43話 裁判所へ
――翌日。一人の男が僕のもとにやってきた。
「私はクロード・バルビエと申します。あなたを弁護させて戴く弁護士です」
怜悧な青い眼に黒髪のキリリとした若い男がそう名乗った。
「アレン様の叔父上のこと、実に同情いたします」
「は……はい」
「必ずお力になりますので」
「よろしくお願いします」
レオノーラの寄越した弁護士だ。信頼してもいいだろう。
それから僕は彼とともに打ち合わせをして訴状を確認したりした。
そんな日が続いてまた数日後。とうとう裁判の日がやってきた。
僕はこれからクロードと一緒に裁判所に赴き、裁判に出席する。
「カラは屋敷で待っていて」
「でもここで待っててもやることないからあたしも行くよ」
「そうか……?」
そんな訳でカラも一緒に行くことになった。
「ここが裁判所か……」
「長丁場になります。覚悟してくださいね」
「分かりました」
僕は控え室の窓から見える広場を覗き込んでいるカラに声をかけた。
「カラ、じゃあ行ってくる」
「うん、頑張ってね」
カラに見送られて、僕は裁判の場に足を踏みいれる。
「あ……」
向かい側にサミュエル叔父様がいるのが見えた。
「……」
叔父様は氷の様な冷たい目で僕を見た。ぞっとするようなその視線に僕はたじろぎそうになる。
「アレン様、全て私にお任せください」
クロードがそう言って僕の肩に手を置く。その手はとても温かかった。
「はぁ……」
それから何度も同じ話はいったりきたりするような、訴状の読み上げとその立証のやりとりをうつむき加減でじっと聞いていた。
「被告はまだ十二才の甥である原告を南方の孤島に追いやり、閉じ込めた。これであっておりますか?」
「異議あり! これは原告の統治能力を確かめる為の行為であります」
良く言うよ……と僕は叔父様をチラっと見た。その視線にいち早く気付いた叔父様はじっと僕を睨み続けていた。
「閉廷です」
ようやく裁判の一回目が終わった。
「終わりましたよ、アレン様」
「ん~!」
長い時間椅子にじっとしていたからか、体がバキバキになってしまった。
痛む背中を伸びをしてほぐしながら控え室に戻る。
「アレンお疲れ様」
「ありがとうカラ」
部屋に入るとカラがニコニコ笑顔で出迎えてくれた。
「退屈じゃなかった?」
「ううん、この窓から外を見てたらあっという間だったよ」
「そうか」
それなら良かった。異国の珍しい風景はカラを退屈にはさせなかったみたいだ。
「裁判はおおかたこちらの有利に運びそうですね」
「そうだね」
裁判長はこちらに同情的なのが僕にも分かったし、これならセロン領を取り戻せそうだ。
「はーっ、今日のところは裁判も終わったし。カラ、市場を見て見ないかい? 信じられないくらい人がいっぱいいるよ」
「市場?」
「ほら、そこの広場の向こうに見えるだろう? 様々な場所の物品が並んで、それを欲しい人達がたくさん集まっているんだ」
「行ってみたい!」
すっかりルベルニア風のドレスを着こなせるようになったカラが元気に手をあげた。
「すっごい人!」
「カラ、あんまり先に行かないで!」
僕は人混みに紛れそうになるカラの手を掴んだ。
「はぐれないように手をつないでこ」
「えっ……うん」
カラはちょっと恥ずかしそうにしていたけど、迷子になったら困るからな。
「なにか気になるものある?」
「あ……と……あそこの露天見てもいい?」
僕とカラはなんの変哲もない露天のひとつを覗いた。
ここは羊毛の生産が盛んな地方からきた商人みたいで、毛織物がいくつも並んでる。
「すごい、肌触りがいいね」
「山羊に似てるんだけどもっと毛の長い動物から毛をとって織り上げるんだ」
羊を見たことのないカラにそう説明をする。
「毛が長い山羊……? 走りにくくない?」
「だからね、毛がくるくるしてるんだ」
「うーん?」
「もしセロン領が戻って来たらカラにも見せてあげるよ」
「うん!」
僕がそう提案すると、カラは嬉しそうに笑った。
それからいくつかの露天を冷やかして回った。
「ふう、くたびれた。そろそろ帰ろうか」
「うん」
僕達はいつのまにか自然に手を繋ぎながら通りを歩いていた。
……なんか楽しいな。
そんな風に角を曲がった、その時だった。
「むむーっ!?」
急に誰かに口を塞がれた。
え、なんだこれ?
「誰だ!」
「逃げて! カラ!!」
「アレンを置いていけるものか!」
カラはつかみかかってきた男をスキル『強力』で投げ飛ばす。
「このガキ!」
その時、なんだか不思議な匂いが漂ってきた。
ね、眠くなってきた……くそ……。
「手間取らせやがって」
倒れ込む僕とカラ。その頭上からそんな声が聞こえてきた。
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