2-15 ★ ★ ★
「アピオンさん」
「おや、あなたはどこの星の人ですかな? お見受けしたところ、そちらの営業崩れの地球人アマノ様と同郷の者のようにお見受けしますが」
早速これだ。心なしか、車内で対峙したときよりも言葉にとげがあった。
「地球人ではないですけれど、まぁ似たような生き物と思ってくれれば。僕の名前は、ガリレオ。旅人です」
「旅人? 旅行者ではなく、星々を巡る旅人でございますか?」
「そうですよ。色んなところに足を運んでます」
鳥の顔でありながら、目を丸くするのが分かる。だが一瞬のうちに冷静さを取り戻したようで、明らかに顔つきが険しくなった。
「ガリレオ様。そのような、旅人とは最も忌諱すべきものでございます。奴隷はまだいい。彼らは生かさず殺さずの身分に縛られているものの、日々を生きることができます。その上の平民は奴隷とは違いある程度の自由を手にして生きています。王族やその上の技術者は何者にも縛られず、自分のしたいことをして生きることができます。ですが旅人に何があるのでしょう? 故郷の星から出て途方もない宇宙を彷徨うことに意味などありましょうか? いえ、ありませんよ。日々を無為に生き、どこかで野垂れ死ぬだけです」
なぜそのような話が出るのかは分からない。あの案内人が語らなかっただけで、この星でも地球と似た制度があったのだろうか。
「そんなことはないですよ。旅人とは、知らない世界を目撃し、誰かに伝えることが出来ます」
「それは違います、ガリレオ様。旅人が見るのは、ご自身が興味のあるものだけです。以前にも旅人と名乗るものが来ましたが、あれは罵倒されるべき人でした。映画という下らない娯楽を探しに、この星にやってきたのです。それがないと知ると、すぐにこの星から去って行きました。この星は銀河の全てを支えていると言っても過言ではない、数々の技術を開発しているのに、それを知ろうともしないのです。まったく生きている意味もないものですよ」
「元々、きっと、生き物に生きている意味なんてありませんよ」
「それも違います。神が作り出した世界の上で、命は無意味に生きているわけにはいきません。神々を見つけ出し、我々が生まれた意味を知ることこそ、全生物の至上命題であるのです」
「神様とかは分からないけれど、あなたはそう思うんですね」
「ええ、そうです、そうです。我々の祖先はかつて神からお言葉を賜りました。『空を駆けよ。そして我を見つけよ』と。無限にも広がる宇宙で、我々にだけその言葉を送るというのは、全宇宙を解明せよとの使命が与えられたも同然です。その言葉が書き記された聖典を元に、我々は空を舞い、宇宙へと飛び立つための技術を進歩させてきたのです」
「なるほど。確かに、ケラの技術は目を見張るものがあります」
一定の肯定にアピオンは満足そうに頷いたが、「しかしながら、それはあなたも一種の旅人ということにはなりませんか? 宇宙をさまよう旅人のような、そんな気がしますよ」と返され、再び激高とも取れる口撃を始めた。
「いえ、違います。先程も申し上げましたが旅人とは、放浪し、勝手に野垂れ死ぬものでございます。我々は確かなる信念を元に生を全うしようとする、先駆者でございます」
誇大妄想もいいところだな、と思うが、ダイソン光球という技術の結晶を見せられると、そうとも言えない自分がいた。ここから何と返せばいいのだろうか、と思っていると、「それで、旅人のあなた様が、私に何用でございましょうか?」。人生のほんの一瞬程度の、二、三度程度しか顔を見ていないが、ひどく不快だった。それが俺に向けられたものならまだしも、ガリレオに向けられたものなら、なおさらだった。
だがガリレオは不敵な笑みを崩さず、「あぁ、それなんですけどね。一言二言くらいで終わる用事です」と流す。
「ほう、その程度のことならば、手短に済ませていただきたいものです。私はこれより銀河鉄道の便に乗って、次の便で出発しなければいけないのです」
「本当、お忙しそうですね」
「えぇ、えぇ。それで何用ですか?」
鼻から少量の息を吸い込むと、ガリレオはアピオンを見据えて、口を開いた。いつも見てきたような笑みの中にモラルを欠かしたような、そんな不気味さを滲ませていた。
「あなたの生きている世界は、あなた以外の命も生きていますよ。講演者なら、もう少し周りを見て、言葉を選んで発言されては如何でしょうか?」
アピオンは目を再び丸くし、首を捻った。
「一言二言ではございませんね。それに、どういう意味でしょうか? 旅人の、負け惜しみの戯言でしょうか?」
「そうです。通りすがりの旅人の、しがない戯言です。それでは」
「じゃあ、行こう」と肩を叩かれたので、そのまま振り返らずに、俺たちはその場を去った。最後に残ったアピオンの顔は豆鉄砲を食らったような、何を言われたのかやはり理解していないようだった。
「ガリレオ」
「なんだい」
「ああいう言い方はないんじゃないか?」
「僕は思ったことを言葉にしただけだ」
「相手が理解していなくても、あれはひどいと思うぞ」
「別に、彼が嫌いとか文句を言いたくてとか、そういうわけでああ言ったわけじゃ無いんだ」
「だったら、何を思って言ったんだ」
糾弾するように聞こえたのだろう。ガリレオは申し訳なさそうに、苦笑いを浮かべた。「強いて言えば、あれはストロワ=マチマの人々の真似事なんだ」。
「あの悪口の惑星か」
「そうだよ。普段から罵詈雑言の世界で、一番されたくないことって何だと思う?」
「さぁ。想像もつかない」
「それはね、丁寧な言葉で優しく諭されることなんだ。それこそ宇宙の大体の人々が、子供に夢物語を聞かせるような優しさでさ」
「諭すときなら、俺たちもそうするが」
「僕らもそうするよ」
「じゃあ、どうしてその話題を出したんだ」
「ストロワ=マチマの人々は、そう諭された青い顔をした人を見て腹を抱えて笑うんだよ」
「性格まで悪いな」
「たぶん、そう感じるのは文化の違いだよ。表面的な受け取り方が違うだけで、本当は大して変わらないんじゃないかな」
とはいえ、後でダイアリーに行かない理由として書き足すことにした。イリジオンから調整機を受け取って宇宙局を出るころには、いつの間にか晴れていた空の向こうに新月が見えた。
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