らしい笑顔を見せたティミーは俺の手をひいて家の外へと駆けていく。
集会所に戻るとヘレナさんは少し涙を浮かべながらもとても嬉しそうな様子でティミーを抱いていた。
その様子を見届けると、どこへ行くともなくおその場を離れる事にした。この場に俺は相応しくない。
♢ ♢ ♢
まだ日は出ているがもうじき暮れそうだ。
しかしなんて奴なんだろうな。俺は人を傷つけた。今回は運よく誰も死んだりなんかはしていない、でもダメだ。少なからず他人に苦痛を与えた。強盗団の奴らは当然だとは思うが、どうしてティミーやヘレナさんが傷つけられないといけない? 理由は勿論ない。
だけど何故そうなったのかといえば全て俺が原因。正しい道を選べなかった俺の責任。
クソッ、どうして俺はこうも失敗するようになっちまったんだ。
「どこへいくんだ?」
突如背後から声がかかったので振り返ると、ハイリが呆れたように笑いながら立っていた。
「特には……」
「ずいぶん思い詰めた顔をしていたけどな?」
思わず押し黙る。言葉を紡ごうとしてもうまく口が開かない。
「何を悩んでるのか知らないけどお前は正義の英雄なんだぞ? もっとしゃんとしろよ!」
正義の英雄? 戯言も甚だしいな。
「そんなわけないじゃないですか。俺は人を傷つけたんです。そんなヒーロー……英雄なんてたまったもんじゃないですよ」
「ん? ちゃんと助けたじゃないか。皆元気だぞ? だったら……」
「違う!」
思わず声を荒げてしまう。しかしダムは少しでも崩れればそのまま崩壊していく。
「違うんです! 俺はもっと早く対処できた! だけど未知の敵の前に怯えて、怖気づいて! 動けないでティミーやヘレナさんを傷つけた! 一応最後はなんとか踏み出せました、けどそんなのただの言い訳だ! だいたいティミーだって俺が目を離さなければ……!」
我ながら話にまとまりがないのはわかる、いつのまにここまで俺の脳は弱体化したんだ。
心内がささくれ立つのを抑えられないでいると、ハイリは呆れたように手をふる。その動作は少なからず神経を刺激するものだったがなんとかこらえた。
「わかったわかった。お前さ、なんかすごい奴とは思ってたけど、やっぱそれでもガキというかなんというか」
「な……!」
なんでガキにそんな事言われなきゃならない?
「うぬぼれんな!」
口を開きかけるが凄まじいハイリの怒号により、思わず押しとどまる。
間もなく、ハイリは呆れたような優しい口調で話し出した。
「お前はすごい、確かにすごい。強盗団共をたった一人でのしたぐらいだ、とても普通の子供とは思えない」
でもな、とハイリは続ける。
「いくらとてつもない力を持ってても、人間である以上完璧にすべてをこなすなんてできないんだ。お前の話を聞いてると自分は人間なんかじゃない、"神"なんだ。って言ってるように聞こえたぞ」
そう、なのか? ただ俺は全てを完璧にこなそうと絶対に失敗はすまいと。
……いや、確かにその通りかもしれない。
昔から俺はなんでも人並み以上にこなし、中学、高校と滞りなく受かり、人生を順調に進んでいた。交友関係もだいたいは良好だし文武両道も実現していた。だからこそ俺は失敗など絶対にしないとタカをくくっていたのだ。
しかしそんな事はなかった。
今思えば運が良かっただけなのか、高校は世に言う進学校も本当にあっさり受かった俺だが、大学はそうではなかった。そのとたん俺は言われようもない焦燥感にとらわれ、猛勉強をしリベンジを挑むもまた失敗したのだ。
その時俺は自尊心を激しく傷つけられ、自分の存在意義を見出せなくなり、何かに救いよう求めようとネットの世界にどっぷりとつかっていった。
気づけば周りには誰もいない。ただ一人たたずむ俺はすっかり廃人と化していた。
なんの意欲もわかなかったのだ。だがある日、ふと昔の事を思い出した俺は自分をひどく殺したくなった。
本気で死のうなどとは考えて無かったかもしれない。それでも死んだら死んだでいいかくらいの気持ちで外を歩いていた時、トラックが突っ込んで来たのだ。
勿論故意では無かった。だがそれ故に少し嬉しかった。自殺と事故死じゃ印象がまるで違う。なんなら再び俺は皆から憐れまれ持て囃されるのではないかと期待すらした。本当にどうしようもない奴だと思う。
トラックも近づき、いよいよ死んだか。そう思った矢先。
俺はこの異世界に転移した。
ティミーたちと出会い、魔術を覚え、しかも体は若返っているときた。これは神様がくれたリベンジのチャンスだ、今度こそ俺は"神"である事を証明してやる。そんな事を思いながらまた同じ過ちを繰り返すところだったのかもしれない。
だがハイリに言われて気付いてしまった。いや、気付く事が出来た。
俺は紛うことなき"人間"に過ぎないのだ。
正直、なんでこの世界に来たのかは知らない。もしかしたら本当に誰かが俺に神になるチャンスをくれたのかもしれない。だが俺はそうであったとしても、この世界では自分が神などと幻想を抱くことなく"人間"としての人生を歩みたい。今この瞬間、そう思う事が出来た。
「まぁ、なんだ……とりあえず来い!」
つい黙り込んでいると、ハイリは気まずくなったのか頭を掻きだすと、突然俺を抱えだし大きく飛躍した。
「うわ、ちょっと!?」
かなりの高さに驚いていると、あっという間に集会所にまで連れてこられた。
「見ろよ」
ハイリが示す方を見ると、そこには村の人達がいそいそと作業していた。たきぎを用意したり机を用意しているところから恐らく宴の準備なのだろう。ただ、俺の目を引き付けたのはそれではなく別の事だった。
「皆笑ってんだろ? だからお前は何も失敗してない。何も間違ってない」
そう、笑っていた。思わず見入ってしまう程に。
「確かに完璧じゃなったかもしれねーよ? けど、みんなはこうして笑顔を取り戻せたんだ。それで充分だろ?」
囁きかけるようなハイリの言葉に、今の俺なら心から肯定できる気がした。
「そう、ですね」
年下に諭される自分やら今までの自分の勘違いぶりやらが色々と気恥ずかしくなり、人差し指で頬を掻く。
だがみんなが笑顔でいる。そんな姿を眺めていると、自分もまた自然と口元が緩んでくるのを感じるのだった。
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