第七話 強盗団
岩場に戻ると、くさりかたびらを身にまとった二人の男が大きな荷物を抱えながら村の方へと行く姿を捉えたのですぐさまその後を追う。
その荷物は何やらいびつな形をしており恐らくそこにティミーが入れられているのだろう。
「敵は魔物だけじゃないってか……」
相手の力量がわからないので突撃するわけにもいかず、気づかれないように後をつけると、そいつらはティミーの家を通り過ぎ、その先にある村の集会所の所までやってきた。そこには村人たちが集まっており、その中にヘレナさんの姿も確認できる。だが村人の表情は現状あまり良い状況ではないという事を物語っていた。
「親分、岩場にいた女子供を連れてきやしやしたぜ!」
あの二人の男は誰かと話しているようだが、ちょうど建物の陰が死角となり話してる様子は見えない。とりあえず会話だけでも聞き逃さないようにと耳を澄ませる。
「もう一人見たと聞いたが?」
かすかにしか聞こえないが、低音でどこか落ち着いた雰囲気があり、敬語も使われていることから恐らくこの声の主がボスなんだろう。
「それがあっしらが着いた時にはこの女子供一人だけでやんして……」
「ふん、まぁいい、所詮ガキだろう。連れてきたのは女子供といったな」
「へい、こいつは売り飛ばせばうまい金づるになりやすぜ!」
そう誰かが言うと下品な笑い声が周囲にこだまする。どうやら三人どころじゃなさそうだな。強盗団などというものが存在するのかは知らないが恐らくそうだろう。
だけどティミーを売り飛ばすだと? ふざけるな。
「その子は、その子だけはどうか助けてあげてください!」
ヘレナさんが立ち上がり、懇願する。
そしていかにもボスという風格で、黒いコートのようなもので身を包んだ男がその前まで現れると、顔を近づけじっと凝視する。
「あんたもなかなか売れば金になるかもなぁ。おい、女子供を出しな!」
「へ、へい?」
戸惑ったような声と共に、袋から出されたティミーが男の前まで運ばれる。外傷などは見当たらないがどうやら気を失わされたようだ。
「ほう、お前ら親子ってわけか」
「もしかして助けてくださるんですか!?」
ヘレナさんの表情が少し晴れる。
しばらく沈黙があたりを支配し、おもむろに口を開いた男は残酷な言葉を告げた。
「何を言ってやがる? 俺はただ確認するために出しただけだ!」
聞くとヘレナさんは泣きながらボスの男にすがりつく。
「そ、そんな、どうかお願いします!」
ボスの男はヘレナさんを見下げているが、その表情は何を考えているのか想像できない。
クソ、こんな時に俺は一体何をしているんだ。
まだ男は何やら言ってる。でももう声までは聞き取れない。
もう一刻の猶予も無いぞ俺……お世話になった人が危害を加えられてるんだ!
動けよ!
心に念じてみるも、やはり動けない。
ただ純粋に怖い。前の世界で大きな失敗を経験している。また失敗するのではないかと恐れている。だから動かない。動けない。なんて馬鹿なんだろう俺は。
しかし俺が動かなくても時間は動く。
「お母さん! お母さん!」
「ティミー!」
思いがけずティミーの叫ぶ声が聞こえた。改めて様子を伺ってみるとティミーがどうやら目を覚ましたらしい。ヘレナさんもティミーの名前を叫ぶ。
「フン、うるせぇ親子だ。黙らせな!」
ボスの男が部下の一人に顎で指図する。
「へい! もう起きやがるとは、テメェら騒いでんじゃねえ、大人しく寝てな!」
そう言い部下の男がティミーの腹に一発拳をお見舞いし、さらにヘレナさんを蹴り上げる。ざわめく村人たち。そして俺と言えば建物の陰に身をひそめているだけ。
ダメだ、何もできない。俺はこの世界でも堕落し続けるんだ……。一度堕落した人生を送った人間がやり直すなんてそんなことできるはずがなかったんだ。俺なんて……。
「ア……アキ……」
倒れる間際、ティミーが微かにそう言葉を漏らした。それは小さい音だったが、この耳には確かに聞こえた。いや厳密に言えばそう勝手に錯覚しただけかもしれない。
ようやく足が動き出した。
「おっと、もしかしてもう一人いたっていうガキか?」
ボスの男がニヤリと笑う。
「ア、アキ君、逃げて!」
