1-3 ★ ★ ★
ふと、「あの」と体を揺さぶられた。
瞼が重く、ようやく眠っていたと気づく。変な体勢だったようで、体が妙に痛い。
視界がはっきりとしたところで、声の主が、目の前に立っていることに気づいた。中性的な地球人かと思ったが、異星人だった。よく似ていたが、同じ星の住人とは思えない肌をしていた。人間から色素を抜いて、薄い青を混ぜた白を注入したような、そんな肌だった。
「地球行きの銀河鉄道に乗ります?」
「ええ、はい」
「そろそろ発車する時間ですよ」
腕時計に目をやると、異星人が言う通り、発車まで一時間を切っていた。それで、ようやく立ち上がった。体はまだ夢を見ているようで少し重い。
「あぁ、すみません。ありがとうございます」
礼を言うと、異星人は深く被っていた帽子を少し上げ、俺の目をまじまじとのぞき込んできた。帽子にはドレッドヘアのように、いくつもの糸が取り付けられていた。
「いえいえ。僕もこの列車に乗り込みますし、誰かが置いていかれたら嫌ですよ」
なかなか見ないタイプの人だな。
ジャングラでは、知り合いではない限り、誰かに声をかけることはほぼない。都市惑星であれば、それだけ、多種多様な人種が入ってくるし、考え方もそれぞれだ。だから仕事の外で安全に生きるためには、特に異星人との間では、関わろうとしないのが暗黙の了解だった。
「珍しい人ですね」
「何が、ですか?」
「見知らぬ誰かに声をかけることが、ですね」
「そんなに珍しいことですか?」
「私は、そう思います。特に、この星では」
俺が言うと、その異星人には意外だったようで、灰色の眉を少し上げた。地球人と同じような表情をすることに、こっちも驚いた。
「そんなこと、考えたこともなかったです」
「そうなんですか?」
「はい。だって、誰かといることは、楽しいじゃないですか」
そう言うと、異星人は朗らかに笑った。どういう表情をすればいいか思いつかなかったので、とりあえず、愛想笑いで返す。
「ここで会ったのも何かの縁ですし、一緒に乗りませんか?」
「いいですよ」
別段、一緒に乗り込むのに悪い気はしなかった。発車線まで向かう間、異星人はこの星のことを聞いてきた。どうやら長い間住んでいたわけではないらしく、来て一週間ほどだったらしい。その間にジャングラの歴史や経済の動向など、いろいろと調べていたそうだ。どこかの星系の工作員にしては滞在期間が短すぎるから、本当に旅がてらの、ただの趣味なんだろう。彼の荷物がバックパックひとつしかないのが、何よりの証拠だろう。
「お互い、荷物が少ないですね」
「ええ、そうですね」
「やはり旅を長く続けられると、荷物は少ないほうがよかったりするんですか?」
「そうです! 二十年以上も旅を続けていたら、やっぱり少ないほうが身軽に動けるんですよね。持ち物は最低限で、持って帰るものは最大限にするっていうような旅が、一番いいんですよ」
二十年と聞いて、驚きを隠せなかった。地球人でいえばおそらくまだ二十代に差し掛かろうかという年齢に見えていたからだ。俺の様子が不思議に思ったのか、異星人は首を傾げた。
「何か変です?」
「とても若く見えていたので、つい驚いてしまいまして」
「あぁ、よく言われますよ」
子供のような、純粋な笑顔だった。
発車線に到着し、列に並んだ。ぎりぎりの時間なのに思った以上に混雑しているから、みんな遅れるものだな、と思う。ふと、異星人が振り返って訪ねてきた。
「ところで、お名前はなんていうんですか?」
「私の、ですか?」
「あなた以外誰がいるんですか」
それもそうだ。名前を尋ねられることが、久しく無かったから、そんな間抜けなことを訊いてしまっていた。
「アマノです」
「アマノ、さんですか」
噛み締めるように、俺の名前を口にした。別に大した名前でもないのに、そう繰り返されるのは、どこかむず痒い。堪えられず、「あなたの名前は?」とこっちも尋ねる。
「僕ですか?」
異星人が、とぼけたように言う。つられて吹き出しそうになったが、「あなた、ですよ」と返す。異星人はまだ笑ったままで、自身の名前を口にした。それを聞いたとき、俺は夢の続きを思い出した。
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