2-6 ☆ ☆ ☆
「カグヤさん、ってどんな人なんですか?」
俺の質問に、ハルウミが眼を丸くした。日もだいぶ落ちて周りが見えづらくなっていたが、確かにその表情が見えた。
「どうしたアマノ。この前気になる人なんていないとか言っていたじゃないか」
「いえ。そういうわけでは」
「それが気になる、ってことだ」
「そういうわけではなくて」
そう返すが、ハルウミはケラケラと笑う。どう答えるのが正解かはわからなかったが、「彼女、あんなに飄々としていたじゃないですか。なんか、珍しい子だなって思って」。
自己紹介の後、教師から校外学習の説明が配布された。最初は都内の銀河ステーションを見学し、その後は校外の自然公園で夜を過ごすらしい。翌日は昼まで環境問題についての授業があって、昼下がりには学校に戻ってきて、解散する。
そのスケジュールの中で自分がどう動くかを見てきたような言い方をするので、ハルウミやサクヤは慣れていたみたいだが、俺はあっけにとられてしまっていた。そんな俺に気付いたのか、カグヤは「アマノ君、どうしたの?」と首を傾げていた。
「あぁ、カグヤは昔からあんな感じだ」
「昔から?」
「そう、昔から。周りの子ちょっと違うんだよな。おそらく想像力が豊かすぎるんだろうな。それで、なんというか、全てを見透かしているような、そんな近寄りがたさがあるんだよ」
「と、いうことは、ハルウミ君は、カグヤさんのことが苦手なんですか?」
「いや、苦手じゃない。ただ、なんか、そう思うんだ」
ハルウミ自身もあまり上手く言葉に出来ないようで、遠くを見ながら黙り込んでしまった。俺も何を言えばいいのか分からず、しばらくお互い無言で歩いていた。
会話がなくなってしまうと、寝る前に読んだ本を思い返すように、どうしても昼のことを思い出す。カグヤは銀河ステーションに何度も足を運んだことがあるようで、どういうところをどう見ればいいのか、熱弁していた。熱弁と言うには淡々としていたが、そう言った方が適切な気がする。
ハルウミが急に立ち止まり、「まぁ、だけど」とふと口にした。相変わらず空に目線を向けている。
「今日はあの子の不思議なところを、見れなかったな」
「どういうことです?」
「あの子は、宇宙や神話を突然語るんだ」
「はい?」
思わず、聞き返した。
「だから、宇宙や神話。ゼウスとか、シリウスとか」
「いや、そういうのは知っているんですけど」
「突然、何の脈絡もなく喋り出すんだよ。だから時折、何を言えば良いのか分からなくなるんだ。俺が急に『太陽神信仰は万国共通の物語だから、教えてやるよ』なんて真剣な顔で言ったら、愛想笑いしか出来ないだろ?」
「確かに、そうですね」
実際、その瞬間、苦笑いしていた。ほとんど何も知らない俺がこの一瞬でさえそうしてしまうのだから、ハルウミや彼女に関わってきた人たちは、ほとんどそうしてきたのではないだろうか。そう考えると、カグヤが妙に哀れな子に思えてきた。自身が面白いと思える物語が、誰もが興味も持てないようなものばかりであるのは、どういう感情なのだろうか。
「でも、面白い子だよ。たまに、驚かされる」
「あ、そうなんですか?」
「あ、って何だよ」
「だって、カグヤさんのこと、あまりよくは言っていないじゃないですか」
「そんなことはないぞ。単純に不思議であって、難解だと言っているだけで。俺がそれについて行けてないし近寄れないってだけの話だ」
「はぁ」
ハルウミの言葉遊びのような、本人がいないところで中傷したくないのか。どっちかは分からなかったが、どっちでもよかった。
「それで、どんなところです?」
「俺、実は六歳まで南米にいたんだけどさ」
「は?」
「複雑な事情でな。まぁそれで、住んで町の近くにピラミッドがあったんだよ。で、大体これを皆に話すと『すごい』とか『大きい?』で終わっちまうんだよ。それかなんか上手いこと口にして、ちょっと盛り上げてくれるんだ」
「でもカグヤさんは違ったと?」
「そう。三年生の時だったかな。話したら『チチェン・イッツア?』ってそのピラミッドの名前を当ててきたんだ」
「はぁ」