すみませんヘレナさん、手遅れです。
一歩また一歩と俺は男たちの元へ歩いていく。今度は真正面から見ているので全体の状況を把握することができた。敵の数だが二十はいそうだ。
「思ってた以上に多かったな……」
「なんだこのガキ!」
どう戦おうかと考えていた所、叫びながらティミーを殴った男がこちらへと走ってくる。
この人数ならたぶん
「オラァ!」
猪の如く突撃し殴りかかりにくる男。手が届くほどの距離まで間合いを縮められ拳が振りかざされた。
すかさず右へと身体を移動。これには予想外だったか男は体制を崩した。これは好機だ。
すかさず腹めがけてクーゲルを発射する。
魔力弾と共に勢いよく男は飛んでいくと、そのまま動かなくなった。
初歩の魔術な上、無詠唱となるとたぶん威力は弱い、だから恐らく気絶しただけだろう。魔術は唱えた方が威力はでかくなると魔術読本にも書いていた。
「チッ、魔術師の子どもか。だが所詮ガキのお遊戯にしかすぎねぇ。やれ!」
ボスの号令に呼応し、部下どもが一斉に俺の方へと突進してくる。
次々と襲い掛かる奴らの攻撃ををかわしながら、一人また一人と沈めていく。
そんな中、ボスの男がティミーを連れてどこかへ行こうとする姿を捉えた。
「させるか!」
まだ十名以上の敵に囲まれている中、自分の身体を静止させる。なにもせずとも
「
無意識の詠唱。炎の帯が俺の周りに浮遊し、敵が攻撃を仕掛けてくるたび炎がその攻撃を制してくれる。それはさながら意思のある生き物のようだ。
どうやら防衛魔術を選んでくれたらしい。おかげで疲労は無い。
「青色でしかも深層魔術だと? チッ、厄介な」
周りを炎にまかせ、すぐさまティミーの方を見ると、逃げようとしていたらしいボスの男は村人たちに足止めされていた。
「ティミーを返すのじゃ!」
「おいておいき!」
村の年齢層が高いからか、叫んでいるのはおじいさんやおばあさんだ。ヘレナさんといえばリュネットおばさんに介抱されながらもボスの男をひたと見据えている。
「この村には身の程知らずばかりしかいねぇのかぁ!?」
目を血走らせたボスの男が腕を振り上げ声を張ると、その手からバチバチと音を立てる球が現れる。
あいつ、あんなおじいさんやおばあさんを殺すつもりか! 悠長に構えてられない。ここは強行突破だ。
魔力を体内に循環させるイメージを……その流れを身体のある中心の一点に集約……そして一気に解き放つ!
「フェルドディステーザ!」
俺を中心に炎がはじけ飛び、炎と戯れていた周りの奴らをなぎ倒す。中級魔術といったところだがなんとか成功したようだ。
「おらぁぁぁあああ!!」
自然と吐き出された雄たけびと共に、男の元へと猛進する。
――――間に合え!
「このっ……ガキィ……!」
男が手に蓄えていた稲妻俺へと向けるが、僅かに俺の方が早かった。
「クーゲル!」
ゼロ距離でそれをお見舞いすると、男は雷を霧散させ、地面へ後頭部から突っ伏した。気を失ったティミーが支えを失い倒れそうになるので、すかさず下に滑り込みなんとかキャッチする。
「ど、どんなもんだい」
何故かおばあさんがそう言うと、そのまま腰を抜かしたかしりもちをつく。それと同時に辺りに歓喜の声が湧く。
なんとか一難は去ったようだな。
「ティミー、ティミー!」
リュネットおばあさんのを振りほどき、ヘレナさんが泣きながらこちらへと走ってくる。
「たぶん大事ではないと思いますが、とりあえず家で寝かせましょう」
「ありがとう、アキ君。ほんとにありがとう」
その言葉に申し訳なさを感じ、おのずと顔が地面の方に向いてしまう。
「いえ、俺にそんな事言ってもらえる資格なんて……」
そう、俺があの時森へ行かなければティミーにもこんな怖い思いをさせずに済んだだろう。もっと早く陰から出てれば誰も傷つかないで済んだに違いないのだ。
決断を遅らせたことに後悔の念を抱いていると、どこからともなく金属が擦れるような音を出しながら、複数の足音が聞こえてきた。おいふざけるなよ、まだ敵がいたってのか? でも、やるしかないか。
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