第1話 クラスメイト以上、友達未満
1.
「あの…
あたしがエリと初めて会話した時のエリの最初の言葉だった。
中2の冬。
エリとは中2で初めて同じクラスになってから1度もまともに話をしたことがなかった。
本名は『
由来は知らない。
エリに対するあたしの印象は引っ込み思案なそこそこ可愛い地味系女子。
見たままの感想だ。
あぁ…そうだ。
だけど、せいぜいその程度の関係。それ以外の接点は全くないと言っていい。
だから、あの時のあたしはエリが入っている委員会なんて知るわけがなかった。
正確には委員会決めの時にクラスメイトがどの委員会に所属するかは見ていたはずだから、決めた当時は知っていたはずだ。
そんな記憶も今となっては塵となって消えていた。あたしにはもっと覚えておきたいことがたくさんある。それは何か、と訊かれると困るけど。
とにかくその時まで良くも悪くもあたしはエリにあまり興味がなかった。面白みのないこの教室の風景の一部。黒板や壁に留められた掲示物と大差ない。
そんな赤の他人…は言い過ぎだけど、クラスメイト以上、友達未満の関係なエリの頼みをあたしは特に理由も訊かずに引き受けることにした。
“どうしても外せない用事”というのは特に気にはならなかったが、それに間に合わなかったら気の毒だと思った。
ほんの気まぐれだ。
話しかけてきた時のエリはオドオドした話し方で、まるであたしの顔色を伺うような上目遣いだった。
人見知りが激しいだけで悪気はないのだろうけど、人をイラつかせる仕草だと思う。
特にあの上目遣いにイラつく女子は多いだろう。
別の人に頼むと言っていたが、あの時は結構遅い時間で教室にはあたしとエリ以外にはもう誰もいなかった。
極度の人見知りなのに勇気を出して頼んだはずた。あたしに断られていたら誰に頼むつもりだったのだろう。
そういう断れない状況での頼みごとにイラつく女子はあたしの知る限り一定数いる。
後になってエリに「あたしに断られてたらどうするつもりだったの?」と訊いたことがある。
その時エリは「ナナカは絶対に断らないよ。だからそんなこと考えてもいなかったよ。」とあっけらかんと言った。
実際に断らなかったのだからエリの考えは正しいのだろうが、どこからその自信が産まれたのか分からない。
友達でもない、ただのクラスメイトをあたしはそこまで信じることはできない。あたしにはない価値観だった。
エリは、クラスでも比較的地味な子たちと一緒に行動していた。
クラスが変わると疎遠になる程度の友達。あたしにもそんな友達はたくさんいる。たくさんいた。
エリの見た目は小柄でカワイイ。引っ込み思案でオドオドしてるから女子ウケはしないだろうけど、男子にはウケそうだ。
目鼻立ちはハッキリしていて、長い睫毛。透き通るように白い肌。対照的に真っ黒なのショートシースルーバングがよく似合っていた。
化粧はしていないようだったけど、クラスで目立つグループに所属していてもおかしくない容姿だ。カースト上位の女子は容姿が良いか気が強いかのどちらかだ。
容姿に限って言えば平凡なあたしに勝ち目は全く無いと思う。
翌日、頼まれた委員会の内容を報告するのをキッカケにあたしとエリは少しずつだけど、話をするようになった。
最初は朝会ったり、どこかですれ違ったり、帰り際だったり、顔を合わせた時に挨拶をする程度だった。
そのうちエリの方からあたしが1人でいるところを見計らって話しかけてくるようになった。
友達には「あんたあの子と仲良かったっけ?」と訊かれたりもした。言外にあんな地味な子あんな地味な子というニュアンスがかなり強く含まれていた。
そんな時あたしはいつも「別に仲良くはないよ。」と答えていた。
別に友達のあんな地味な子というニュアンスに気を使ったわけでも空気を読んだわけでもない。特別仲が良いわけではないのは事実だからだ。
それに嘘をつく必要がないし、エリを庇ったり肩入れする気もなかった。
実際、友達なのか?と訊かれると微妙なところだ。ましてや仲が良いか悪いかなど判断するほど深い関係ではない。
正直に言うとあたしはエリを友達だとは思っていない。やっぱりクラスメイト以上、友達未満だ。
だけど、あんな地味な子なんて思うあたしの友達はエリを少し誤解していると思う。
もちろん、あたしだってそこまで仲が良くはないから深くは知らない。
それでもこの数ヶ月間エリと話をしてみて分かったことがある。エリは誤解されやすいタイプだ。
エリのことをよく知らなくても分かる誤解もある。
よくよく見れば当たり前のことだ。
エリは小柄で背がかなり低い。
誰と話すのも相手の顔を見て話そうと思えばどうしたって見上げる形になってしまう。それが人によっては媚びるような上目遣いに映る。
