46話 セロン領帰還

「カラ! ほらあれが羊だよ」

「あっ本当に毛がもこもこだ」


 それから三日後、僕達はセロン領に向かって馬車を走らせていた。


「この馬って動物もすごいね」

「ああ。馬は人間の良き友人なんだよ」


 カラの知らない動植物を見つける度に、僕は馬車を止まらせて彼女に説明してやる。


「アレン様、急がないとそろそろ日がくれますよ」

「……うん」


 御者にそう急かされて、僕はしぶしぶ座席に戻った。


「アレン、もしかしてセロン領に行くのいやなの?」

「……そうなのかな」


 カラに指摘されてぎくりとする。

 とはいえセロン領に赴いてやらなきゃいけない事務処理がいくつかある。

 ……問題は義母のシルビアと顔を合わせなくちゃならないってことだ。

 叔父様が僕のセントベル島行きを口に出した時、彼女はいいなりになって僕に従うように言った。

 正直どんな顔をして会ったらいいのかわからないのだ。


「僕のおかあさんがいるんだ」

「アレンのおかあさん? 会ってみたい!!」

「……血は繋がってないんだけどね」

「えっと……なんか複雑な感じ?」


 カラが悪いことを聞いてしまった、といった顔をした。


「いや、ずっと本当の母親みたいに思ってきたし」

「そう、ならなんの問題もないじゃない」

「うんそうだ……そうだよね」


 僕はむりやりにそう思い込んだ。

 そんなことをしているうちに、見慣れた風景が広がってくる。


「ああ、あそこがセロン領の城郭だよ」

「あそこがアレンの家!? 大きい!!」


 こうして僕は数ヶ月ぶりにこの城に帰ってくることが出来た。


「カラはこの客室を使って」

「ありがとう」


 カラに部屋を割り当てると、僕は自分の部屋に久し振りに入った。


「はー……」


 部屋に並ぶ子供の頃から一緒にいるぬいぐるみに望遠鏡。

 少し離れていただけで子供っぽく見える。

 島の生活で僕もちょっとは大人になれただろうか。


 そうぬいぐるみを弄びながら考え込んでいた時だった。


「シルビア様から伝言です。居間に来るようにと」

「ああ、そうだね」


 帰ってきてあいさつもしない訳にもいくまい。

 僕は着替えると、カラの部屋に寄って一緒についてくるように言って居間に向かった。


「あら、遅かったわね。待っていたのよ」

「……お義母様。ただいまかえりました」


 そこには不自然なくらい笑顔のお義母様が待っていた。

 まるで叔父様のことなんてなにもなかった、いや……お父様が生きていたころみたいだ。


「あら、そちらは?」

「彼女はカラ。セントベル島でできた友人です」


 カラをお義母様に紹介した。カラはじーっと彼女を見透かすように見つめている。


「アレンの友人です。よろしく……」

「ええ。よろしく」


 お義母様はそんなカラには構わずにっこりと笑った。


「ラルフ、大きくなったね」


 横のゆりかごの中に眠るラルフを見て、僕はそう言った。

 半年以上留守にしている間に随分しっかりしたように見える。


「ええ、そうなのよ。しっかり眠ってしっかり食べてぐんぐん大きくなっているわ」


 お義母様は嬉しそうにしてラルフのふわふわの前髪をそっと撫でた。


「そうだ、せっかくだからケーキを焼いたのよ」

「お義母様のケーキなんて久し振りだ」

「ふふふ、でしょう」


 それからは表向きは穏やかに、ケーキを食べつつ僕とお義母様は談笑をした。




「……アレン、やっぱ変。あの人と話すのギクシャクしてる」

「そ、そうかな」


 カラにそう言われると立つ瀬がないよ。


「んー……時間が解決するかなぁ……ラルフもいる訳だし」


 実家に戻って貰うにしてもラルフと離ればなれにするのは可哀想だし。


「アレン弟が居たんだね。かわいいね」

「そう、彼にもセントベル領の経営に携わって貰わないとな」


 これから二つの領地を僕は治めて行かなくちゃ行けない。

 ラルフには立派な青年になってもらわなきゃ。

 僕もだけど。


 それから、やっぱりぎこちなく夕食を取って、僕は久々に自分のベッドに寝転んだ。


「明日からは書類と格闘か……がんばろ」


 そうしてそのまま眠ろうとした時だった。

 コンコンコンとドアが叩かれる。


「だれ?」

「私です」

「……お義母様?」

「話があるから私の部屋に着て頂戴」

「……う、うん」


 僕は慌てて上着だけ寝間着の上に引っかけてお義母様の部屋に向かった。


「お義母様、話って……」


 僕は嫌な予感を感じながらおずおずと切り出した。


「アレン。私は愚かな母親です。……私は、修道院に行きます」

「……! お義母様!?」

「あなたを守るどころか危険にさらしてしまった……そのことは分かっているのに、私はサミュエル殿への気持ちを切り捨てられないでいるのです」

「お義母様、叔父様に……?」


 僕が驚いて顔をあげると、お義母様は自称気味にくすりと笑った。


「あの方にとっては今でも兄嫁でしかないでしょうけど。ね、駄目な母親でしょう。こんな私はラルフにもいい影響を与えるはずがありません。それに世間が許さないでしょう。どこかでけじめをつけなくては」

「そんな……」

「もう決めたことなのよ、アレン。……ではラルフをつれてこの部屋を出てください」


 お義母様は僕に無理矢理ラルフを抱かせると、背中を向けた。

 彼女も色々考えた末なのだろう。

 僕がかまわないと言ってもその背が振り向くとは思えなかった。


「……いこうか、ラルフ」

「んーま、まま」

「……うん」


 僕はラルフを抱いて、お義母様の部屋を出た。


「ラルフ……誰も恨んではいけないよ」


 この歳で父も母も失った小さな義弟に、僕はそっと囁き掛けた。


 翌朝、義母シルビアは早くに馬車を出発させ、修道院に向かった。


「お義母様……」


 僕にとっても、本当の母親がわりになってくれた優しい人だった。

 優しくて……そして弱い人だった。


「僕がもう少し大きかったら守れたのに……」

「アレン」


 堪えきれずこぼれた涙を拭う僕の肩を後ろからカラが抱きしめてくれた。

 その小さくて、でも温かな感触に僕の涙はいくらでも溢れるのだった。

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