「それで『誰かから聞いたの』だったか『なんで知っているの』のどっちかで尋ねたらさ『それは、太陽の神様がいる場所だから、知っているのは当たり前です』と笑ったんだよ。その時、俺、本気で驚いてしまったなぁ。口をあんぐり開けていた気がする」
「ハルウミ君が驚くなんて、相当ですよ」
「想像してみろよ。自分が住んでいた場所では有名な物・人でも、そこから出てしまえば又聞き程度くらいの、ぼやけた存在でしかないわけだろ。それを見てきたかのように語ったんだぜ」
確かに。同じ場面に置かれたら俺も、声を出すどころか驚きすぎて、あっけにとられてしまうだろう。自分が小学三年生の時なんて、友達と遊んでいた記憶しかない。それか親に急かされ、勉学に少し力を入れたっけ。なのに彼女は世界の片隅の遺跡の名前を知っていたわけだ。
「もしかして、カグヤさんの親御さんって天文学者とか、そういうものなんですか?」
「天文学者? いや、親はいたって普通の人たちだ。カグヤの母親には何度か会ったことがあるが、普通過ぎて拍子抜けした」
「え」
「カグヤのお母さんは近所の花屋で、お父さんはどこかの整備工場で働いていたはずだ。いや、大学の助教授だったかな。まぁ、普通なんだ」
「本当ですか?」
「あぁ、本当だ」
とてもは信じられなかったが、彼女に関する情報があまりない今は、信じるしかなかった。
「どうしてそんな話をするんでしょうね、カグヤさんは」
「そうだな・・・・・・」
すぐに「分からない」とは言わずに、手を口に当てる。彼なりに、今までのカグヤを思い返しているのだろうか。長くなるのかと構えたが、十秒も経たないうちに「たぶん」と口にした。
「たぶん俺らが、『誰が可愛いよな』とか『最近はやっている音楽のあれ、最高だよな』とか話すときがあるだろう。あの子の中では、星や神話はそういうのと同じなんじゃないかな」
「あぁ」
なるほど、と思った。複雑な問題の解説を読んだときのような納得感だった。「それならそういう、突拍子もない話をするのも納得ですね」。
「今、アマノと話してて閃いたんだよ。何で今まで気づかなかったんだろうな」
「それは、ハルウミ君が彼女に近づけなかったからですよ」
「そんなことはないさ。多分、時間が必要だったんだよ。小学生にアンタレスとか、星の話は難しすぎる」
「ハルウミ君も大概、少し先を見てきたような物言いをしますよね」
「違うさ。ただ俯瞰して言っているだけだ」
「そんなませたことを」
「アマノの口調も、大概だけどな」
そんな、カグヤの話をしているうちに、俺たちはもうハルウミの家の前まで来ていた。明日からのことを少し確認して、「じゃあまた明日会いましょう」と手を振る。
「明日な」
ハルウミが家に入るのを見届けて、家に向けて歩き始めた。着いたら早めに寝る準備を済ませた。ベッドに入る前に、母に明日からの予定を伝えると、「準備は済んだの?」と尋ねてきたので、「今からする」とだけ答えた。
「忘れ物しても、届けに行かないわよ」
「分かっている」
こういう一言多いのが、うちの母親らしいな、と思う。だが実際その通りだから、準備に余念がないようにした。三度ほど確認して、忘れ物がないように仕上げた。そしてようやくベッドに潜り込む。しばらく眼を閉じていたが、瞼の裏にその日のハイライトが点滅して、やはりすぐには眠れない。そんなときは、本を読むようにしている。そうすれば、すぐにいつもすぐ眠りに落ちれた。
ベッドライトを付けて、最近買った本を開いた。小学校の時に読んだことがあるが、それでももう一度読みたいと思わせてくれる本だ。一ページ、また一ページと進めるごとに、その世界の匂いや光景が飛び出してくる。そんなありもしない世界を思う傍ら、ハルウミと話したことを思い出した。
ハルウミが語ったカグヤは、もっともらしいと思えた。ただ、本人不在なので、それが正しいかどうかは分からない。明日から一泊二日で一緒に過ごすわけだから、少しは身構えていた方が良いかもな、と思う。
まぁ、いいか。
明日からの二日間、思い切り楽しもう。それだけ考えて、本を閉じて、もう一度電気を消した。
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