いつもどんな相手とでも顔色を伺って、とにかく穏便に平和に会話をやり過ごそうとする。そのやり方が上手くない。はっきり言って逆効果だと思う。
それで誤解を受けることも多いのだろう。
それになによりもエリは自覚がないようだけど、女のあたしが見てもやっぱりカワイイのだ。
そんな子が伏し目がちに時折上目遣いで男子と話をしているのだから、女子から妬みを買ってしまうのは避けられないことなのかもしれない。特別仲が良い男子がいるようには見えないが、どんなタイプの男子とも必要最低限に分け隔てなく接しているように見える。
エリと少し話をするようになってから気がついたこともある。
エリはオドオドした態度とは裏腹に実は芯の通った性格をしているらしい。他人の言うことをなんでもかんでも受け入れてるわけではないようだった。
あたしが少し強く同調を求めても、絶対に曲げないことがあった。やんわり遠ざけるように拒否をする。極力衝突しないように慎重に。
知らず知らずのうちに誤解を受けてしまうのは気の毒に思う。誤解を受けてるだけなら良いほうで嫌われてしまうこともあるだろう。
けれど厳しい言い方をすると、内気で人見知りなエリの方にだって問題はあるのだ。
20分ほど教室の自分の席でそんな回想と分析をしていた。
というのも、今は体育祭があと1ヶ月後に迫った金曜日のホームルーム。エリと話すようになってから半年以上が経った9月の午後だった。
あのときからエリとの関係はあまり変わっていない。話す時間も量も増えていないし、休みの日に一緒に遊びに行くようなことも一度もない。
今日のホームルームは地獄のように長い。体育祭の競技決めという本当にどうでもいい時間だ。
殆どの競技の参加者は決まっていて、クラス対抗リレーの女子選手を誰が務めるかが最後の議題となっていた。
「まだどれに出るか決まってない人が出たらいいんじゃ〜ん?」
クラスでも中心的な存在の
甘ったるいが良く通る声にクラスのみんなが注目する。
「もう全員何に出るか決まってます。クラスリレーに出る人はリレーと合わせて2つの競技に出ることになってるんです。」
クラス委員の男子が律儀にも丁寧に答える。
「あ、そうなの?じゃあ誰か足速い人が出たらぁ〜?」
エリカがそう言うとすかさず、
「いや、それは不公平でしょ。2つ出るとかだりぃし、もしかしたら出たい奴がいるかもしれないじゃん。出たい気持ちを大事にしなきゃ。」
エリカと同じ目立つグループの別の女子が言う。
彼女は確か陸上部のエースだったはずだ。きっと足が速いのだろう。
「あ、そっかぁ。それもそうだねぇ〜。つっても出たい人なんかいないでしょ?つか、うち早く帰りたいんだけどぉ。さっさと誰かやるって言ってよぉ。」
「あ、うちも早く帰りたい。…ねぇ〜、誰かやって〜。」
「みんなやる気なさすぎじゃね?」
「体育祭とか普通にだりぃもん。いい歳してやる気ある人の方が珍しいっしょ。」
「ねぇ〜。いい加減早く帰りたいし、誰かやってよぉ〜。」
「あははは。みんなチョー無責任じゃ〜ん。」
エリカたちは仲間内でおおいに盛り上がっている。
そんなに帰りたいなら「自分がやる」と言ってこのホームルームを終わらせてしまえばいいのにそれは絶対にしない。それはあたしにも同じことが言えるな、とすぐに気がつく。
目立つ女子達がワイワイと騒ぎ始めるのを合図にして、それまで比較的静かだった教室が徐々に騒がしくなり始めた。
男子なんかは特に自分たちはもう決まっているのだから早く帰らせてくれといったところだろう。気持ちは分かる。
女子の中にももう自分には関係ないという様子で、近くの友達と関係ない話をしている子もいた。
あたしも内心自分には関係ないと思っている。
ふとエリはどうだろう?と気になって、エリの方を見てみた。
エリの席はあたしの席の右斜め前だったから表情までハッキリとは分からないが、真っ直ぐに黒板を見つめているようだった。
誰かと雑談や相談をしている様子はない。元々そういう子だ。
普段通り真っ直ぐ前を見ているけれど、普段の様子と違いどことなくソワソワしているように見えた。モジモジと落ち着きなく体が横に揺れている。
なんだろう。トイレにでも行きたいのに言い出せないでいるのだろうか、などと勝手な想像をしていると突然、エリが真っ直ぐ真上に手を挙げた。その手は微かに震えていた。
ざわついた教室でエリの挙手に最初に気がついたのはおそらくあたしだろう。
しばらくの間、エリは声も出さずに静かに手を挙げていた。制服の袖が少しずり下がり、細い腕が覗く。
緊張のためか少し紅潮した白い腕はまるで水場に立つフラミンゴのようだと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます