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2-1 ★ ★ ★
光を超えて動く物体は、外界の様子を見ることができない。理由は単純で、俺たちが世界を見る時、物体が反射した光を認識しているにすぎない。夜に星明りがなければ、海岸線も見えないことと一緒だ。
そして生き物や物体は、どうしても、光の速度を越えることができない。なぜなら、重さを持って存在しているから。光には重さが無い。重さがないから、一瞬で、途方もない速さで進むことができる。そんな光でも、出せる速度は一定で不変だ。これを唱えたのがアインシュタインという科学者で「光速度不変の原理」、つまるところ「特殊相対性理論」だ。速度が一定なら、星と星との距離を表すのに役に立つ。光が一年かかって到達できる距離を、一光年と地球人は呼んだ。それは、学校に入って最初に学ぶことの一つだ。
ところが銀河鉄道や、今日宇宙を航行する飛行船は、光速を超えて進むことができる。これを実現させているのが「タキオン」という粒子だ。エネルギーを失えば失うほど速度が上がり、それでいて、最低速度が光速よりも速い。宇宙を構成する不可視の暗黒物質の中で発見された粒子一つで、この性質を利用すれば、光よりも何倍もの速さで宇宙を移動することができるようになる。基礎理論の仕組みだとか、そういう細かいことは分からない。確かなのは、時間と距離を軽々と飛び越える粒子を利用して運行する銀河鉄道で今、俺は地球に向かっている。
★ ★ ★
乗車して初めての朝。俺は食堂車一号で朝食を取っていた。食堂車の中には十軒のレストランがあり、どの店にするか悩んだ。どれでもいいと思ったが、やはりまずは、故郷の料理店にしようと思い、アジア料理の店舗にした。
店の中はジャングラのレストランにもあったような、いびつな内装だ。今度はアジア内の各地域の特徴を取り出して、一緒くたにされていた。地球出身の俺が見れば違和感を覚えるが、他の星の人にとっては、アジアという地域を手軽に楽しめるんだろう。それが悪いとは思わないが映画を見ていたら、バイアスだらけで作られた自分の地域が出てきてむず痒くなってくる感覚を肌で感じた。
窓際の席に腰を下ろした。決め手になったのはテーブルの中央に飾られた、桜のミニチュアだ。乱雑としている店の中で見慣れたものを見つけるのは、迷子がようやく親の元にたどり着いたような、そんな安心感があった。
店員に確認すると、朝食はどこのレストランもビュッフェ形式での提供らしい。好きな分だけ取ればいいから、気楽だった。昔食べていたようなものを皿に盛り、自分の席で食した。味は可もなく、不可もなくといったもので、それで十分な気がした。
半分を食べ終わるころ、視界の隅に足が入ってきた。見上げてみると、そこにはガリレオがいた。旅人といった服装ではなく、起きたばかりで着替えてきていないような、軽装だ。
「おはようございます」
にこやかに笑うと、向かいの席に座った。断りもなく座ったなと思ったが、不思議と嫌な気はしなかった。
「あ、おはようございます」
「よく眠れました?」
「まぁ、まずまず」
「まずまず、ってなんですか」
「いつも使っていたベッドじゃないので、まだ慣れないんですよね。枕もどこか合っていないような気がして」
「分かりますよ、その感覚」
「ガリレオさんも、ベッドを使うんですか?」
「もちろん。もしかして立って寝るとでも思ったんですか?」
「旅人なら、そうやって寝るんじゃないかと」
さすがに冗談だったが、ガリレオは真に受けたみたいで、一瞬、頬を引きつらせる。
「冗談です」と付け加えると、「さすがに偏見ですよ」と苦笑いされた。
ガリレオがテーブルに置いたトレーには、俺と似たような食事が並べられていた。不思議に思い、思わず眉をひそめる。宇宙のいたるところに行ける時代とはいえ、ほとんどの生命体は何かを食べないと生きていけない。星ごとに食べれるものが違ってくるのは、当たり前だ。ジャングラにたどり着いて三か月は、その違いに苦労していた。
「ガリレオさんって、地球人と同じものを食べれられるんですね」
「あぁ、面白いですよね。普段は口にできないものが多いんですけど、地球の食事はほとんど食べれるみたいで。成分表を見ても、母星で食されるものばかりで」
「そんな偶然があるものなんですね」
「本当、そうですよ。これだから旅するのは楽しいんです」
広い宇宙の中で、そんな偶然があるものなのだなと思う。これほど姿かたちが似ている異星人なら、食べるものもほとんど似ているんだろうな、とどことなく納得した。俺は先に食べ終わったので彼を眺めていると、途中で顔をしかめて、テーブルに置いていた塩のボトルを取った。白米を器に盛るように何度も振ってから、「うん、ちょうどいいくらいですね」と満足そうにまた食し始めた。
「それはさすがに健康に悪くないですか?」
さすがに、そう尋ねずにはいられなかった。
「え、いや。僕たちの星ではこれくらいが普通ですよ」
「一体どんな環境の星なんですか」
「秘密です」
そう言われたが、気になるものは気になる。営業職をやっていたせいか、その気は強くなる。二、三度尋ねたが、結局分からずじまいだった。話したくないというよりは、話さない方が面白そうだといった様子だった。
ガリレオは後から来たのに俺よりも先に食べ終わってしまった。煽られる形になり、急いで残りを喉に通す。途中でむせてしまい、水を飲まずにはいられなかった。
「何をそんなに急いでいるんですか」
「いや、だったら、そんなに早く食べないでくださいよ」
「人の食べる早さって、気にしますか?」
「自分の星では他人のスピードに合わせて食べますよ。そうじゃないと、こんな風に焦らせてしまうじゃないですか」
「おや、そうなんですか。それはちょっと知らなかったな……」
申し訳なさ気に言うと、「すみません」と片手で両目を覆う。何をしてるんだと思ったが、たぶんガリレオの星のジェスチャーだろう。故郷ではよく手をまっすぐ、しかし軽く上げると、砕けた謝罪ととらえられる。それと同じものだろう。そう考えるとこっちも申し訳なさを感じ、「こういう、文化の違いはしょうがないですよ」と付け加えた。
「でも、こういうのがいいんですよね」
「はい?」
「こういう、星同士の文化の違いといいますか。僕らみたいにこんなに似ていても、接してみれば見えない違いが浮き彫りになるわけじゃないですか。その逆もまた然りなわけで。それを知っていくのが、やっぱり旅の醍醐味の一つだって思うんですよね」
「なるほど。確かに、興味深いですね」
とは言ってみたものの、文化の違いに対して、そう思ったことはなかった。地球からジャングラに行った時も、そこで過ごしている時も、楽しさよりもわずらわしさのほうを多く感じた。今までの当たり前にしてきたことを、「違うぞ、それはやってはいけない」と無言で誰かに言われるような、そういう感情を毎日どこかで見つけていた。
「おや。そう言いつつも、本当は興味がなさそうですね?」
察しが良いなと思うが、なぜそう思われたのかは分からなかった。これ以上は、と悟られないように「そんなことは」と伝えたが「アマノさんの顔が、そう喋っていますよ」と笑われた。
「まぁ、でも。旅を始めたとき、僕もそう思いました」
「そうなんですか?」
「はい、もちろん」
ガリレオは、旅を始めた頃の話を語った。
五回目の旅で二足歩行の人と出会ったらしい。ただ、頭部は犬に似ていて、その表面は鱗で覆われていた。指も三本ずつしかなかった。温厚で接しやすかったが、交わされている言葉に面食らったという。表面的な言葉はまだ常識的なものだが、恐ろしいくらいに毒舌だった。生体機械に搭載されている翻訳機が仕事を投げ出した、という程使っている言葉に直せなかったというから、相当なものだったのだろう。
「そんな星が、あるんですね」
「これがその時の写真で」と腕の生体機械に何枚か表示する。犬というよりは鹿の方が近かったが、確かに、話通りの異星人だった。記念撮影というよりは記録といったような、真顔の写真ばかりが最初のうちは続く。しかし枚数を重ねるにつれて表情が増えてゆき、最終的には何名かと肩組みして大笑いするガリレオの写真が出てきた。まるで、旧来からの友人のように、見事に打ち解けている。
「その時はさすがに『文化の違い』で終わらせたらいけないかなって思っちゃいました。けど二週間位暮らしていたら、結局楽しめるようになったんですよね」
「それは単純に、慣れただけでは」
「それが文化の違いを楽しむってことですよ」
もちろん、そんなことは分かっている。が、ガリレオのように、すぐに順応できるほど柔軟ではない。ジャングラで日々を生きてゆく食事を選ぶのに何ヶ月もかかったことを思い出して、たぶん自分には難しいんだろうなとふと思う。だから、愛想笑いで返す。
「そういえば、なんて名前の星なんです?」
「ストロワ=マチマって星です」
覚えにくい名前だ。カバンからダイアリーを取り出し、覚えづらい名前の星を走り書きする。その名前の隣に「注意」と付け足した。
「なんですか、それ?」
「ダイアリーです。日々の出来事を綴るための」
「へぇ、面白いものですね」
まじまじと、ダイアリーを覗いてくる。文章に対しても自動翻訳機能が働いているとはいえ、特殊なインクのペンを使っているから、解読されない。それに、地球の文字は英語だけが自動翻訳に対応している。「僕の星には、こんなものないんですよね」
「楽しいですよ。あの時ああしたな、どう思ったな、とか思い返せて」
「それは……すごく素敵なものですね」
急に、ガリレオの顔が曇る。食あたりかとふと過るが、どちらかというと、理解の及ばないものを初めて見た表情に近かった。
「どうかしました?」
「いえ、なんでもないですよ」
何事もなかったかのように、先ほどまでの表情になっていた。
「モールの中に、ダイアリーって売っていると思います?」
「売って、いるんじゃないですかね。化石のようなものとはいえ、ダイアリーもこのように、まだまだ現役ですし。本を売っている店があれば大抵は、売っているかと」
「あぁ、本……本ですね」
あぁ、あれですね。とでも言いたげだが、はっきりとは分かっていないようだ。なんとなく、たまらず「よかったら、後で一緒に行きます?」と口にする。
「ぜひ!」
この後の予定が決まったところで、店が混み始めてきていることに気づいた。ほとんどの客が地球人だったが、中にはガリレオのように他の星の人もいる。意外と、銀河鉄道の乗客は、目的の星と同じような食性の人たちが多いのかもしれない。
「そろそろ行きましょうか」
「ええ、行きましょうか」
レストランを出て、食堂車のエントランスを抜け、モールを一緒に歩いている時だ。ふと気になったことを尋ねてみた。
「そういえばガリレオさんは、どうして自分があのレストランの、あの席にいるって分かったんですか?」
するとガリレオは、顔を向けて目を丸くした。変なことを尋ねたわけではないはずだが、まじまじと見つめられると、そうじゃない気もしてくる。「なんでそんなに、不思議そうな顔をしているんですか?」と付け加えずにはいられなかった。
今度は、表情を崩して一笑する。
「窓際に座っていれば、嫌でも気づきますよ」
確かにそうだな、違いない。
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